慰安婦問題について、いろんな報道: WHOが台湾に総会招待状。昭和天皇、国連代表権で台湾支持を要請していた。蒋介石を支援した白団・根本博将軍については無視の模様・・・台湾人の日本統治への感謝「絶対にない」=与党・国民党主席。馬総統閣下はお怒り?シリーズ

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2016年5月7日土曜日

WHOが台湾に総会招待状。昭和天皇、国連代表権で台湾支持を要請していた。蒋介石を支援した白団・根本博将軍については無視の模様・・・台湾人の日本統治への感謝「絶対にない」=与党・国民党主席。馬総統閣下はお怒り?シリーズ

【台北=田中靖人】台湾の総統府は6日深夜、
今月23日から始まる世界保健機関(WHO)年次総会に
出席できない可能性が指摘されていた問題で、
WHO事務局が招待状を出したと明らかにした。

 ただ、7日付の一部台湾紙によると、
招待状は中国が主張する「一つの中国」原則に基づく
1971年の国連総会決議2758(アルバニア決議)に言及しているという。
 20日に発足する民主進歩党政権は
「一つの中国」を認めておらず、
民進党は出席の是非を検討するとみられる。

2016.4.20 18:49 産経ニュース
「WHOは台湾に招待状を送らない」 
20日付の台湾紙、中国時報は、
ジュネーブでの5月23日の世界保健機関(WHO)総会について、
訪台中の中国の学者が
「WHOは台湾に招待状を送らないだろう」ろう」と述べたとし、
今年は台湾が招かれない恐れがあると報じた。
 この学者は中台関係の専門家で、
中国は5月20日発足の民主進歩党の蔡英文政権について、
中国が求める「一つの中国」を受け入れるかどうか
今後も明確にしないとみていると指摘したという。
これを理由に中国がWHOに圧力をかけたことを示唆した形だ。
 台湾政府当局者は20日、招待状をまだ受け取っていないと
認める一方「WHOはなお作業中だ」と述べた。
 台湾は2009年から「中華台北」名義でWHO総会への
オブザーバー参加が認められている。(共同)
 「独りよがり」台湾で反発広がる
=韓国ネット「それを知っても意味がない」
「昭和天皇は韓国の宿敵」
配信日時:2015年8月1日(土) 22時50分 Record Japan 
2015年7月31日、韓国・聯合ニュースによると、
日本の昭和天皇が生前、
台湾に配慮するよう当時の首相に伝えたことが明らかになった。
日本メディアによると、昭和天皇の言葉は台湾が国連で代表権を喪失する前の
1971年6月2日、佐藤栄作元首相がマイヤー元駐日米国大使と面談した際の
発言が記載された米国国務省の外交文書に示されている。
文書によると、佐藤元首相は昭和天皇から「日本政府は蒋介石を確実に支持せよ」
という指示があったと述 べている。
また、国連での台湾代表権喪失の問題について、
「日本政府は蒋介石総統への信義もあり、
この問題については慎重に検討中である」とし、
「まず、 台湾が国連で議席を確保する必要がある」と訴えた。
報道は、「昭和天皇の発言の背景には、蒋介石が終戦直後、

中国に残った日本人の帰国と天皇制の尊重、賠償請求権放棄など
寛大な対日政策をとったこ とに対する恩返しの側面があると思われる」としている。
昭和天皇の努力があったものの、
台湾の国連代表権は1971年10月に中国に移された。
この報道に、

韓国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられている。
「台湾がいまだに親日である理由が分かるな」
「それはそうだろう。毛沢東は日本と激しく戦ったが、

蒋介石は日本と手を結んでいたからな」
「日本分割統治案に蒋介石が反対したことも日本が分割されなかった要因だ。

日本にとっては大恩人だ。配慮するのは当然だろう」
「昭和天皇は1945年の終戦直後、中国にいる日本人を

安全に撤退させてくれた蒋介石に感謝の気持ちを持っていたのだろう」
「昭和天皇の発言を知っても意味がない」
「戦争当時の天皇は実権を持っていたが、今の天皇は象徴的な人物で実権がない」

「昭和天皇はある意味、韓国の宿敵」
「韓国だけでなく、東南アジアが被害を受けたのは昭和天皇にも責任がある」

(翻訳・編集/三田)
写真
                                                    昭和天皇=1986年5月
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台湾の蒋介石総統=時事

2015年7月31日 朝刊
71年、国連代表権で台湾を後押し
蒋介石総統率いる中華民国
(台湾)政府が国連の代表権を失う直前の一九七一年六月、
佐藤栄作首相が米国のマイ ヤー駐日大使(共に当時)と会談した際、
昭和天皇から「日本政府がしっかりと蒋介石を支持する」よう
促されたと伝えていたことが分かった。
秘密指定解除さ れた米国務省の外交文書で判明した。
台湾の国連代表権維持への後押しを伝えたものとみられる。
天皇の政治問題への関与発言が公になるのは極めて異例だ。
 この問題について、日本の外交文書にも
「陛下が(中国問題を)心配しておられた」というマイヤー大使に対する
佐藤首相の発言が記載されている。
昭 和天皇の発言の背景には、蒋介石が終戦直後に中国に残った日本人の
引き揚げや天皇制の尊重、対日賠償請求権の放棄など
「以徳報怨」(徳をもって恨みに報いる)と呼ばれる寛大な対日政策を取ったことに
「恩義」や「信義」を持ち続けていたことがあると思われる。
しかし、国連代表権は七一年十月、
毛沢東主席の中華人民共和国(中国)政府に移った。
 こうした経緯は、国連の中国代表権問題を詳しく検証した
井上正也・成蹊大法学部准教授(日本外交史)の研究で明らかになっている。
「二つの中国」 で揺れ動いた戦後七十年の日中関係をめぐる
「秘密折衝」の一幕が浮かび上がったが、井上氏は
「蒋介石の行く末を案じた天皇の意向は、台湾擁護にこだわった佐藤の姿勢に
少なからず影響を与えたのではないか」と解説する。
 米外交文書によると、七一年六月二日にマイヤー大使と会談した佐藤首相は
「天皇は建前上、政治問題に関心を持たないのだが、(蒋介石)総統が
過去において日本のために多くのことをやってくれたと述べた」とした上で、
天皇による「蒋介石支持」の意向を大使に伝えた。
 日本側外交文書はこれほど明確ではないが、
佐藤首相が大使に天皇の「心配」を伝え、
「日本政府としては蒋介石総統に対する信義の問題ということもあり、
本問題については慎重検討中である」と説明。
「まず台湾の国連における議席を確保する要がある」と訴えた。
 一方、秘密指定が解除された「佐藤首相・マイヤー大使会談」記録を保管する
日本外務省の外交史料館(東京)では、
「実は先刻陛下に御報告の際、通常陛下は政治問題には
直接関与されないことになっているが、特にこの問題については
心配しておられた」という佐藤首相の発言を黒塗りにして公開された。
外務省は、天皇の政治関与発言が公になることに神経をとがらせているとみられる。
 九七年に発行された「佐藤栄作日記」によると、
佐藤首相はマイヤー大使との会談に先立ち、宮中に参内し、
「中国台湾問題」を奏上したと記している。
 (北京・時事)
 <国連中国代表権問題> 
1945年10月に設立された国連の中国代表には、
蒋介石率いる中華民国政府が就いた。
しかし、毛沢東率いる共産党との 内戦に敗れて台湾に逃れ、
中華人民共和国(中国)が49年10月に成立すると、中国は中華民国(台湾)の
代表権無効を通告した。
同盟国のソ連が台湾排斥を求める決議案を出したが、米国は反対を続けた。
中ソ対立で63年から提案国は、中国の友好国アルバニアになり、
中国代表権の交代を求める
アルバニア決議案は71年10月の国連総会で採択された。
当時の佐藤栄作首相は台湾の国際的地位確保に強く固執し、
米国と共に、中国の代表権獲得を認めつつ、台湾の議席を残す
「国連における二つの中国」を推進した。

台湾人の日本統治への感謝「絶対にない」
http://japan.cna.com.tw/=与党・国民党主席
【政治】 2015/07/29 16:02
(新北 29日 中央社)
与党・国民党の朱立倫主席(党首)は28日、
1945年までの約50年におよぶ
日本統治時代について
「不幸な歴史であり、台湾人が日本人の統治に感謝することは絶対にない」と語った。
李登輝元総統が23日、日本外国特派員協会の記者会見で、

「台湾人は日本のやり方(統治)に高い評価を与えている」
などと述べたことに対する発言とみられる。
また、李氏の釣魚台列島(日本名:尖閣諸島)は日本のものだとする主張については、

同列島は台湾のものだと改めて強調。
国の尊厳や主権、領土を守り抜かなければならないとした。
李氏の釣魚台に関する発言をめぐっては、国民党内から批判の声が相次いでいる。

同党の一部の立法委員(国会議員)には、
李氏が“外患罪”を犯した疑いがあるとして、同氏に対する国からの優遇措置の
廃止を目指す動きもある。(蘇龍麒/編集:杉野浩司)

台湾国民政府(たいわんこくみんせいふ)は、1949年10月1日の 
中華人民共和国成立によって崩壊状態に陥った南京国民政府を、
蒋介石台湾に移転して再編成したことによって成立した
中華民国の政府を指す呼称である。正式な名称ではない。

1945年9月9日、中華民国政府は南京にて日本による降伏文書を受領[1]
10月25日、陳儀は連合国代表者として台北市公会堂現在の台北中山堂)にて
台湾総督安藤利吉からの降伏を受領した。
同日、中華民国政府は台湾・澎湖諸島に対する主権が回復されたことを宣布した[1]
これにより、中華民国は台湾における領土の主権を回復した[1]
しかし国民党政府は、台湾地元民の政治参加を拒否した。
政治参加を拒否されたことに不満を持った民衆が、
国民党政府と衝突した事件が、1947年の二・二八事件である。
 http://livedoor.blogimg.jp/wildhorse38/imgs/d/5/d56947a2.jpg
2006年05月30日 徒然なるままにエッSAY!
台北駐日経済文化代表処 台北駐日經濟文化代表處
産経ニュース香港市民の抗議活動「支持」 台湾の馬総統  
2014.9.2 19:22
台湾の馬英九総統(中国国民党主席)は2日、
党の会合で、香港の行政長官選について
「民主主義と法治主義は香港の核心的価値であり
                    台湾の各界は高い関心と支持を示している」
と述べ、香港市民の抗議活動を支持する考えを示した。
 また、中国当局に対し
「理性的な対話と平和的な方法で合意を追求する」よう呼びかけた。
(台北 田中靖人)
  
馬総統、「慰安婦歴史陳列所」候補地探しに協力 
2014年07月07日 20時15分 

台湾で「抗日戦争記念館」設立の動き・・・日中戦争終結70周年に向けて
=中国メディア サーチナ
2014年7月7日 13時01分 (2014年7月7日 21時00分 更新)

馬総統、「悲しい歴史を忘れるな」 日中戦争記念行事で
【政治】 2014/06/07 19:41
(台 北 7日 中央社)台北市内の中正紀念堂で7日、黄埔建軍90周年および
対日抗戦(日中戦争)77周年記念行事が行われ、挨拶に立った馬英九総統は、
来月7日で77 年となる日中戦争について「中華民族の歴史上、動員数が最も多く、
犠牲・影響が最も大きかった聖なる戦い」とした上で、
「侵略者の誤りを許すことはできる が、辛く悲しい歴史を決して忘れてはならない」と述べた。

この行事は、軍事学校の卒業生からなる「中華民国中央軍事院校校友総会」が
主催したもので、出席した黄埔軍校(陸軍士官学校)第12期卒業生の
カ ク柏村・元行政院長(94)は、台湾で日中戦争の記憶が風化しつつある現状を念頭に、
若い世代に対してその歴史を重視するよう呼びかけた。(カク=赤にお おざと)
式典では、「国家」などいわゆる愛国歌曲が斉唱され、退役将官らの音頭で
出席者全員が「中華民国万歳」、「台湾人民福祉万歳」などと声高らかに唱和した。


関連記事、盧溝橋事件77周年記念日、異例の大規模式典に
2014年7月7日、盧溝橋事件(中国名:七七事変)の77周年を迎えたこの日、
習近平(シー・ジンピン)国家主席が中国人民抗日戦争記念館の
記念式典で演説するなど、異例の規模となっている。
=テレビで生中継―中国 配信日時:2014年7月7日 10時37分

<中華ボイス>盧溝橋事件77周年、日本への憎しみは極限に
エキサイトニュース
中国人記者は石原氏・毛氏に鋭く問いかける
2014年7月7日 21時08分
 (2014年7月7日 21時30分 更新)
馬総統が慰安婦問題で米ホンダ議員に「協力」約束 台湾、関連機関に連携指示
2014.7.6 12:32「慰安婦」問題]産経
 【台北=田中靖人】台湾の馬英九総統は3日、外遊の帰路に立ち寄った
米カリフォルニア州サンフランシスコで、米下院議員のマイク・ホンダ氏と会談、
慰安婦問題での「協力」を約束した。中央通信社が6日までに伝えた。
 ホンダ氏は、在米華僑らが開いた馬総統の歓迎式典に出席。
馬総統が4月に台湾の元慰安婦と面会したことを評価した上で、
台湾側に「さらなる協力」を要請した。
 これに対し、馬総統は、台湾当局の関連機関にホンダ氏との連携を指示し、
必要な情報があれば提供することを約束したという。
 ホンダ氏は2007年に米下院で可決された慰安婦問題での日本非難決議を主導した。
李登輝氏、日本の集団的自衛権容認を評価/台湾
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馬総統、「故宮の表記騒動は台日関係に影響なし」
2014/07/03 19:11
返還17年の香港で大規模デモ 台湾・大陸委「普通選挙の実施望む」
台湾・外交部「動向を注視」 日本の集団的自衛権容認で
行政院閣僚、「台日米の関係強化は地域の平和と繁栄に寄与」
衛藤征士郎氏、台湾のTPP参加支持表明 馬総統との会談で
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馬英九総統、「台湾の前途は全中国人が決定する」を受け入れることはできない―中国紙 2014年06月30日    Xinhua

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ホンダにしてみれば、やって来たことは間違ってなかったという思いだろう。
一時は黄色信号が点ったと言われた再選。再選が叶うとすれば、
慰安婦問題に関わったお陰か。
利益を得る人々がいる限り、アメリカでもこの問題は燻り続けるだろう。

そして何より馬総統。この人も偽善者である。
              台湾、国民党政府も慰安所を持っていたのに・・・。
続・慰安婦騒動を考える

台湾(中華民国国防部)の慰安所
正式名「軍中特約茶店」。「軍中楽園」「831」とも呼ばれる。
1950年代より営業開始。台湾本島では1974年に廃止。
金門島では1990年代の初めまで存在した。軍妓(慰安婦)の中には、意に反して働いていた
女性や、未成年者も含まれていたと言われる。

2 件のコメント:

  1. 台湾の馬総統も以前から「日本軍慰安婦」について熱心のようですが、台湾に1992年まで金門島に慰安所があったそうです。
    こちらは日本軍慰安婦と違って、美化されているようです。

    「ここに来た女性たちは、強制的に連れてこられたのでもなければ、軍人たちのように盛大に戦地に送り出されたのでもない。声を立てることもなく最前線にやってきて、誰にも知られることなく、軍籍に名を残すこともなく消えていった。女性たちはともに甘苦を味わい生死を共にした」とある。

    http://www.taiwan-tou.com/military_brothel.html
    ===
    白い壁に赤い屋根、花いっぱいの中庭。
    映画に出てくるサナトリウムのような明るい雰囲気のこの場所は、実は「軍中楽園」、つまりは軍人のための慰安所だったのです。
    それがわかったときは、ガーンという感じでした。
    そうだったんだと、不明を恥じました。
    中国人民解放軍の攻撃に備えるために、1949年以降、金門島に5万を超える国民党軍が派遣されました。
    彼らは民家を借り上げたり、各所の空き家、寺廟などに宿営したようですが、島民とのトラブルも多く、島の婦女子に対する暴行陵辱事件も頻発したようです。
    そこで軍は1952年、「軍中楽園」という従軍慰安婦制度を創設、その慰安所施設が「特約茶室」と呼ばれていたのでした。
    以後40年を経て1992年にようやく廃止されたこの制度の存在を歴史に記憶するために、かつての慰安所「特約茶室」が整備され公開されているのでした。

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    1. ありがとうございます、参考になります

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