慰安婦問題について、いろんな報道: 中国食文化にタブーなし、だからこその報道。 「慰安婦を殺して、その肉を食べた」 旧日本兵による「信じがたい」証言を新華社が報じる

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2014年9月5日金曜日

中国食文化にタブーなし、だからこその報道。 「慰安婦を殺して、その肉を食べた」 旧日本兵による「信じがたい」証言を新華社が報じる

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2014年7月30日水曜日
突っ込みどころ満載の「戦犯」の供述書を サイト上で公開らしい・・ 産経

J-CASTニュース 「慰安婦を殺して、その肉を食べた」
旧日本兵による「信じがたい」証言を 新華社が報じる
  2014/9/ 5 18:46
「慰安婦を殺して、その肉を食べた」――。
中国に駐屯していた元日本兵による証言を中国の国営通信・新華社通信(電子版)が
2014年9月4日に伝えた。
ほかの新聞社はホームページで新華社の記事を配信し、人民日報(ウェブ版)は
インタビューの動画を公開。驚きの証言はウェイボーなどでも拡散されている。
ただ、本人が直接目撃した情報ではないようで、単なる「うわさ」程度の可能性もあり、
信憑性がどれくらいあるのか全く不明だ。


虐殺行為や強姦も証言
証言したのは山東省に駐在していたという旧日本兵の絵鳩毅さんだ。
記事によると、遼寧省にある社会科学規画事務室の研究員が2013年7月に日本で
8人の戦犯から聞き取り調査を行い、研究成果として発表。

絵鳩さんの証言はそのうちの1つだ。
絵鳩さんは今年101歳を迎える高齢だが、言いよどむことなく、はっきりとした口調で
インタビューに応じている。動画の冒頭、「私は大きな戦争犯罪を犯しました。
敗戦の年の6月のこと、大隊長の命令で教育中の初年兵30名に、中国人捕虜4名を
交互に刺殺、刺突(つきさすこと)させるという犯罪でした」と自白する。
さらに、「捕虜の中の1名の女性が、ある下士官の慰安婦にされていた。それが索格庄
(編注:山東省の地名)の駐在が長くなって、食べ物に若干苦しむようになった時、
彼はその女性を殺害し、その肉を食べた」と証言した。

「自分で食べたばかりではなく、中隊に今日は大隊本部から肉が上がったからと
ごまかして、中隊の全兵隊に食べさせたといううわさを聞きました。

うわさでありますが、後に撫順管理所(編注:遼寧省にあった戦犯収容所)において、
その本人が自白していると聞いております」 と続ける。
うわさに当たる部分は下士官が殺害して食べたことなのか、中隊に食べさせた
ことなのかは分からない。

新華社は「日本軍が慰安婦を殺して肉を食べた」という見出しをつけている。
そのほか、日本軍による虐殺行為や女性への強姦が日常的に行われていたこと、
慰安所を設けて中国や韓国の女性を囲って金銭を払って関係を持つことが
習慣的だったと話した。 「思想改造をしていただいた」とも語る
絵鳩さんは「中国帰還者連絡会(中帰連)」の常任委員長を務めていたと語る。
中帰連撫順戦犯管理所に収容された戦犯たちが結成した組織だ。

日本軍の虐殺行為をまとめた書籍を出版したり、各地で講演を行ったりしている。
2002年に解散し、現在は「撫順の奇跡を受け継ぐ会」として活動を続けて いる。
今回の証言で気になるのは、「撫順戦犯管理所で思想改造をしていただいた」 
と自らを話すことだ。インタビュー動画を見ると、前半部分で日本軍 が行った
強姦や残虐な行為をひたすら語る一方、後半では日本の戦犯への中国の寛大な
処分への感謝を述べている。

「自分の親兄弟を殺害した人間を、『人間扱いせよ』というのはできないと思います。
しかし中国政府と人民はしてくれた」「日本戦犯を優遇して(日本に)返すというのは
一つの奇跡。中国政府と人民は 奇跡をやった」と「中国礼賛」を繰り返し語っている。
13年7月に行われたインタビューがなぜ今になって新華社の記事になったのかも不可解だ。
14年9月3日は「抗日戦争勝利記念日」が初めて国 家の記念日として制定されたため、
前後してメディアは日本軍の残虐行為を喧伝する記事を量産していた。
今回の記事も、こうしたキャンペーンの1つとみられる。

撫順の奇蹟を受け継ぐ会 神奈川支部

元戦犯の動画:絵鳩毅        
2014/09/0315:21
旧姓は石渡。
1913年生まれ。
旧日本軍第59師
第54旅団第111大隊機関銃中隊下士官、
軍曹。1945年8月、ソ連軍(当時)に投降し、極東に送られる。
1950年、中国に移管され、撫順戦犯管理所で拘留される。
1956年、第三期のグ ループとして不起訴釈放され帰国。
かつて「中国帰還者連絡会」常任委員、常任委員長を歴任。

健康食にゴ●ブリ? 中国で養殖
2014.09.05 Fri posted at 16:27 JST                  
中国・済南(CNN) 世の中には
その土地になれていないと
口に入れるのをためらうような食べ物がある。
記者が経験してきたなかでは、
ボツワナのホテルで食べた黒いイモムシや、ウガンダの
干したバッタ、北京で食べたニワトリの頭と足のスープもそうだった。
今回取材した中国の山東省済南で養殖されている生き物も、その1つと言っていいだろう。
養殖場を経営する王福明さんの夢は、
たんぱく質豊かなこの食材を中国全土に普及させること。
その食材とはゴブリだ。
「このゴブリたちを愛している。とてもかわいい」と王さんは言う。
済南の郊外、荒れ果てた工業地区に王さんの養殖場はある。
ここでは1000万匹のゴブリが「収穫期」が来るのを待っていると王さんは言う。


【閲覧注意】 
人肉しゃぶしゃぶ、唐揚げ、3000回肉そぎの刑...  
中国4千年の食人史とは? 日刊アメーバニュース2014/04/11 に公開 
次から次へと驚愕のニュースが流れる
中国産の食品問題。
2004年には、頭髪などの人毛から作られた「人毛醤油」が、 
日本および外国へ輸出されていることが発覚し大問題となった。 

また、2011年は、人間の胎児や死んだ赤ん坊などから作られた粉末入り 
人肉カプセル」が「最高の滋養強壮剤」として韓国に密売されていたという事件が起きた。 
人間を使った食品まで出回るとは、まさにタブーなき恐るべき国である! ……と、

日本人なら叫んでしまいそうだが、中国では古代から「人肉食い」の話は多く、 
中国のさまざまな史書に記録されている。 

■中国「人肉食い」4000年の歴史とは? 
◆妻の肉を食材にした漁師 有名なエピソードとして、『三国志』の英雄、劉備玄徳が
猟師の家に身を寄せた時。 
もてなしをする食べ物がなかったため、猟師が自身の妻を殺害。 
「狼の肉」 として劉備に差し出した。 
翌朝、劉備は厨房で肉を削がれた猟師の妻の死体を発見。 
自分が昨晩食べたのは「猟師の妻の肉」であったことに気がついたのだっ た。 
だが、「もてなす食材がなかったため妻を差し出した」という猟師の行為に、
劉備はひどく感激したという。
何とこの食人の話は美談として語られている。 

■処刑者の人肉を漢方の妙薬として喜んで食す 世界に数ある処刑方法の中で、
中国のバリエーションは世界一と言われている。 
どれだけじわじわと苦痛を引き伸ばし、恐怖を最大限に味合わせるか…… 
その方法は徹底している。
 ◆「人肉しゃぶしゃぶ」 
凌遅の刑(りょうちのけい)」は、生きたまま少しずつ細かく切り刻み、 
肉をそぎ落とすという最も苦痛に満ちた処刑方法で、清朝末期まで行われていた。 

※この刑罰は李氏朝鮮朝鮮王朝)でも実施されていた[1]。  
中国酷刑(Chinese torture) その9 -凌遅-閲覧注意

2010年09月28日 処刑者は裸で市中を引き回されたうえ、柱に後ろ手にくくりつけられ、
左右の股と すねに釘が打ち込まれる。 
処刑は3日~10日に渡って行われたという。 
肉をそぐ回 数は120回~3000回。 
処刑後はバラバラに解体され、販売された。 
漢方の妙薬とされていた新鮮な人肉を民衆はこぞって買い漁り、食べたといわれている。

 「凌遅の刑」に関連する話がある。 
唐の時代。反乱軍のリーダー董彰(とうしょう)は、鎮圧軍のリーダー姚洪(ようこう)を監禁。
降服しない姚洪の肉を生きながら薄くそぎ落とし、その場で「人間しゃぶしゃぶ」にして
食べたという記録が残っている。 

◆「人間唐揚げ」 
烹煮の刑(ほうしゃのけい)」は、煮えたぎった湯に処刑者を放り込み「人間スープ」に、
「油煮の刑(ゆしゃのけい)」では、「人間唐揚げ」にして食べたとい う。
「石臼刑(いしうすけい)」は、巨大な石臼に人間を放り投げ、杵やすりこきで
突いていくというもの。
いわゆる、餅つきの要領である。

杵で打ち砕かれた 人体からは内蔵や脳みそ、目玉が飛び散り、
血と交じり生臭い臭いを放つ。さらに、すりこぎで細かくすりつぶせば
「人間ミンチ」が完成する。
こねて焼けば 「人間ハンバーグ」のでき上がり! 処刑方法だけでなく、
「人肉料理」のバリエーションも豊富だったようだ。 

 ※まあ、拷問の類は日本も古くからいろいろありますが、支那・李氏朝鮮のは
残虐性において次元が違うといっていいでしょう。

■「食人宴席」 また、近代においても「食人行為」は行われていたという……。
食人宴席―抹殺された中国現代史』(カッパ・ブックス) 鄭義 (著、原著),
「食人宴席」抹殺された中国現代史.avi 動画版 グロい話なので閲覧注意
シュニッツァー11 さん より・・・

黄文雄 (翻訳)という書籍の中で、その悲惨な様子が克明に描かれている。
1965年以降、約10年続いた「文化大革命」の時、中国共産党指導部内によって、
何万人という人々が粛清という名の下、ほとんど理由もなくリンチや虐殺にあった。

生きたまま腹を裂かれ、内臓を引きずり出し、肉をそぎ、人体の臓器や皮や肉は
煮たり焼いたり、生で食べることも……。
また、目玉を繰り抜いて食 べたり、鉄のストローを頭蓋骨に差し込んで脳みそを
吸ったりすることもあったという。 
白昼堂々と行われた食人宴席だったのだ! 
なお、現在の中国では食人は禁止とされている
ただ、「美容に良い、精がつく」といわれ、胎児を食べる文化が現存しているという
ウワサもあり、いまだに堕胎された胎児をスープにしたり焼いたりして食べているという。 
中国における食人とは、れっきとした「食文化」の一つ。
まさに中国4000年の味、「人肉三昧」の歴史の重みを感じさせる。 (白神 じゅりこ)

※中国人はいかに人間を食べてきたか!? 中国における食人の歴史
中国の歴史書や随筆集などの記録には、たいへん多くの食人のエピソードが登場します。
その中から、特徴的な例や歴史上の著名な人物が関係している例をまとめました。
更新日: 2013年03月16日

日本にも確かに食人にまつわる事件はありますが、中韓のそれとは
まったく次元が違うとしか言いようがないのです。
ひかりごけ事件  (ひかりごけじけん)は、1944年5月に、現在の北海道目梨郡羅臼町
発覚した死体損壊事件。日本陸軍の徴用船が難破し、真冬の知床岬に食料もない
極限状態に置かれた船長が、仲間の船員の遺体を食べて生き延びたという事件である。

食人が公に明らかになった事件は歴史上たびたびみられるが、この事件はそれにより
刑を科せられた初めての事件とされている。
一般には「唯一裁判で裁かれた食人事件」といわれるが、日本の刑法には
食人に関する規定がないため、釧路地裁にて死体損壊事件として処理された。

百歳を超えた 旧日本兵の絵鳩毅さんを、今更持ち出す支那の報道の姿勢には
悪意を感じ、疑問を感じざるえないですね。 

2014年8月15日金曜日
インド首相 31日から公賓として訪日にあわせ、朝日新聞とつるんでいる
ザ・タイムズ・オブ・インディアが日本人は人喰いだと報道・・・

番外編 チルボン島事件を蒸し返し ・・・ 依然、確たる証拠も無し ・・・

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