慰安婦問題について、いろんな報道: 米ユダヤ系団体、本紙掲載広告に抗議、産経・熊坂社長「おわびします」、日刊ゲンダイは?・・ 。日本に対し韓国とつるんで恩を仇で返しているのがユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」。 ・・ ゴールデンブック 樋口季一郎将軍

Translate

2014年12月5日金曜日

米ユダヤ系団体、本紙掲載広告に抗議、産経・熊坂社長「おわびします」、日刊ゲンダイは?・・ 。日本に対し韓国とつるんで恩を仇で返しているのがユダヤ系人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」。 ・・ ゴールデンブック 樋口季一郎将軍

米ユダヤ系団体、本紙掲載広告に抗議  
産経・熊坂社長「おわびします」 
2014.12.5 20:39 1/2ページ2/2ページ産経ニュース
【ロサンゼルス=中村将】産経新聞に掲載された広告をめぐり、
ユダヤ系団体サイモン・ウィーゼンタール・センター
(本部・米ロサンゼルス)のエイブラハム・クーパー副所長
4日(日本時間5日)、産経新聞社の
熊坂隆光社長宛てに抗議文を送付した。
 同センターが問題視しているのは、
11月26日付の東海・北陸版に掲載された
「ネットジャーナリスト リチャード・コシミズ
ユダヤ独裁国家アメリカの謀略を暴く!!」
と題した全面広告。コシミズ氏の寄稿とともに、
発売中の3冊の本を紹介した。
  これについて、クーパー氏は
「これらの本はユダヤ人に対する危険極まりない虚言の流布」と指摘。
「アンネ・フランクや
150万人のユダヤの子供たちを含む600万人のユダヤ人が
欧州で犠牲になった第二次世界大戦のナチスによる
ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を
否定するばかりか、著者は、ユダヤ人がマスメ ディアを操作し、
非道な目的を達成するために
世界の出来事や経済をも操っていると断言した。
9・11(米中枢同時テロ)の惨禍から、
日本の(東日本大震災 の)津波の悲劇、
北朝鮮の脅威にいたるまで、何らかの形でユダヤ人と
イスラエルに関連づけている」と批判した。
その上で、広告を掲載した産経新聞に対しても、
「真実を追求するジャーナリズムの責任を売り飛ばした」とし、
「読者とユダヤコミュニティーに謝罪す る義務がある」と抗議。
「産経新聞に対し、あらゆる集団に対する憎悪を
普及させる目的で紙面が使われることが
二度とないよう、広告の掲載方針を見直し
変更するよう強く要請する」としている。

 産経新聞社、熊坂隆光社長のコメントは以下の通り。
問題の広告が産経新聞11月26日付東海・北陸版(約5千部)に
掲載されたのは事実であり、12月4日付で
サイモン・ウィーゼンタール・センターの
エイブラハム・クーパー副所長からの
抗議文を受け取りました。
 掲載に至る経緯は現在、社内で調査中ですが、
広告審査手続きに欠陥があったことは
明らかです。こうした内容の広告が掲載され、
読者の手元に届けられてしまったことは
極めて遺憾であり、
読者とユダヤコミュニティーの皆様に深くおわびいたします。
  もとより、産経新聞社はナチス・ドイツによる
ホロコーストを許しがたい憎むべき犯罪ととらえておりますし、
いわゆる謀略史観的考えにくみするものではありません。
サイモン・ウィーゼンタール・センターの抗議を真摯(しんし)に受け止め、
誠実に対応するとともに厳正に対処します。

日刊ゲンダイさん、本日28日の「全面広告」掲載、ありがとうございます。 
2013/08/28 23:46  richardkoshimizu's blog
米ユダヤ人団体理事長、慰安婦問題は「部外者」 
2014年10月21日 21時08分 YOMIURI ONLINEホームへ
米政界に影響力を持つ政策提言団体
アメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)」の
デビッド・ハリス理事長が来日し、21日、本紙の取材に応じた。

 ハリス氏は、オバマ政権の中東政策について、
「その多くに賛同している」と述べる一方、
「米国の指導力が少しずつ後退しているという
受け止めがある」との懸念を示した。

 ハリス氏はまた、オバマ氏就任以来の
中東政策について、「いくつかの重大な危険や
不確定要素を過小評価した」と指摘。
11月4日に迫った中間選挙でも
「(中東情勢が)安全保障問題として争点になりつつある」
と語った。

 いわゆる従軍慰安婦問題とホロコースト
(ユダヤ人大虐殺)を結びつけようとする、
在米韓国人団体などの動きについて、
ハリス氏は「我々は部外者だ」と強調。
「米国の強力で重要な同盟国である(日韓)両国が、
恒久的な解決策を見いだすことを願う」と語った

平成26年10月21日米国ユダヤ人協会による表敬
平成26年10月21日(記録映像庫) 首相官邸

アメリカ合衆国  平成26年10月21日 
スタンレー・バーグマン米国ユダヤ人協会会長による
安倍内閣総理大臣表敬
バーグマン・米国ユダヤ人協会会長と
握手する安倍総理
本21日午後2時35分から約20分間,
安倍晋三内閣総理大臣は,来日中の
スタンレー・バーグマン米国ユダヤ人協会会長
(Stanley Bergman, President, American Jewish Committee(AJC))
の表敬を受けたところ,概要は以下のとおりです
(先方同席者:マリオン・バーグマン夫人,
デヴィッド・ハリスAJC理事長 ほか,
日本側同席者:長谷川総理補佐官,
兼原内閣官房副長官補,杉山外務審議官ほか)。

1 冒頭,安倍総理から,長きにわたり日本への
強い関心を有していただき感謝している,
来日が有意義なものとなること期待する旨述べました。
また,安倍総理は,今般の来日を機に,
日米関係の草の根の交流として,
AJCとの協力関係を一層強化したい旨述べました。
2 これに対し,バーグマン会長から,
これまでのAJCと日本との関係について説明した上で,
日本との関係を重視している旨述べ,
双方は関係を更に強化していくことで一致しました。
3 表敬では,このほか,
日本とユダヤ人との関係について言及され,
安倍総理から,杉原千畝氏の勇気ある人道的行為は,
日本とユダヤ人の関係の象徴である旨述べました。

検索キーワード「ナチス」に一致する投稿を関連性の高い順に表示
2014年9月13日土曜日
ナチスにシンパシーは感じません しょせん白人ドイツのものです。
 ソースロンダリングしてNYTの田淵ひろ子記者も絡んでた模様・・・

 
国際ユダヤ人権組織「サイモン・ウィーゼンタール・センター」の
エイブラハム・クーパー副所長

米ユダヤ系人権団体:高市総務相ら写真に
強い不満表明
毎日新聞 2014年09月10日 21時51分
(最終更新 09月10日 21時58分)
【ワシントン和田浩明】高市早苗総務相ら自民党の国会議員3人が
ナチス・ドイツへの共鳴をうたう極右団体の男性代表と撮影した写真が、
団体のホームページに掲載されていたことについて、
米ユダヤ系人権団体 
「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部ロサンゼルス)の
エイブラハム・クーパー副所長は9日、
「(写真を見て)首をかしげざるを得ない。
こうしたことが起きないよう責任を持って対処する人はいないのか」
と強い不満を表明した。

 団体は「国家社会主義日本労働者党」で、ホームページにナチス・ドイツの

「かぎ十字」や外国人流入阻止などの主張を掲載。
議員の事務所はいずれも「思想は知らなかった」などと説明している。

 だが、クーパー副所長は毎日新聞の取材に対し

「(政治的な)衝撃を軽減するための発言ではないか。(団体の思想について)
明確な批判をすべきだ」と述べた。
日本と中韓などアジアの隣国との間で「問題が再燃しかねない」とも指摘した。

 一方、米国務省は問題の写真について「現時点で特にコメントはない」と回答した。


jnpc 2014.7.24
エイブラハム・クーパー サイモン・ウィーゼンタール・センター副所長

検索キーワード「ホロコースト」に一致する投稿を
関連性の高い順に表示

米国で初の慰安婦常設展示館 来年9月NYに
2014/10/09 10:43 聯合ニュース
【広州聯合ニュース】旧日本軍慰安婦の惨状を伝える
常設展示館が、来年9月ごろ、
米ニューヨークに設置される。
慰安婦の常設展示館は米国で初めて。
 現地の韓国系住民の集まり、
ニューヨーク韓人会のミン・スンギ会長が9日、
聯合ニュースの電話取材に対し明らかにした。
  常設展示館ニューヨーク市立大学クイーンズボロ・コミュニティ・カレッジ
カッファバーグ・ホロコーストセンターに設けられる。
同センターでは昨年、
慰安婦とホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)被害に
関する行事が行われた。
その後、センター長が
ニューヨーク韓人会に常設展示館の設置を提案したという。
 ミン会長は「第2次世界大戦当時にドイツとともに
日本軍が行った反人倫的な犯罪を広く知らしめるため」と話した。
また、「ホロコーストセンターには年間数万人が訪れており、
旧日本軍の戦争犯罪の蛮行を
知らせるきっかけになるだろう」と期待を示した。
  常設展示館は、慰安婦被害者が
共同生活を送るソウル近郊の施設「ナヌムの家」
(京畿道広州市)から映像や写真などの関連資料を提供してもらい、
来年9月ごろオープンする計画だ。
広さは5坪程度。設置費用は
ニューヨーク韓人会が集める8万ドル(約865万円)の
募金を充てる。 ミン会長ら展示館設置推進委員会の関係者が10日、
ナヌムの家を訪れ推進状況を説明する予定だ。
 常設展示館が設置されれば、
生きた教育の場として日本に圧力をかけることにも
つながると見込まれる。 
mgk1202@yna.co.kr

NYホロコースト記念館に慰安婦展示反対! 2013年6月1日記
なでしこアクション Japanese Women for Justice and Peace 
正しい歴史を次世代に繋ぐネットワーク   
「慰安婦=性奴隷」のウソに終止符を! 

ナチス戦犯追跡団体「韓国も慰安婦加害者を探せ」
記事入力 : 2014/07/06 09:30  朝鮮日報
「自分ならたくさんの人を使って責任者を探し出し、法廷に立たせていただろう。
これは被害を受けた国が果たすべき義務だ」
「日本を世界で恥ずかしく困難な立場に立たせることは、
被害を受けた韓国の義務だ。
慰安婦だった女性がいるのに、なぜ慰安婦を募集した軍の責任者や
関係者を探そうとし ないのか」
   
2014年7月5日土曜日
韓国政府 ・・・韓国系日本軍慰安婦で文句をいいながら→
在韓米軍・韓国・連合軍慰安婦。
脈々と現代まで継続させているのは何故?

2014年6月25日水曜日
韓国紙各紙、中央日報が火病を起こしている模様、なりふり構わず日本を罵り、
のたうち回っているようです。。

ナチス戦犯を追跡する「サイモン・ウィーゼンタール・センター
エルサレム事務所のエフライム・ジュロフ(66)所長は
先月24日に本紙とのインタビューに応じ、日本による河野談話検証に対する
韓国政府の消極的な対応を批判した。

サイモン・ウィーゼンタール・センター - Wikipedia
 ja.wikipedia.org/wiki/サイモン・ウィーゼンタール・センター
 (英:Simon Wiesenthal Center、略称SWC)は、 
アメリカ合衆国カリフォルニア州のロサンゼルス にある
寛容博物館(英語版)を運営する組織。

ジュロフ氏は「私が韓国人であったなら、個人的に用心棒を雇ってでも、
日本の軍部による慰安婦募集の責任者たちを探し出し、
必ず法廷に立たせていただろう」と述べた。
ジュロフ氏は被害者である
元慰安婦女性たちが生存しているにもかかわらず、
加害者が明確になっていない状況に対して理解ができない様子だった。
ジュロフ氏は「日本の政治家たちが歴史の真実を認めないことが、
当然のことだが最も大きな問題だ」とする一方で 
「韓国は慰安婦博物館や記念館を大々的に建設し、
ユネスコ(国連教育科学文化機関)の記録遺産に申請するなどして、
全世界に慰安婦の事情を知らせねばなら ないが、
韓国人たちはおとなしすぎるようだ」と指摘した。

 米国系ユダヤ人としてホロコーストについて
研究する歴史学者でもあるジュロフ氏は、
同センターを設立した
サイモン・ウィーゼンタール氏と共にナチス戦犯たちを追跡し、
1986年にエルサレム事務所の所長に就任した。 
現在も情報提供の電子メールを
毎日100通以上確認することで1日の仕事が始まるという。
ドイツをはじめ世界各地で自らの正体を偽り、隠れて暮らしている 
ナチス戦犯に対する情報提供は今も相次いでいるという。
エルサレム=朴国熙(パク・ククヒ)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 


2 次のページ
同センターは米国ロサンゼルスに本部があり、
法廷で有罪を確定できるほど信ぴょう性のある情報提供者には、
最大で2万5000ユーロ(約350万円)の
懸賞金を支払っている。
運営は寄付金で賄われているが、寄付金の額は昨年だけで
2200万ドル(約22億円)に達した。
寄付金は「最後まで戦犯を追跡してほ しい」と願う
世界中のユダヤ人から送られたものだ。
この寄付金によってセンターは毎年ナチスの主要戦犯リストを公表し、
新たに懸賞金を準備している。
その ためホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を否定する
欧州の右翼団体などからは、殺害予告などさまざまな脅迫を受けているという。

    ゴールデン・ブック 

2014年7月28日月曜日
中央日報の火病再発! 今度は日本には天皇が二人いたと
意味不明なことで反日記事 ・・・ 中央日報


【ユダヤ人を救った偉大なる日本人】
時代は1938年、軍国主義を推し進める日本において、
自らの危険を顧みず、多くのユダヤ人の命を救った日本人 
樋口季一郎。いったい、どんな人物なのか!? 

樋口季一郎 数千人のユダヤ人の命を救った
2014/08/19 テレビのまとめ より
テレビ東京の「ありえへん世界」で
数千人のユダヤ人の命を救った
偉大な日本人について放送されました。
ユダヤ民族基金という団体の施設には永久保存されている
ゴールデンブックがあります。
ゴールデンブックにはユダヤ国家建設のために
大きな貢献をした人が記載されています。
ここに名前が刻まれることはユダヤ人にとって最高の名誉です。
そんなゴールデンブックに樋口将軍という意味の
「ゼネラルヒグチ」の名が刻まれています。
ゼネラルヒグチこと大日本帝国陸軍中将・樋口季一郎
(ひぐちきいちろう)さんは一体どんな人物だったのでしょうか?

樋口季一郎さんは1918年、陸軍大学校を卒業。
当時のエリートでした。
各国の情報収集にあたる情報武官としてヨーロッパやロシアに赴任し、
順調に出世街道を歩んでいました。
そして日中戦争が勃発した1937年、満州の関東軍で
諜報活動のトップ特務機関長に就任。
1938年、ナチスのユダヤ人狩りから逃れて来た
数千人のユダヤ難民たちが
死に掛けているという情報が入ってきました。
満州国と国境を接したソ連領のオトポールで
多くのユダヤ難民たちが瀕死の状態にあったのです。
当時、ヨーロッパではナチスドイツがユダヤ人迫害政策を強行。
ナチスはユダヤ人を生きたまま生体実験に使ったり、
銃殺やガス室で次々と大量虐殺していました。
命を奪われたユダヤ人は600万人を超えるとも言われています。
迫害を逃れてきたユダヤ人はヨーロッパからシベリア鉄道で
ソ連を経由し、日本の支配下にある満州国を通って
アメリカなどに向かうしか生きる道がありませんでした。
しかし、満州国が入国を拒否したためユダヤ人は
満州国の手前のオトポールで
立ち往生することになってしまったのです。
食料は底をつき、寒さと飢えで病人が続出。
命の危機にさらされていました。
すると、樋口季一郎さんのもとへ極東ユダヤ協会会長の
アブラハム・カウフマンが訪ねてきました。
ユダヤ人が求めていたのは満州国の入国ビザの発給でしたが、
一軍人である樋口季一郎さんにはその権限がありませんでした。
とはいえ、実質日本の支配下にある満州国に対して
大きな権力を持つ日本軍の樋口季一郎さんに
何とかビザ発給の指示を出してくれないかと懇願しに来たのです。
しかし、樋口季一郎さんには即答できない深い事情がありました。
日本はこの時ドイツと同盟国だったため、
ドイツから逃れてきたユダヤ人を救済することは
ドイツの国策に反していると捉えられてしまいます。
つまりそれは日本とドイツの
友好関係に傷をつけてしまうことになるのです。

苦悩する樋口季一郎さんの脳裏には、
ある一つの思い出が蘇っていました。
それはかつて樋口季一郎さんがロシアに赴任していた時のこと。
当時、有色人種たる日本人に対する差別の目が
歴然と存在していました。
しかし、そんな中でも樋口季一郎さんに
差別することなく接してくれたのはユダヤ人だったのです。
今こそ、あのユダヤ人への恩に報いるべきではないだろうかと思い、
樋口季一郎さんは満州国外交部にユダヤ難民たちに
ビザを発給することを指示しました。
しかも、樋口季一郎さんがユダヤ難民に用意したのは
入国ビザだけではなく、難民救済用の列車まで手配。
これによって救われたユダヤ人の数は、
一説には数千人にものぼると言われています。
一人の日本人が自らの地位を顧みず
取った行動が多くの命を救ったのです。

しかし、一方で樋口季一郎さんの
ユダヤ難民救済行為を知ったナチスドイツは激怒し、
日本政府に猛抗議。樋口季一郎さんに対する処分を求めました。
これをうけ樋口季一郎さんは
関東軍からの出頭命令を受けましたが、
樋口季一郎さんの思いは上司の心を動かし、
上司はこの人道的行為を正常と判断しこの一件に関して
彼を守り不問としました。
その後、樋口季一郎さんは北海道の北方守備責任者となり
終戦を迎えました。
しかし、終戦直後の北の大地で再び事件が起こりました。

ソ連は日ソ中立条約を一方的に破り、
日本領だった南樺太・千島に侵攻。
さらに北海道への上陸を試みたのです。
終戦直後とあり日本政府が機能せず
停戦を決めていた中、樋口季一郎さんは
独断でソ連と戦うことを決断。
北方に残っていた日本兵たちと共に
命をかけて北海道への上陸を阻止したのです。
しかし、樋口季一郎さんに北海道上陸を阻まれたソ連は激怒。
ソ連は日本を占領下に置いていたアメリカに対し、
樋口季一郎さんを戦犯と指名し、身柄を引き渡す
シベリア流刑を要求してきました。
しかし、なぜかアメリカのマッカーサーがこれを断固拒否。
それどころが「樋口を擁護せよ」という指示が出されたのです。
さらに日本陸軍の幹部でありながら、
敗戦国の指導者を裁く東京裁判にも呼ばれませんでした。
一体なぜだったのでしょうか?

樋口季一郎さんがその理由を知ったのは
1950年、ユダヤが生んだ物理学の権威
アインシュタイン博士が来日した時のことでした。
来賓としてユダヤ人パーティーに招かれた樋口季一郎さんは、
パーティーの幹事をつとめていたミハイル・コーガンという
一人のユダヤ人からある事実を教えてもらいました。
実は樋口季一郎さん引渡しの拒否をした
連合国軍総司令部の背後にはアメリカの国防総省がありました。
その国防総省に影響力があったのがニューヨークに総本部を置く
世界ユダヤ協会。樋口季一郎さんが助けた
ユダヤ難民の幾人かは世界ユダヤ協会の幹部になっていました。
ユダヤ人たちがアメリカ国防総省に
樋口季一郎さんを救出するように働きかけてくれていたのです。
それは、満州でのユダヤ人救出劇の恩返しでした。

戦後、駐留軍や企業の顧問就任など様々な依頼が来たものの
全て断り隠居生活を貫いた
樋口季一郎さんは82歳で亡くなりました。
こうして多くのユダヤ人の命を救った樋口季一郎さんは
ゼネラルヒグチ(樋口将軍)としてユダヤの歴史に名を残したのです。

ベン=アミー・シロニー教授 
「日本の強さの秘密を探るー日本とユダヤの深い関係」
ロングバージョン53分 HiramekiTV
2014/03/19 に公開
シロニー教授は1937年ポーランド生まれで、ナチの迫害を逃れてソ連に移住、
難民生­活を経て1948年にイスラエルへ帰還しました。
イスラエルのヘブライ大学東アジア学科教授となり、毎年500名を超える学生に
日本の­歴史と文化の講義を続けられ、現在はヘブライ大学名誉教授として
両国関係発展のために­尽力されています。
シロニー教授は長年の功績がたたえられ2000年に勲2等瑞宝章を­授与されました。

安江仙弘  (やすえ のりひろ、1888年1月12日 - 1950年8月14日)は、
日本陸軍の軍人、最終階級は陸軍大佐。
1 経歴  1.1 シベリア出兵に従軍
松本藩士・台湾総督府官吏、安江仙政の長男として
秋田県秋田市の平田篤胤の生家で生れる。
京華中学校陸軍中央幼年学校を経て、
1909年5月、陸軍士官学校
(21期、同期には石原莞爾樋口季一郎等がいる)を卒業。

1918年シベリア出兵に参戦し、シベリア
グリゴリー・セミョーノフなど白衛軍の将校と
接しているうちに、『シオン賢者の議定書』という
反ユダヤ主義の古典の存在を知り、
日本に帰国後同書を翻訳。
1924年、包荒子のペンネームで
『世界革命之裏面』という本の中で初めてこの本の全文を
日本に紹介した。
忠君愛国の精神で育った安江らにとって、
ロシアの君主制の短期間の崩壊は驚愕であり、
それを「合理的に」説明する理由が必要だったのである。

1.2 ユダヤ問題への関心
1927年ユダヤ研究を命じられ、酒井勝軍を英語通訳として伴い、
パレスチナエジプトから欧州を視察し、
このとき反ユダヤ文書による観念的なユダヤ人理解の誤りを悟った。
国費でのユダヤ調査
酒井勝軍は「ユダヤ問題座談会」で、
「包荒子はパレスチナを見てから思想に変化を生じ、
『世界革命之裏面』の如き書物は
もう古くてだめだと言い漏らした」としている[1]
元々愛国心の強かった安江は、亡国のユダヤ流民の惨状に同情し、
急速に親ユダヤ的傾向が強まる[2]
ユダヤ人に対して友好的態度がありながら
一方でユダヤ人の危険性を論じるのは、
当時の陸軍の「ユダヤ通」に広く見られる特徴であった。

帝国在郷軍人会本部の依頼で書かれた『猶太の人々』(1934)の結論には、
帰国後の安江のユダヤ観がこう披瀝されている。
「猶太人の一人々々を観れば、数千萬の猶太人が 一人残らず、革命運動に
参画して居るのでもなく、又皆一様に大財閥である訳でもない。
多くの猶太人の中には、之を分類すると色々の種類がある。
例へば、繪 で見る基督のやうな、昔ながらの服装をして、『猶太の泣壁』に朝夕集り、
救世主の降臨を祈り、全く現代とかけ離れて、猶太教のみに没頭して居る
宗教的猶太人がある。
又一方にシオニストとして、パーレスタインの猶太國建設のみに熱中して居る猶太人が
あるかと思へば、又他方には國境を超越して、世界を舞臺とし て活躍する
インターナシヨナルな猶太人もある。
更にシオニズムによつて一般に覚醒されたとはいひながら、シオン運動には無関心に
自己の商売のみに熱中して いる猶太人もある。
即ち猶太人であるからといふて、誰も彼も危険視すべきではない。
我が國に取つて有害な人物もあれば、無害な善良な人もある[3]」。

1.3 満州国とユダヤ人対策
1935年2月、ハルビンで極東ユダヤ人会議の議長カウフマン博士及び幹部たちとの
協議の結果、日本民族とユダヤ民族間の親善実行団体として
「世界民族文化協会」を創立し、医学博士の磯部検三を顧問とし、
また自ら会長となって、安江は、在満ユダヤ人の保護に尽力し、
また回教徒や白系ロシア人にも助力した。
河豚計画を海軍の犬塚惟重と 共に構想したことから、
安江は犬塚と並べて理解されることが多いが、
犬塚と安江を同列に論じることはできない。
犬塚は、1938年10月の講演で、
「猶太 人ノ咽喉ヲ扼シ徹底的ニ之ヲ圧服スルヲ要ス即チ日本側カ厳然実力ヲ振ヒ得ル今日
確固タル自身ト強烈ナル意気込トヲ以テ彼等ヲ牽制圧服シ我國ニ依存スルノ
必須ナル所以ヲ了解セシメ他面其馴致工作ヲ実施スルヲ適当トス」と述べる、
日和見主義的なユダヤ利用論者であった[4]

1.4 予備役編入と最期
安江が手がけた最後の仕事は、
中国国民党政府への和平工作であり、敗戦の日の8月15日、
国民党政府高官から「話合いに応じる」旨返書があった。
安江は、長男・弘夫を書斎に呼び、
「おれがこれだけの事をやったということを
お前だけでも覚えておいてくれ」と述べ[7]
それが遺言となった。

戦後、樋口季一郎とともに、イスラエル
ゴールデン・ブック」に「偉大なる人道主義者
として名前が刻印され、
それが安江が生前受けた唯一の名誉であった。
1945年8月23日、大連ソ連軍に逮捕され、
1950年、ハバロフスク収容所で病死した。
在留邦人を見捨てて日本への帰途を急いだ
関東軍の高級将校が少なくなかったなかで、
出所進退の潔さが際立つ生涯だった。

1.5 戦後
安江の葬儀には、イスラエル公使や
ユダヤ人協会会長も出席し、在満時代の
ユダヤ人保護の尽力に謝意を示した。
満州ユダヤ人社会の指導者であった
アブラハム・カウフマン博士は、安江に信頼を寄せ、
その回想録『キャンプの医師』(Camp Doctor[12], 1973)には、敗戦後同じく
シベリアの強制収容所に捕らわていた日本の軍民に同情の念はあっても、
日本人への怨嗟の言葉一つなかった。
そのため、カウフマンは、
ユダヤ人社会から「対日協力者」のレッテルが貼られ
疎外されたが、それも意に介さなかった。
[PDF]アブラハム・カウフマンとハルビン・ユダヤ人社会

犬塚 惟重(いぬづか これしげ、1890年7月11日 - 1965年2月19日)は、
日本海軍軍人、ユダヤ問題研究家。最終階級は海軍大佐。
1 経歴 1.1 軍歴 1.2 フリーメイソンとの係わり
1.3 ユダヤ問題との係わり
ドイツの軍靴がチェコ、ポーランドと進むにつれて、
数百万のユダヤ人が世界各地に
逃げ出さざるを得ない状態になった。
しかし、彼らの目指すアメリカ、中南 米、
パレスチナなどは、入国査証の発給を
非常に制限し、ほとんどシャットアウトの政策であった。

英統治領パレスチナなどは、
海岸に着いたユダヤ難民船に、 陸上から英軍が機関銃の
一斉射撃を加えるという非人道的行為まであった。
そうした中で、入国ビザなしに上陸できたのは世界で唯一、
上海の共同租界、日本海軍の警備する虹口地区だけだった。
犬塚惟重は、日本人学校校舎をユダヤ難民の宿舎にあてるなど、
ユダヤ人の保護に努力した。

猶太人対策要綱  日本政府が対ユダヤ政策に関する一応の指針を定めたのは、
1938年12月に開催された五相会議(首相、蔵相、外相、陸相、海相による会議で、
昭和初期における最高意思決定機関。1933年に初開催)においてである。

猶太人対策要綱と題するこの合意文書は、
ドイツやイタリアとの関係を尊重しつつも、
ユダヤ人排斥は人種平等の精神に合致しないとして、
以下の3点を方針として定めた。
1 現在日、満、支に居住する猶太人に対しては他国人と同様公正に取扱い、
  之を特別に排斥するが如き処置に出ずることなし
2 新(あらた)に日、満、支に渡来する
猶太人に対しては一般に外国人入国取締規則の
  範囲内に於て公正に処置す
3 猶太人を積極的に日、満、支に招致するが如きは之を避く、
  但し資本家、技術家の如き特に利用価値のあるものはこの限りにあらず
(旧字体や片仮名、旧仮名遣いを修正して表記)

以後数年間、計画者だけでなく、
ユダヤ社会のメンバーらも含めた会合が頻繁に行われた。
しかし計画は、如何なる公的・組織的手段によっても、軌道に 乗らなかった。
1939年には、ユダヤ共同体による支援の分散を懸念した上海のユダヤ人が、
上海へのユダヤ難民流入をこれ以上許可しないよう要求した。

極東ユダヤ人会議議長となっていたカウフマンは記者を通じ、日本への警戒心を
緩めるようアメリカ社会に説いたが、フランクリン・ルーズベルト大統領の側近で
世界ユダヤ人会議議長のスティーヴン・サミュエル・ワイズは、
「ユダヤ・日本間の如何なる協力も非愛国的行為だ」とする強い見解を示した
(アメリカが日本に対して行った通商停止措置に違背するため)。
1940年には、在米ユダヤ人の有力者との間にパイプを持つ田村光三
(ユダヤ系学生の多いMIT卒で
東洋製缶ニューヨーク出張所職員)が移住構想を進言したが、
にべもなく断られている

1905年 日米間でハリマン事件(南満州鉄道の経営権問題)
1905年8月29日に日露講和条約の締結が決まった(調印は9月5日)。
 10月12日、ルーズベルト米大統領の意向を受けて来日した
アメリカの鉄道王エドワード・ハリマンと、首相の桂太郎とが会談し、
南満州鉄道の経営に関する覚書に合意した。
南満州鉄道を日米で共同経営する構想で、
元老の井上馨や財界の渋沢栄一も賛成していた。
 しかし、日露講和会議から戻った
小村寿太郎はこれに猛反発し、この覚書は破棄された。
 これを機に日米の対立が深まっていった、とみる説がある

エドワード・ヘンリー・ハリマン(Edward Henry Harriman,
1848年2月20日 - 1909年9月9日)はアメリカ合衆国の実業家。
W・アヴェレル・ハリマンの父。

ニューヨーク出身の銀行家であり、ユニオン・パシフィック鉄道及び
サザン・パシフィック鉄道の経営者になった。

ヤコブ・シフと共に日露戦争中には日本の戦時公債を1人で1千万円分も引き受け、
ポーツマス条約締結直後に訪日して、1億円という破格の財政援助を持ちかけて、
南満州鉄道の共同経営を申し込んだ。
日本側も乗り気で1905年にポーツマス条約で獲得した奉天以南の東清鉄道
日米共同経営を規定した桂・ハリマン協定を結んだが
小村寿太郎外相の反対により破棄された。

2014年07月06日09時28分 朝鮮日報
【コラム】「国立」慰安婦歴史館がない韓国
慰安婦解決策は「日本に恥を」ざっくり言うと
ナチス戦犯を追跡している活動家が、慰安婦問題の解決策を韓国紙に語った
「加害国である日本に世界で恥をかかせる」というもの
慰安婦問題を世界に広く知らしめ、世界から共感を得ることが重要だとした
「韓国には慰安婦歴史館のようなものがあるのか」
イ ンタビューの途中に出たジュロフ氏からの突然の質問に記者は言葉を失った。
日本の妄言が相次ぐたびに、常にクローズアップされてきた慰安婦問題だが、
よく 考えると韓国国内には慰安婦歴史館や博物館といったものが思い浮かばない。
またそのようなものがあるのかどうかさえ記者の頭でははっきりしなかった。
「ソ ウルの日本大使館前に『慰安婦少女像』が設置されている」
と答えようとしたがやめた。
この動きにブレーキをかけるには、やはり日本政府が公式に
「プロパガンダ部分」を否定した方がいいかもしれない
(「従軍慰安婦はなかった」などとデリカシーのない事を言うと、
余計事態は悪化するだろう)。

2013/03/25 米国の慰安婦騒動、ドイツ軍慰安婦問題に飛び火?
2013/03/12 「郡政府は慰安婦制をホロコーストと認定した」 KACE
2013/03/06 交流深める韓国・ユダヤ系団体--旭日旗追放に理解
2012/11/20 慰安婦の米国メディア篭絡術
2012/11/18 米国の大学で「慰安婦史」を教える
2012/09/07 [資料] 朝鮮日報の「ドイツを見習え」論
2012/07/24 ユダヤ人に続き黒人組織にも手を伸ばす慰安婦団体
2012/04/29 米国首都に慰安婦の碑 来年から本格化
2011/12/12 水曜デモ一千回に合わせ、米国で「ユダヤ人虐殺と日本軍慰安婦」
2011/11/30 日帝蛮行研究に寄付続々[米国、韓国人有権者センター]
2011/11/24 韓国人有権者センターに引きずり出されたホロコースト・サバイバー
2011/11/23 ホロコースト犠牲者・慰安婦被害者のコラボ、NYで実現へ
2011/11/23 ナチ生存者.慰安婦ハルモニ「歴史的出会い」
2011/11/16 ニューヨーク慰安婦展、好評につき二度目の延長
2011/08/29 ホロコーストセンターが請け負う慰安婦問題の教材化
2011/08/25 ネガキャンとしての慰安婦問題 (キム・ドンソク)
2011/08/14 慰安婦をホロコースト生存者と対面させる [反日キャンペーン]
2011/08/13 ニューヨークで慰安婦展、ユダヤ人組織と在米韓国人
2011/06/17 慰安婦版「最終解決(ホロコースト)」許すな、我孫子でパネル展
続・慰安婦騒動を考える より

1 件のコメント:


  1. ブログ中に「シルバーブック」というものがあると書かれていますが、そのようなものは存在しません。
    ゴールデンブックの管理団体に直接確認をしましたが、ゴールデンブックには民族の隔たりなく、ユダヤに貢献のあった方々を載せているとのことです。
    ユダヤ人だけが登録されているわけではありません。
    実際に私も目で見ました。
    できれば訂正をお願いします。
    少しユダヤに詳しいので問い合わせが私に来ています。
    よろしくお願いします。

    返信削除