慰安婦問題について、いろんな報道: 韓国のウソ暴く衝撃スクープ写真、これが昭和28年の竹島だ …軍施設なし、義勇兵・英雄視の“神話”打ち砕く重大資料。韓国軍、竹島防衛訓練を実施 。 「慰安婦」「虐殺」…世界遺産を政治利用する「中韓」

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2016年5月13日金曜日

韓国のウソ暴く衝撃スクープ写真、これが昭和28年の竹島だ …軍施設なし、義勇兵・英雄視の“神話”打ち砕く重大資料。韓国軍、竹島防衛訓練を実施 。 「慰安婦」「虐殺」…世界遺産を政治利用する「中韓」

産経新聞社が昭和28年12月に撮影した竹島。
当時の紙面には「手前西島、後は東島
=(本社双発ビーチクラフト機にて、高橋、疋田写真部員撮影
=藤本航空部長、寺坂航空士操縦)」とある
産経新聞社が昭和28年12月に撮影した竹島の別カット。
現在ある韓国の工作物は見当たらない
竹島の撮影に挑んだ様子を伝えた昭和29年1月1日の本紙記事。
波荒き李ラインを飛ぶ」の見出しが躍る

韓国が不法占拠を続ける竹島(島根県隠岐の島町)をめぐり、
同町が島内に建設を進めてきた調査研究施設が、近くオープンする。
その施設に、ある写真が重要な資料として展示されることになった。
それは、産経新聞社が昭和28年12月に竹島を上空から撮影し、
翌29年元日付朝刊にスクープとして記事とともに掲載したものだ。
現在、竹島には韓国が多くの施設を建設しているが、
この写真にはそうした構造物が全く写っていない。
つまり、韓国による「国家主権侵害」が本格化する以前、
かつて隠岐の漁民が目にした竹島の「原風景」が写っており、
「戦後、守備隊が日本の侵略から島を守った」とする
韓国のウソを暴く資料としても注目されそうだ。

不当な李ラインに憤り、空から竹島取材
 写真が撮影された28年当時はどんな時期だったのか。
日本が第2次大戦に敗れたあと占領下で
サンフランシスコ平和条約に調印したのが26年9月。
翌27年1月、韓国が日本海の公海上に
「李承晩ライン」を一方的に引き、竹島を自国内に取り込んだ。
 日本は同年4月に主権を回復し、平和条約の発効で
竹島が自国領と確定したが、
韓国は竹島に近づく日本の巡視船を銃撃した。
そんな頃だった。
 写真は29年1月1日の本紙紙面(10面)を飾った。
「波高き李ラインを飛ぶ」との主見出し。
記事は「巡視船への銃撃、漁船の拿捕(だほ)、船員の抑留
…暗い話題を生んだ李ライン水域には、
水産日本の深刻な課題が横たわっている、
外交交渉による解決への期待をかけられた日韓会談も
その後再開をみぬまま、“暗い現実”を
今年に持越して了(おわ)った」という書き出しで始まる。

韓国軍にバリバリッと撃たれるかも!?
 記者の機上リポートである記事はこう続く。
 「いままざまざと日本の非力を感じ機上で歯ぎしりをした、
そのとき“竹島が見える”と操縦席から声が飛んだ」
 「『あった』ひと握りほどの海岸の砂浜は巡視艇“へくら”が去る
十月四度目に立てた『島根県穏地郡五箇村竹島』の標柱が、
日本領土の標柱だ、三度韓国側に引抜かれたが
四度目の標柱はいま岩影に厳然と立っている、
しかしこれもいつ引抜かれるかわからない」
 さらに、その後発行された「週刊サンケイ」
30年7月3日号では、
「空翔けるニュース合戦・近代報道戦の舞台裏」とのタイトルで、
記者の座談会を掲載。
その中で、竹島取材を
「他社を引き離したスクープだつた」とした上で、
「竹島飛行は一応航空機を持つた新聞社は狙っていたんだ、
しかしアメリカ軍が許可しないだろうと推測したのと、
また許可されても
バリバリッと撃たれやしないかとためらつていたんだ。
韓国軍にね…」と振り返っていた。

かつて久見の人たちが見ていた風景
 この写真と報道について、竹島に関する調査研究や
資料収集などを手がける隠岐の島町竹島対策室の
忌部正英主幹は「まだ韓国の施設が建設されていない頃の、
竹島の航空写真は隠岐に残っていない。
かつて竹島周辺で漁業に携わっていた久見地区の人たちが、
当時見ていたであろう島の風景だ」と評価する。
同町は、竹島問題をテーマにした調査研究施設を
久見地区に建設。条例上の名称は「竹島資料収集施設」だが、
愛称は「久見竹島歴史館」といい、近くオープンする。
 施設は木造平屋建て165平方メートル。
調査研修室や一時保管室、ロビーなどを備える。
忌部さんは「この写真を主要な資料として展示したい」と話し、
A2サイズのパネルに仕立ててロビーに掲げる考えだ。

韓国の偽の神話を暴く証拠に
 「この写真は、
『独島義勇守備隊が日本の侵略から独島(竹島)を守った』
とする韓国の“神話”を覆す証拠の一つになる」。
島根県竹島問題研究顧問の藤井賢二氏はこう指摘する。
 独島義勇守備隊は、
傷痍(しょうい)軍人ら33人の民間人で構成され、
1953(昭和28)年4月に上陸して常駐。
56年12月に警察に引き継いで解散するまで、
日本の巡視船の接近を阻止するなど独島守護のため活動した-。
韓国では広く伝わる、このような“神話”がある。
 だが、「この写真を見る限り、島は無人で、
だれかが常駐しているという形跡もない。
昭和52年に日本のマスコミの飛行機が
竹島上空を飛んで取材した際は韓国政府は抗議したが、
この写真の時は抗議などなかった」と藤井氏。
 韓国には、日本からの独立戦争に勝って
建国したわけではないというもどかしさ、悔しさがある。
その埋め合わせとなるものの一つが、
「独島義勇守備隊が
日本の侵略を打ち破って独島を守った」という〝神話〟。
しかし、「それが偽りであることを、
この写真が示している」と指摘する。

昭和27年、日本は本当に独立したのか
 実際、昭和28年段階では日本側も、
島根県と海上保安庁が共同で竹島に上陸し、
不法入国していた韓国人を事情聴取したり、
本紙記事でも触れていたように
「島根県穏地郡五箇村竹島」の標柱を立てたりしており、
韓国側の支配は確固としたものではなかったようだ。
 また同年6月には、時化で母船が来ず食料がなくなり
困っていた韓国人の不法入国者らに対して、
隠岐高校の水産練習船の乗員が米を与えていた記録もある。
 それにもかかわらず、韓国国会は政府に対し、
独島に日本官憲が不法侵入した事実について
日本に厳重抗議するよう求める建議文を採択。
同年7月には、韓国官憲が日本の巡視船に竹島から発砲した。
 一方の日本は、竹島に不法入国した韓国人に対し、
退去勧告にとどめるなど実力での排除を避ける姿勢を続けた。
 藤井氏は「当時、やりようによっては、
日本が竹島の実効支配を維持できていたかもしれない。
竹島問題は、米国の庇護のもとで対外摩擦を避けてきた
戦後日本の象徴だ」と問題提起する。
サンフランシスコ平和条約が発効した昭和27年、
日本は本当に独立したのか-と。
この写真は、そんな疑問をも投げかけている。


【竹島を考える】韓国に洗脳された鳩山氏、日本を貶めないため


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2014年8月25日月曜日
まるで殺害予告、韓国で衝撃の小説「安重根、安倍を撃つ」が発刊。
朝鮮日報は、まずいと思ったのか記事は削除 
・・・韓国、竹島防衛訓練を実施=局長級協議に冷水-日本政府は抗議

時事通信社韓国、竹島防衛訓練を実施
=局長級協議に冷水-日本政府は抗議
(2014/11/24-17:37)
【ソウル時事】韓国軍は24日、島根県・竹島(韓国名・独島)の
防衛訓練を実施した。日韓が関係改善の糸口を探る中、
27日には従軍慰安婦問題などを話し合う日韓外務省局長級協議が
行われるが、冷水を浴びせた形だ。


〔写真特集〕国内初の離島上陸訓練~奪還へ陸海空3自衛隊が集結~
 日本外務省は24日、韓国外務省に対し
「竹島の領有権に関する日本の立場に照らして
受け入れられない。極めて遺憾だ」と抗議。 
日本では伊原純一アジア大洋州局長が李熙燮駐日公使に、
韓国では金杉憲治駐韓公使が李相徳東北アジア局長に、それぞれ伝達した。
韓国側は、従来の立場を説 明したといい、
「韓国固有の領土」であるとして抗議を拒否する考えを示したもようだ。
 韓国国防省は、年に1、2回行う定期的な訓練としている。
外部の勢力が竹島に接近したとの想定で、竹島近海で行われ、
駆逐艦や護衛艦などの艦艇が参加した。軍関係者によると、
24日午前、艦艇の移動など準備作業を開始し、
同日午後に本格的な訓練を実施した。
 当初は空軍の参加や海兵隊員による上陸訓練も計画されていたが、

海軍だけで行った。
気象条件の悪化を理由に挙げているが、
日本を過度に刺激すべきでないとの考慮が働いた可能性もある

日本経済新聞
韓国軍、竹島で24日に防衛訓練
2014/11/15 1:09
 【ソウル=共同】
韓国国防省の副報道官は14日、
韓国軍が24日に島根県・竹島(韓国名・独島)周辺の海上で、
「外部勢力」による奇襲上陸を阻止する防衛訓練を実施すると明らかにした。
韓国軍合同参謀本部によると、気象条件が良ければ海兵隊による
島への上陸訓練も並行して行う。
 副報道官によると、防衛訓練は1996年以降、年2回実施されている定期訓練。
今年は5月末にも行われた。日本政府は折に触れ抗議している。
 副報道官は「韓国を守るための訓練には、いかなる状況も考慮されない。
日程通りに実施する」と強調した。
 聯合ニュースによると、今回の訓練には、
海軍の艦艇5、6隻や海洋警察の警備艦、
空軍のF15K戦闘機などが参加する見通し。
 韓国海軍は今年6月、防衛訓練とは別に、
竹島沖の日本領海を含む海域で射撃訓練を実施し、
日本政府が遺憾の意を表明していた。

【挿絵で振り返る「アキとカズ」】(21)
竹島を不法占拠した「李承晩ライン」の惨状
2014.8.24 07:00 (1/2ページ2/2ページ韓国
産経新聞の連載小説「アキとカズ」は、
北朝鮮への帰国事業開始(昭和34年12月)
前夜の日本に舞台を移している。
約1800人の日本人妻(夫)を 含む約9万3000人が北へ渡り、
塗炭の苦しみを味わう、この事業が行われた背景には、
国際社会の思惑が複雑に絡み合っていた。
韓国と北朝鮮は当時、在日コリアンについて
互いに「自国の公民」であると主張していた。
ゆえに韓国は、「敵国」である北朝鮮への帰国事業に対し、強硬に反対する。
その「カード」が、日韓国交正常化に向けた政府間の協議であり、
27年1月に韓国が一方的に日本海・東シナ海上に設定した
「李承晩」ライン内で拿捕(だほ)・抑留した
4000人近い日本漁民の“身柄”であった。

36年に公開された今井正監督の映画
あれが港の灯だは、
韓国に抑留された日本漁民や
留守家族の慟哭(どうこく)の悲劇を
生々しく描いた作品である。
映画のなかで、韓国公船は
丸腰”の日本漁船に問答無用の銃撃を加える。
わざと、ライン内に追い込み、官憲が乗り込んで漁船を拿捕する。
日本人の漁民は命からがら、海に飛び込んで逃げるしかない。
韓国側に拘束された漁民は劣悪な環境下で長期間拘束され、
留守家族は安否も分からず、不安におびえながら、ただ待つしかない。
また、釈放された後も漁船は返還されず、金銭的な被害は甚大であった。
言うまでもなく、韓国は「李承晩」ラインの中に、日本領・竹島を一方的に含め
現在に至るまで不法占拠を続けている。
この映画はその現場でいかに非道な行為が行われたか、
忠実に描いており、日本人にはぜひ見てもらいたい。
ところで、この映画には日本漁船の乗組員として江原真二郎演じる
在日コリアンの男が登場する。
同時期に公開された吉永小百合主演の
 「キューポラのある街」(浦山桐郎監督、昭和37年)では、
貧しさの中でけなげに生きる在日コリアンが、北朝鮮への帰国事業に夢を託す
(※当時の日本では こちらが大多数だった)とったイメージでとらえているのに対し、
江原演じる「あれが港の灯だ」の在日コリアンは、より「屈折」している。
日本人からも、韓国人からも「スパイ」「半日本人」などとさげすまれ、
居場所を見いだせない。
恋人にもコリアンであることをなかなか打ち明けられず、苦悩を続けるのだ。
北朝鮮への帰国事業に参加することも、彼ら(在日コリアン)にとって決して
「最善の策」として描いているわけではない。
この映画の製作者(今井監督や脚本 の水木洋子)が「怜悧(れいり)な目」を持って、
この問題の「真実」を見つめていたことがうかがえる。
こうした意味でも、改めて注目してほしい映画だ。 (「アキとカズ」作者、喜多由浩)



「アキとカズ」第115回(挿絵・井田智康)

「アキとカズ」第86回(挿絵・筑紫直弘) 

日本が資金を出して建設した「故郷の村」のアパート(上)と
居住する残留韓国人ら(韓国・安山市)

サハリン残留韓国人 日本の“理由なき支援”  
 ぼやきくっくり より

「アキとカズ」】 
(16)「慰安婦問題」の原点は樺太にあった
2014.7.20 07:00 (1/2ページ2/2ページ
韓国の旅客船事故の犠牲者が通っていた
高校がある街として有名になった「安山(あんさん)」。
そこに、日本政府が約30億円を拠出して建てた
「故郷の村」という名の高層マンションがある。
2000年、樺太(サハリン)から韓国へ永住帰国した「サハリン残留韓国人」の
住居として用意されたものだ。 
韓国人のための住居を韓国に建てるのになぜ、日本の血税が使われるか?
自虐的な日本人と、それに追随した韓国人が、悪質なプロパガンダをあおり、
まったく事実ではないのに、“事なかれ主義”の
日本政府が押し切られてしまったからである。
数年前、「故郷の村」を訪ねたことがあった。 
実際に住んでいるのは2世、3世の若い世代
(つまり日本統治時代とは無関係)がほとんど。
驚くべきことに、戦後、北朝鮮や大陸から
新たに樺太へ渡った朝鮮民族の人まで住んでいた
(もちろん、日本とは関係がない)。
 「別荘代わり」に使っている人もいる。
樺太に残った家族と面会する、という名目で
日本政府のカネで、何度も韓国-樺太間を
飛行機で往復できるからだ。
永住 帰国せず樺太に残った朝鮮人も日本政府のカネで韓国へ行ける。
こっちは“買い物ツアー化”が叫ばれて久しい。
病気の人が入る療養院やヘルパー代まで日本が 出してくれる
 さらには、数年前の段階でまだ、
永住帰国希望者が3200人も樺太残っているから
日本政府に「もっとカネを出せ」という。
戦後60年以上もたっているのに、あきれるしかない。
1万歩譲って、もしも日本統治時代に「強制連行された」人がいたとしても、
3200人もが残っているはずはなかろう。
 この「理由なき支援」による血税のムダ遣いは、平成7年、
社会党(当時)の村山富市内閣時代に大幅に拡大が決定され、
いまだに継続されている。
 外務省のホームページを見て、驚いた。
「広く国民のニーズがあるか。
国費を投入しなければ事業目的が達成できないのか」
という項目の評価に堂々と「○」が付けられている。
いったいどこを見ているのか、それとも、見ないふりをしているのか。
この問題で“味をしめた”自虐的日本人たちは、
「慰安婦問題」にも応用できることを思いつく。
ウソの証言をしてくれる人を見つけ出し、日本に謝罪と補償を 求め続ける。
あるいは訴訟をさせる…。
これに関わった革新政党の政治家、弁護士、
メディア関係者らはかなりの部分で重なっている。
 慰安婦問題の原点は、このサハリン残留韓国人問題にあったのである。
(「アキとカズ」作者、喜多由浩) 

産経ニュース
サハリン残留朝鮮半島出身者 来年中に永住帰国完了へ
2014/06/02 10:12
【ソウル聯合ニュース】日本による
植民地時代に強制徴用などでサハリンに行ったきり
帰国できずにいる朝鮮半島出身者の永住帰国事業が、
来年で一区切りとなる。
 永住帰国事業は1990年、韓国と日本政府の合意に基づき始まった。
両国の赤十字社が実務を担当。
一時的な母国訪問、永住帰国者のサハリンへの家族訪問なども同事業に含まれる。
  1945年8月15日の第2次世界大戦終戦前にサハリンで生まれたか居住していた
朝鮮半島出身者とその配偶者、子どもの一部を対象に希望者を募り、
昨年ま でに4189人が故国に戻った。
このうち死亡したかサハリンに戻った人を除く約3000人が京畿道の安山や坡州、仁川、
忠清南道・天安などに定住してい る。
国民基礎生活保障法上の特例受給者に指定され、特別生計費や基礎老齢年金、
医療費などの給付を受けている。
 一連の事業のうち永住帰国 は昨年末で終了したが、
帰国希望者はまだ190人残っている。
韓日の関係者は先月下旬、韓国でこの問題を協議し、
来年中にできれば希望者全員を帰国させる ことで合意した。
11月ごろ帰国希望者55人とその子ども45人、来年には残り135人が韓国入りする。
 ただ、大韓赤十字社の関係者によると、終戦後に生まれた子ども世代の
永住帰国についてはまだ結論が出ていない。今後、韓日間で議論する必要があるという。
mgk1202@yna.co.kr
聯合ニュース

80億円をドブに捨てた「サハリン(樺太)残留韓国人」
への支援
産経新聞 7月13日(日)9時42分配信 1/2ページ2/2ページ

≪アキとカズ 遙かなる祖国≫喜多由浩(86) 
産経新聞の連載小説「アキとカズ」は終戦後、樺太に残され、
ソ連(当時)によって、故郷へ帰ることが許されなくなった
人たちをモデルにしている。
1990年前後から本格的に、政治問題、外交問題化した

サハリン(樺太)残留韓国人問題」を知っているだろうか?
「戦争中、日本は『4万3千人』もの朝鮮人を樺太に『強制連行』して、炭鉱などで

苛酷な労働に就かせ、終戦後は終戦後、日本人だけは樺太から引き揚げたのに、
朝鮮人は『置き去り』にされた」として、当事者らが日本政府の責任を問うた問題である。
もちろん事実ではない。とりわけ『置き去り』の部分は、悪質なウソである。 

サハリン残留韓国人問題「政治利用こうして始まった」 元支援会会長が指摘 
2010年08月20日
「自虐的」な日本人国会議員、弁護士、知識人、メディアがまず、こうした悪質な
プロパガンダであおり、野党や韓国政府が飛びつき、政治問題、
外交問題化させてしまったのだ。
(1)連載小説でもたびたび登場するように、樺太に渡った朝鮮人は

『強制連行』ではない。高賃金にひかれて自ら海を渡ったのだ。
樺太の場合、昭和19年9月から朝鮮人に適用された「徴用」もほとんどない。
なぜならば、そのころになると樺太周辺の制海権が怪しくなり、

島内の炭鉱は閉鎖。
そこで働いていた朝鮮人労働者の多くは、九州などの炭鉱へ配置転換になっているからだ。
(2)このため、同年6月に2万8千人いた樺太の朝鮮人は

終戦時には多く見積もっても「1万5千人」。
『4万3千人』という数字は戦後、ソ連が現在の北朝鮮地域や大陸から連れてきた
新たな朝鮮人(つまり日本とはまったく無関係)を含めた数字である。
(3)終戦後、朝鮮人だけを樺太に『置き去り』にしたのはソ連である。

すでに冷戦下の東西対立が始まっており、ソ連は、アメリカ軍政下にある朝鮮半島の 
南部分(現在の韓国)への帰郷を許さなかった。
日本人が引き揚げた後の樺太経営のための労働力に朝鮮人を充てる狙いもあっただろう。
いずれにせよ、日本は 当時、「占領下」にあり、米ソ間で昭和21年に結ばれた
引き揚げ協定に口出しはできなかったのである。 

樺太に残されていた朝鮮人が韓国に帰るための旅費、韓国に
永住帰国したときに住む高級アパートの建設。
事情で樺太に残り続ける朝鮮人には、韓国の親類に面 会するための旅費、
ホテル機能もついた会館の建設、移動のためのマイクロバス…。
まさしく、いたれりつくせりの手厚い支援は膨れに、膨れ上がって
現在まで 約80億円に上る。
事実でもなく、責任もないのに、謝罪し、

「人道的見地」からの支援によって丸く収めようとした-構図は
そっくり「慰安婦問題」にもあてはまる。
国民の血税をドブに捨てる国賊行為に他ならないではないか。
(「アキとカズ」作者、喜多由浩

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