慰安婦問題について、いろんな報道: 番外編 逆に言うと、現在の中国は清朝末期と言っているわけですね ・・・ 清はそもそも満州族が支配層で漢民族は支配されていた側。

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2014年7月26日土曜日

番外編 逆に言うと、現在の中国は清朝末期と言っているわけですね ・・・ 清はそもそも満州族が支配層で漢民族は支配されていた側。


(@威海)日清戦争120年 いま見える新旧の不遜さ
2014年7月26日00時00分■特派員リポート 石田耕一郎(瀋陽支局長)
 今年は戦後2回目の「甲午」の年。中国メディアで目にする表現だ。
ここでの「戦後」は、今から120年前の日清戦争を指す。

発生した1894年の干支(えと)から中国では「甲午戦争」と呼ばれ、今年は
60年で一回りの記念年にあたる。対日関係が冷え込む中、「尖閣諸島
日清戦争を通じて日本にかすめ取られた」と主張している中国政府は、
どんな行動に出てくるのか。

恐る恐る取材を始めると、かつて見た尖閣国有化をめぐる反日デモとは異なる
後味の悪さを残すものだった。

 まことに小さな国が、開花期を迎えようとしている――という印象的な書き出しで
知られる司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」。
司馬さんは同書で、日清戦争を「善でも悪でもなく、(中略)日本という
国家の成長の度あいの問題としてこのことを考えてゆかねばならない」と記した。

政権末期の清に勝利した日本は、台湾や周辺の島々を割譲させ、
多額の賠償金を得て帝国主義列強の仲間入りし、アジアの強国に躍り出た。
そして、第2次大戦の悲劇をもたらす「軍事力への過信」と
「他国に対する不遜さ」も身につけてしまった。

 その「開花期の日本」を軽視したことから大敗した中国は今、
この侵略戦争をどうとらえているのか。

 勝敗を決した黄海海戦があった山東省威海・劉公島を、7月下旬に訪ねた。 
日清戦争を紹介した島内の博物館は、中国各地の戦争関連施設と同様、政府から
「全国青少年愛国主義教育基地」に指定されている。

清軍の軍艦の模型や海戦の様子を示すジオラマ、戦争の経過を説明した
パネルなどを展示。
ただ、日中戦争関連の博物館と比べ、日本批判は激しくない。

※清は満州族が支配層。どうやって日本批判するよ?って話。
こんな子供だましの展示によう長々と記事を書くねと朝日新聞に呆れます。

 訪問日に、ちょうど地元テレビ局が、黒竜江省か ら訪れた観光客の女性(67)に
参観した感想を尋ねていた。
女性はカメラの前で「頭の中が真っ白よ」と緊張した表情を浮かべながら、
「展示を見て、歴史を 学んだ。日本の侵略を忘れてはならない。
日本人が憎い」と、国内メディア向けの「模範回答」を述べた。

すると、カメラマンが「『日本人が憎い』はまずいな あ。
『歴史を忘れない』でどうだろう」とアドバイス。
女性に同行していた娘も引き続いてインタビューを受け、
現代人は、歴史を忘れず、国を愛さねばならない」と日本には言及しなかった。
 中国のメディアは政府の主張を国民に伝える「舌とのど」とされており、
報道内容は検閲を受ける。なぜ、いま日本批判がまずいのか。

 同博物館の研究員で、2千人の会員がいる中国海軍史学会の陳悦会長(36)は、
「かつては(日清戦争日中戦争と同様に)『国辱をそそげ』という視点が中心だった。
しかし、中国政府は今、むしろ国民に海軍や海洋権益に興味を持ってもらおうとしている」
と解説する。

※日清戦争も日中戦争も、中共は当事者じゃないです。
 ただのプロパガンダに中共が使っているだけの話。

 劉公島の船着き場や博物館の玄関近くには、政府が近年、重要視する
「海洋強国」建設のスローガンが掲げられていた。

政府にとって、日清戦争は「中国共産党が日本に勝利し、政権を握る根拠にしている
抗日(日中)戦争」(南京出身の中国人政治学者)とは異なり、
 封建王朝の清が関わった負け戦といえる。
日本やベトナムフィリピンなどと抱える周辺海域での摩擦が激化するなか、
日清戦争に関しては、これまでのような日本批判を続けるより、
国民の関心を海洋権益に集め、政府の外交政策に対する理解を求める方が、
利益が大きい。

 国営新華社通信傘下にある日刊紙「参考消息」が3月以降、
日清戦争をテーマに続ける評論連載でも、敗因の分析に力点を置き、
海軍の軍備増強や海洋権益の重要性を訴えている。

加えて、目につくのは、清政府や清軍の腐敗や退廃、大国だった地位に対する
当時の「おごり」を糾弾する内容だ。
こうした主張は、習近平政権が進める政策とも、妙な符合を見せている。

 中国政府は今年6月末、巨額の賄賂を受け取ったとされる党中央軍事委員会の
徐才厚・前副主席の党籍を剝奪(はくだつ)した。

その後も連日のように、政府や軍高官の汚職摘発を公表している。
一方で、習近平国家主席は7月に韓国を訪問した際、ソウル大での講演でこう語っていた。
「中国は謙虚に学ぶ国だ。人は謙虚さによって進歩し、傲慢(ごうまん)さによって立ち遅れる。
中国人は傲慢(ごうまん)に陥らず、進歩の歩みを止めない」。

海外で広がる中国脅威論を打ち消すねらいとともに、急速な経済成長を誇る自国民に、
さらなる発展を目指すにあたって、自戒を求めたともとれる。
 夏場は連日、1万人に上る観光客が訪れる劉公島の博物館には、
参観者に感想を記してもらう伝言ノートが置かれている。
ノートには、子どもたちの幼い文字で、「日本をやっつけろ」
「釣魚島(尖閣諸島の中国名)を守れ」といった勇ましい言葉が並んでいた。
時期と歴史的な題材によって、日本批判を使い分けてきた国営メディアや
愛国主義教育の影響は、官僚の評論や発言のようには、簡単に方向転換ができない。

 翻って、「戦勝国」だった日本は120年をどう迎えているだろうか。
歴史認識や集団的自衛権閣議決定などをめぐり、心配する隣人たちの反応を顧みず、
嫌中論や嫌韓論が支持を広めつつある。
そこには、「開花期の日本」を見つめた清政府と似た姿勢も感じてしまう。

 参考消息の連載筆者でもあった陳会長は、日清戦争を巡る中国側の動きも
冷静に分析しつつ、こう語る。
「中日両国はともに漢字を使い、文化も近い。仲良くできる基礎はある。
もし、今の(対立)状態を変えられるならどうだろう? 
そのために、私たちはこの先、努力しなければならないね」

※日本からパクって使っている中共の漢字熟語は多いでしょ、知らないのですか?と
旧松下電器、パナソニックにさんざ世話になっておきながら反日暴動で
打ち壊しをしておいて何の反省もないのが中共ですが?と
     ◇
 〈日清戦争〉 1894~95年、朝鮮支配を巡り、中国(当時の清)と日本が争った。
朝鮮の農民反乱を受け、朝鮮政府から要請を受けた宗主国の清と、
「自国民保護」を掲げた日本の双方が出兵。
7月25日に朝鮮半島の仁川に近い海域で、日清間の戦争が始まった。
日本は山東半島の威海沖で清の北洋艦隊を降伏させ、
95年4月の下関条約で台湾と周辺の島々などを割譲させた。
尖閣諸島は95年1月に日本領に編入されたが、中国は戦争を通じて
「日本がかすめ取った」と主張している。
     ◇
 石田耕一郎(いしだ・こういちろう) 1997年入社。
神戸総局、大阪、東京の社会部で主に警察や検察などの事件取材を担当。
2012年2月から現職。41歳。

安倍政権は「120年前をほうふつ」 
産経ニュース「日清戦争開戦」に絡め中国メディア                   
2014.7.25 16:47日中関係
 日清戦争(1894~95年)開戦120年に当たる25日、中国各紙は
「歴史をかがみに警笛を鳴らそう」などと主張する社説を掲載した。

国営通信の 新華社は「侵略の歴史」に絡め、安倍晋三政権の
安全保障政策への警戒を呼び掛ける論評を発表。
習近平指導部は「屈辱の歴史」や「日本の脅威」を強調するこ とで、一層の軍拡を
正当化していくとみられる。
 新華社は、安倍政権は「積極的平和主義」などのスローガンを掲げつつ
集団的自衛権行使容認 を閣議決定するなど「『富国強兵』を進めており、
120年前をほうふつとさせる」とした。
共産党機関紙、人民日報は日清戦争での敗北を教訓として「(中国 の)核心的利益」を
守るために十分な戦力が不可欠と主張。
一方で、敗北は「清朝末期の深刻な腐敗も原因」と指摘した。(共同)                                                              
中日甲午戦争120周年 中国人は国辱を忘れず


中日甲午戦争120周年の啓示 戦争能力を備えて初めて戦争は阻止できる

人民網日本語版 2014年07月25日15:18

http://jp.xinhuanet.com/
中日甲午戦争勃発120周年記念1


(新華国際時評)
危険な「栄誉」
――危険の復活——  甲午戦争勃発120周年の際に記す 
Jp.xinhuanet.com |  発表時間 2014-07-25 16:29:12 | 編集: 王珊寧

「腐敗のせいで戦争に負けた」…日本に奪われた大砲展示した中国(1)
「腐敗のせいで戦争に負けた」…日本に奪われた大砲展示した中国(2)中央日報
 2014年07月25日10時30分               
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

清仏戦争
清仏戦争(しんふつせんそう、英語: Sino-French War
中国語:(簡体字:中法战争、繁体字:中法戰爭)、
ベトナム語: Chiến tranh Pháp-Thanh/戰争法清
フランス語: Guerre franco-chinoise)は、1884年8月と1885年4月にかけて起きた、
ベトナム(越南)領有を巡るフランスとの間の戦争。
フランスでは戦争目的(領土領有)を達成したため勝利と考えられているが、
軽視できない損害も被った。
日清戦争
日清戦争(にっしんせんそう、
中国語:(簡体字:甲午战争、第一次中日战争、繁体字:甲午戦争、第一次中日戦争)、
英語:First Sino-Japanese War)は、1894年(明治27年)7月
光緒20年6月)から1895年(明治28年)3月(光緒21年2月)
にかけて行われた主に朝鮮半島李氏朝鮮)をめぐる
大日本帝国大清国の戦争である。

ヌルハチ(弩爾哈赤、満州語:)は、後金の創始者。の初代皇帝とされる。
君主としての称号は満洲語でゲンギェン・ハン、モンゴル語でクンドゥレン・ハーン、
廟号は太祖 、諡号は高皇帝である。
なお、明の文献では童奴兒哈赤あるいは佟奴兒哈赤、
朝鮮の文献では老乙可赤あるいは奴兒哈赤、清の文献では弩爾哈齊
あるいは弩爾哈奇と記載されている。 
太祖 愛新覚羅弩爾哈赤
後金
初代ハン(皇帝)
Qing-Nurhaci.jpg
王朝 後金

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