慰安婦問題について、いろんな報道: 両陛下「親善と慰霊」を終えフィリピンから帰国。フィリピンに到着。54年ぶりのフィリピン訪問、現地は歓迎ムード。97歳元日本兵が思いを。天皇皇后両陛下、1万人の日本兵が戦死したペリリュー島でご供花。両陛下ご訪問の歓迎準備 パラオ友好橋に日の丸。

Translate

2016年1月30日土曜日

両陛下「親善と慰霊」を終えフィリピンから帰国。フィリピンに到着。54年ぶりのフィリピン訪問、現地は歓迎ムード。97歳元日本兵が思いを。天皇皇后両陛下、1万人の日本兵が戦死したペリリュー島でご供花。両陛下ご訪問の歓迎準備 パラオ友好橋に日の丸。

フィリピンからご帰国された天皇、皇后両陛下
=30日午後、東京・羽田空港
5日間の日程でフィリピンを訪問していた天皇皇后両陛下が
30日午後、羽田空港に到着されました。
 両陛下は午後5時前、政府専用機で羽田空港に到着し、
皇太子さまなどの出迎えを受けられました。
フィリピンと日本の気温差は30度近くあり、
国賓としての公式行事や日本とフィリピン両国の戦没者の慰霊など
過密な日程でしたが、宮内庁によりますと、
両陛下は変わりなく過ごされていたということです。
両陛下は日本時間の昼ごろにホテルを出発されました。
その際、ホテルのスタッフやマニラに住む日本人などが集まり、
大きな拍手でお二人を見送りました。
 見送りに来た人:
「最初は緊張しても、お会いできてうれしかったです」
「すごく優しくて心が熱くなった」
また、両陛下は食事を担当したシェフの前で立ち止まり、
声を掛けられました。
天皇陛下は、メニューのなかから
現地フィリピンのチキンカレーを選ぶなど、
ほぼすべての料理を召し上がったということです。
 ホテルの日本人シェフ・米川博美さん(57):
「すべての料理をおいしくいただいて頂いたということで、
握手をして頂いて、皆さんによろしくと皇后さまから」
 また、空港では、アキノ大統領の見送りを受けられました。
両陛下は今回の訪問で、大統領から
異例ともいえる
厚いもてなしを受けたことに感謝されていたということです。


2016.1.30 17:33 【両陛下ご訪比】産経ニュース
両陛下、フィリピンからご帰国 慰霊果たされ
日本とフィリピンの国交正常化60周年を記念して
フィリピンを公式訪問していた天皇、皇后両陛下は
30日夕、政府専用機で羽田空港に到着し、帰国された。
両陛下が続けられている「慰霊の旅」が海外で実現したのは、
平成17年のサイパン、
昨年のパラオ共和国に続き3度目となった。
 両陛下は同日午前、滞在していたソフィテル・ホテルをご出発。
マニラ首都圏のニノイ・アキノ国際空港から帰国の途につかれた。
空港では到着時に続きアキノ大統領が両陛下を見送った。
大統領自ら空港で賓客を見送るのは異例という。
 両陛下は滞在中、
大統領主催の晩餐(ばんさん)会に臨席するなど
両国の友好親善に励み、先の大戦で
110万人の犠牲が出たとされる同国の「無名戦士の墓」と
51万8000人が亡くなった日本の「比島戦没者の碑」に供花し、
両国の犠牲者を等しく慰霊された。
 羽田空港では、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻をはじめ
皇族方が出迎えられた。
宮内庁は、ともに80歳を超えた
両陛下のご負担に配慮し、この日はご帰国だけの日程とした。

「比島戦没者の碑」に供花する天皇、皇后両陛下
=29日午前11時55分、フィリピン・カリラヤ、代表撮影

皇太子夫妻時代のフィリピン訪問で、
マニラに到着された天皇、皇后両陛下。
右はマカパガル大統領(当時)夫妻
=1962年11月05日(c)時事通信社
(全録)フィリピン公式訪問へ 天皇陛下がお言葉
天皇皇后両陛下は、国交正常化60年にあたって、
先の大戦の激戦地の1つ、フィリピンを公式訪問するため、
26日午前、羽田空港を出発された。
出発に先立って、羽田空港で、陛下は、お言葉を述べられた。(全録)

両陛下 フィリピンに到着 親善と慰霊へ
1月26日 16時05分 NHKニュースウェブ
天皇皇后両陛下は、26日午後、
フィリピンの首都マニラの国際空港に到着し、
親善訪問のスタートを切られました。
両陛下を乗せた政府専用機は、羽田を出発して
5時間近くたった現地時間の午後2時45分、
マニラの国際空港に到着しました。

両陛下のフィリピン訪問は、昭和37年以来54年ぶりで、

両陛下はタラップを降りると、出迎えたアキノ大統領や
姉のアベリャダさんとにこやかに握手をしてことばを交わされました。
そして、天皇陛下の首に白いレイが掛けられ、
皇后さまには黄色の花束が贈られました。
続いて、両国の国歌が演奏されると、
両陛下は大統領の案内でぎじょう隊の間を通り抜け、
フィリピンの閣僚などとあいさつを交わしたあと、
車で宿泊先のホテルに向かわれました。
ホテルの玄関では、現地の日本人学校に通う児童たちが
両国の小旗を振って歓迎し、
両陛下は、そばまで歩み寄ってことばをかけたり、
笑顔で手を振って応えられたりしていました。
両陛下は、27日、大統領府のあるマラカニアン宮殿で
国賓としての公式行事に臨み、
天皇陛下が歓迎の晩さん会の席でおことばを述べられます。
そして29日、太平洋戦争の戦没者のため
日本政府がマニラ郊外の
カリラヤに建てた慰霊碑を初めて訪ねられます。
両陛下は、フィリピン側の犠牲者を追悼する墓地も訪れる予定で、
今回の訪問で、日本とフィリピン両国の戦没者を慰霊されることになります。
戦没者を悼む現地の日程は
The Huffington Post | 執筆者: HuffPost Newsroom
投稿日: 2016年01月26日 12時20分 JST 更新: 
天皇皇后両陛下は、フィリピンを親善訪問するため、
26日午前、羽田空港を出発されました。
両陛下は午前10時半すぎに羽田空港に到着し、
貴賓室で皇太子さまなど
皇族方や安倍総理大臣などと出発行事に臨まれました。
安倍総理大臣は、
「今回のご訪問は戦争により亡くなられた人々を慰霊し、
平和を祈念するとともに、
わが国とフィリピン国との友好親善関係のうえで、
誠に意義深いものと存じます」とあいさつしました。
これに対して天皇陛下は、
皇后さまと54年ぶりにフィリピンを訪れることについて、
「感慨深く思っています」と話されました。
そして、
「フィリピンでは、先の戦争において、フィリピン人、米国人、
日本人の多くの命が失われました。
中でもマニラの市街戦においては、
膨大な数に及ぶ
無辜(むこ)のフィリピン市民が犠牲になりました」
としたうえで、「私どもは、このことを常に心に置き、
この度の訪問を果たしていきたいと思っています」
と述べられました。
このあと両陛下は皇太子ご夫妻をはじめ、
見送りの人たちとあいさつを交わしたあと、
政府専用機に乗り込み、
午前11時すぎ、フィリピンに向けて出発されました。
両陛下は午後、フィリピンの首都マニラの国際空港に到着されます。
その後、宿泊先のホテルで、日本からフィリピンに
派遣された青年海外協力隊の隊員たちと懇談される予定です。
続いて、27日に歓迎の式典や晩さん会など
国賓としての公式行事に臨み、
29日、日本政府がマニラ郊外に建てた慰霊碑を初めて訪れ、
太平洋戦争の戦没者の霊を慰められます。
両陛下は、フィリピン側の犠牲者を追悼する墓地も訪れ、
今月30日に帰国される予定です。

両陛下あすフィリピン訪問 現地は歓迎ムード
1月25日 18時59分 NHKニュースウェブ
26日から天皇皇后両陛下を迎えるフィリピンでは、
大統領府の周辺の道路に
日本の国旗が掲げられるなど、歓迎ムードが高まっています。
マニラ国際空港からマニラ湾に沿って南北に走るロハス通りでは、
両陛下の訪問を歓迎するため、
24日から、およそ8キロにわたって、
日本とフィリピンの国旗が数十メートルおきに交互に掲げられています。
また、27日歓迎式典が開かれる大統領府の近くにある橋には、
両国の国旗とともに両陛下を歓迎する横断幕も掲げられています。
国旗を設置した作業員の男性は、
「両陛下の訪問はとても喜ばしいことで、歓迎いたします」
と話していました。
また、横断幕が掲げられた橋の近くにある住宅街に住む女性は、
「両陛下の訪問で、
フィリピンと日本の友好関係がこれまで以上に深まると思います」
と話していました。

大統領府「国を挙げて歓迎」
天皇皇后両陛下が26日からフィリピンを訪問されることについて、
フィリピン大統領府は、
「大統領とフィリピン政府、
国民を挙げて両陛下の訪問を歓迎します」
という声明を出しました。
さらに、大統領府は、声明の中で、
「国交が正常化されて60年の節目の年に、
両陛下がフィリピンを訪問されることは大変意義深いことです」
として両陛下の訪問を機に
両国の友好関係がさらに緊密になることに期待を寄せました。

両陛下と懇談したハンセン病元患者は
去年、天皇皇后両陛下と懇談したハンセン病の元患者で、
フィリピン人のクリスティ・レーン・イバルダローサさん(27)は、
「両陛下の訪問によって
日本とフィリピンの友好関係がより深まると思います」
と両陛下の訪問を心待ちにしている様子でした。
ハンセン病の元患者のイバルダローサさんは、
かつて世界最大規模のハンセン病の療養所があった
フィリピン中部の島で現在は、看護師として働いています。
去年1月には、日本や海外のハンセン病の元患者らとともに、
両陛下からお住まいの御所に招かれ、懇談しました。
イバルダローサさんは、当時のことについて、
「両陛下と握手した際はことばでは説明できないぐらい感激しました。
短い時間でしたが、懇談することができ、非常に感謝しています」
と話していました。
そのうえでイバルダローサさんは、
「今回は、病院の勤務があるため直接お会いできませんが、
ニュースで映像を見たいと思います。
両陛下の訪問によって
日本とフィリピンの友好関係がより深まると思います」と話し、
両陛下の訪問を心待ちにしている様子でした。
天皇皇后両陛下は来週、フィリピンを訪問し、
戦没者を慰霊されます。
太平洋戦争で亡くなった日本人の兵士は約240万人。
このうち、50万人以上が戦死したとされているのがフィリピンです。
かつて兵士として戦地に赴いた


火野葦平は、日中戦争から太平洋戦争にかけて
軍に同行しながら作品を書く「従軍作家」でした。
火野は30歳で一兵士として召集されました。
2013/6/15(土) 午後 6:48 銀漢(天の川)
火野葦平の「土と兵隊」を笠原良三と陶山鉄が共同脚色し 
「五人の斥候兵」 の田坂具隆が監督した戦争もの。
NHK web特集 シネフィル編集部
戦時中、軍に同行して戦地で作品を書いた
「従軍作家」の1人で北九州出身の芥川賞作家、火野葦平。
その火野が終戦から3か月後、
アメリカから聞き取り調査を受けていたときの記録が見つかりました。
記録からは、軍から制約を受けながらも、
戦地のありのままを書きたいと葛藤する
火野の姿が浮かび上がってきました。
戦時中に、芥川賞を受賞したことから、
その文才を陸軍に利用されることとなった、火野葦平。
新たに見つかった資料から、その足跡をたどります。
戦場で書く~作家・火野葦平の戦争
(フィリッピン米航空兵力撃滅から軍政施行まで)
(陸軍省企画 読売新聞社編集 昭和17年11月刊 
GHQ焚書図書開封 第20回 SakuraSoTV
従軍作家が見たフィリピン戦場最前線
GHQ焚書図書開封 第21回 SakuraSoTV
「バターン死の行進」直前の状況証言
GHQ焚書図書開封 第71回 SakuraSoTV
アメリカのハワイ・フィリピン侵略と、満洲への野望

皇居・東御苑の二の丸庭園を散策される天皇、皇后両陛下
=10月27日(宮内庁提供)
天皇、皇后両陛下:ペリリュー島で慰霊碑に白菊の花束
毎日新聞 2015年(最終更新 04月09日 13時12分)
【ペリリュー島(パラオ)真鍋光之、古関俊樹】
パラオ共和国を訪問中の 天皇、皇后両陛下は9日(日本時間同)、
太平洋戦争で約1万人の日本人が命を落とした同国ペリリュー島を訪ねられ、
慰霊碑に花を供えて平和を祈った。

両陛下は慰霊碑の前で、島で戦闘を経験した元日本兵らとも言葉を交わし、
つらい体験に耳を傾けた。同日夜に帰国する。  
両陛下は同日朝、宿泊した海上保安庁の巡視船「あきつしま」から
ヘリコプターに搭乗し、約50キロ離れたペリリュー島に渡った。
天皇陛下は白い長袖シャツにグレーのスラックス、
皇后さまは白いスーツと帽子姿で日本政府が建立した
「西太平洋戦没者の碑」を訪問。
両陛下は修復を担当した厚生労働省の村木厚子事務次官から
説明を受け、日本から持参した白菊の花束を供え、深々と一礼した。
 両陛下は続いて約10キロ離れたアンガウル島が見える場所に移動し、
同島に向けても拝礼した。ペリリュー島同様、激戦となった同島では
戦闘で約1200人の日本人が亡くなった。
慰霊碑にはパラオとミクロネシア連邦、マーシャル諸島の
3カ国の大統領夫妻も同行した。
 慰霊碑のそばではペリリュー島での戦闘から生還した34人の一人の
土田喜代一(きよかず)さん(95)ら元日本兵や遺族らが見守った。
両陛下は顔を近づけながら話しかけ、「残念でしたね」
「どうぞお大事に、お元気で」などと声をかけていた。
 その後、「米陸軍第81歩兵師団慰霊碑」も訪れて黙とう。
近くには米軍が1944年に上陸したオレンジビーチがあり、
両陛下は説明を受けた後、砂浜に向け頭を下げた。
 日本政府が1985年、ペリリュー島南端に設置した慰霊碑。
パラオ諸島など西太平洋地域の戦没者を国籍を問わず対象にしている。
2012年の台風で被害を受け、
厚生労働省の修復作業が今年3月に終了した。
 米軍がペリリュー島への上陸作戦を開始した
島南西部のオレンジビーチ近くにあり、二つの慰霊塔がある。
1948年に完成し、
パラオで戦死した米軍第81歩兵師団の犠牲者を慰霊している。
(04/09 12:20) FNNnewsCH
慰霊のため、パラオに滞在中の天皇皇后両陛下は9日、およそ1万人の
日本兵が戦死したペリリュー島を訪れ、日本政府が立てた
西太平洋戦没者の碑に供花し、拝礼された。
両陛下は、ペリリュー島の西太平洋戦没者の碑を訪れることを、
長年希望されていて、9日、その思いが実現された。
両陛下は9日午前、宿泊先の海上保安庁の巡視船「あきつしま」から
ヘリコプターで移動し、午前11時前、ペリリュー島にある
西太平洋戦没者の碑に到着された。
両陛下は、慰霊碑前で、日本から持ってきた白菊の花束を
献花台に供え、深く拝礼された。
そして、海の向こう側に見える、アンガウル島に対しても、深く拝礼された。
アンガウル島は、日本兵およそ1,200人が玉砕した島。
両陛下の慰霊には、生還者や遺族も立ち会った。
遺族の中には、遺影をかけた人もいて、両陛下は、
それぞれの人に優しく言葉をかけられていた。
ペリリュー島で戦った元海軍・土田 喜代一さんは
「(両陛下のご訪問に)1万人(の戦死者)は、非常に喜んでいるだろうと思いました。
陛下も非常に、このペリリュー島というところに関心を持たれているんだなという、
その気持ちが一番うれしかったですね」と話した。 
皇室:宿泊「あきつしま」 細部まで「両陛下仕様」に
毎日新聞 2015年04月01日 03時00分(最終更新 04月05日 16時22分)
◇3000キロ離れたパラオ共和国へ出港
 4月8〜9日、太平洋戦争の激戦地だったパラオ共和国を訪問される
天皇、皇后両陛下が宿泊するのが、海上保安庁の巡視船「あきつしま」だ。
第3管 区海上保安本部(横浜市)に所属するあきつしまは
31日、約3000キロ離れた現地で両陛下らの到着を待ち受けるため、
一足早く横浜港を出発した。
両陛下 が国内外への訪問を通じて巡視船に泊まるのは初めてで、
海保や宮内庁などはさまざまな工夫や苦心の末に準備を進めた。
 31日午後3時ごろ、3管近くの横浜海上防災基地の岸壁。
あきつしまは汽笛を大きく3回鳴らし、ゆっくりと沖合へ向かった。
 2013年11月就航のあきつしまは全長約150メートル、総トン数約6500トン。
巡視船としては世界最大級だといい、
昨年は小笠原諸島でのサンゴ密漁船の摘発に出動した。
 宿泊先に選ばれたのは、
(1)両陛下が戦没者慰霊碑のあるペリリュー島に渡る際、移動手段となる
大型ヘリコプターを2機搭載できる
(2)海保としては最新鋭の船であり、所有船の中では宿泊には適している
−−などが大きな理由だ。
 とはいえ、そもそも客船ではないため、不安がつきまとった。
関係者によると、具体的な懸念は、階段が約50度で急勾配
▽両陛下がともに泊まれるツインの部屋がない
▽部屋が隣接しておらず側近がお世話をしづらい
▽海水の浸入を防ぐため足元に一定の高さのある仕切りが多く、
転倒の恐れがある−−など だった。
 そのため、両陛下が利用する可能性のあるところにはできるだけスロープや
手すりを設置。個室である船長室に大きめのベッドを入れて
お二人で泊まれるようにし、宿泊する側近を侍従、女官、医師ら
最小限に絞るなどした。トイレも洗浄便座に変更したという。
 また、港が浅瀬で接岸できず、沖合に停泊せざるを得ないという
特有の事情への対処も関係者を悩ませた
通常、宿泊先への荷物の運び込みで問題は生じないが、
今回は停泊中の船に対し、上空からヘリで下ろすしかなかった。
しかも運び入れる船内の部屋は広くないため、苦肉の策として
あらかじめ荷物を船内の各部屋に分散して入れて
日本を出航することにしたという。
 2月。海保は、あきつしまを事前にパラオに派遣し、停泊場所の最終確認や
ヘリの飛行訓練などを行った。
政府関係者は「ご日程が滞りなく進むように万全を期したい」としている。
【真鍋光之、古関俊樹】 

2015年04月09日 まとめ

天皇皇后両陛下パラオご訪問 天皇陛下「全ての人々を追悼」
(15/04/09 00:59) 天皇皇后両陛下が、太平洋戦争激戦の地に到着された。
戦没者を慰霊するため、8日、太平洋の島国、パラオに到着した両陛下は、
歓迎行事に出席された。
晩さん会で、陛下は、先の戦争で亡くなった全ての人々を追悼し、
遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと述べられた。
日本時間午後8時ごろ、パラオ政府主催のレセプションと晩さん会に出席された

天皇皇后両陛下。
慰霊の旅への思いを、陛下は

「先の戦争においては、貴国を含むこの地域において、日米のし烈な戦闘が行われ、
多くの人命が失われました。
日本軍は、貴国民に安全な場所への疎開を勧めるなど、
貴国民の安全に配慮したと言われておりますが、空襲や食糧難、
疫病による犠牲者が生じたのは、痛ましいことでした。
こ こ、パラオの地において、私どもは、先の戦争で亡くなった全ての人々を追悼し、
その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います」と述べられた。
晩さん会は、パラオの伝統的な踊りが披露されるなど、

和やかな歓迎ムードの中で進められた。
陛下の強い思いから実現した、パラオへの慰霊の旅。
出発に際し、陛下は「私どもは、この節目の年にあたり、

戦陣に倒れた幾多の人々の上を思いつつ、パラオ共和国を訪問いたします。
太平洋に浮かぶ美しい島々で、このような悲しい歴史があったことを、
私どもは、決して忘れてはならないと思います」と述べられた。
午後4時ごろ、パラオに到着し、

パラオのレメンゲサウ大統領夫妻の出迎えを受けられた。
その際、陛下は、「またお会いできてうれしいです」と、笑顔で握手された。
また、皇后さまの胸元には、日本とパラオの国旗をあしらったバッジも見られた。
パラオの伝統的な民族衣装を着た女の子が、皇后さまに花束を手渡すと、

両陛下は、子どもたちに歩み寄り、笑顔で話しかけられた。
陛下は、晩さん会で「私どもは、先の戦争で亡くなった全ての人々を追悼し、

その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います」と述べられた。
宮 内庁担当の宮崎千歳記者は「お言葉の中で、

陛下は、ペリリュー島から避難した島民が、疎開先で食糧難などにより
命を落としたことを悲しみ、全ての犠牲者を追悼したいと述べられています
。ここに陛下の、国籍を問わず、全ての犠牲者をしのび、
戦争に巻き込まれた人々の悲しみに寄り添っていきたいという、
一貫し た思いが込められているように感じました」と話した。
両陛下は9日、激戦地・ペリリュー島を訪問される。
ペリリュー島では、日米双方の慰霊碑に供花し、西太平洋地域で

亡くなった全ての戦没者を追悼される予定。 
                             
天皇、皇后両陛下が訪問されるパラオ共和国では、歓迎の準備が進んでいる。
空港があるバベルダオブ島と中心街があるコロール島をつなぐ
通称「日本・パラオ友好橋」では日本国旗の取り付け作業が行われた 
=6日午前、パラオ共和国(松本健吾撮影)

2015.4.7 01:00 産経フォト 
天皇、皇后両陛下が8、9日に戦没者慰霊のため訪問されるパラオ共和国では、
すでに歓迎準備が進んでいる。日本の政府開発援助(ODA)で建設された通
称「日本パラオ友好橋」では6日、数々の日本国旗が風にはためいていた。

 空港近くの道路では清掃や補修工事が行われていた。

住民の男性は「日本とパラオは友達だ。精いっぱい歓迎したい」と語った。

コロール・バベルダオブ橋(英語: Koror-Babeldaob Bridge)、 
日本・パラオ友好の橋(英語: Japan-Palau Friendship Bridge)または
KBブリッジ(英語: K-B Bridge)は、パラオの旧首都コロール島と 
バベルダオブ島を結ぶ、全長413メートルのコンクリート製の橋。
2014/12/23 05:01 【共同通信
   天皇陛下は23日、81歳の誕生日を迎えられた。
これに先立ち皇居・宮殿で宮内記者会と会見し、今後の日本の在り方について
「安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、
できるだけ多くの国々と支え合って歩んでいけるよう切に願っている」と希望した。
 来年の戦後70年を前に、約310万人が犠牲となった先の大戦にも言及。
「人々の死を無にしないよう、常により良い日本をつくる努力を続けることが残された
私どもに課された義務であり、後に来る時代への責任である」と述べ、
戦後を生きる世代としての責務を示した。
 23日は皇居・宮殿などで祝賀行事や一般参賀が行われる。 


天皇陛下お誕生日に際し(平成26年)
会見年月日:平成26年12月19日
会見場所:宮殿 石橋の間
平成26年天皇陛下お誕生日に際してのご近況(ビデオ)
Windows Media Player 56kbps 300kbps
日本とパラオ ~歴史を越えた友情~ hinomaruspirits

パラオ大統領、天皇皇后両陛下のご訪問に「大変歴史的なこと」
(14/12/18) FNNnewsCH

2014.12.20 06:00更新  【皇室ウイークリー】(362) 
両陛下、先の大戦の激戦地パラオの大統領をご歓待 
悠仁さまが宮内庁職員文化祭で発表された「ご研究」は?
1/3ページ2/3ページ3/3ページ 【皇室ウイークリー
ベルギーのファビオラ元王妃
国葬参列のため現地を訪問していた皇后さまが13日、
帰国された。宮内庁によると、
皇后さまは、フィリップ国王夫妻による
心のこもったもてなしに感謝されていたという。
1泊3日の強行日程に疲れの色もみられたが、無事に訪問を終え、
皇室とベルギー王室との絆を一層強められることになった。
 皇后さまは12日の国葬に最前列の中央の席で臨んだほか、
前後の夕食会、昼食会でもフィリップ国王の隣の席で歓談され たという。
宮内庁の山本信一郎次長は14日の定例会見で
「国王夫妻のもてなしは両陛下との深い絆の証で、
今回の訪問は友好の新たな一ページになった」と話 した。
 天皇陛下は15日、天照大神(あまてらすおおみかみ)をまつる
皇居・賢所(かしこどころ)で賢所御神楽(みかぐら)の儀に臨まれた。
皇太子さまはじめ皇族方も参列された。
同庁楽部の楽師らが深夜まで神楽を奉納するもので、
陛下や皇族方が拝礼された。
  17日には陛下が皇居・御所で、来春に両陛下で戦没者慰霊のための
ご訪問が検討されているパラオのレメンゲサウ大統領と会見された。
宮内庁によると、大統 領が「戦後70年であり、
ぜひパラオに来ていただきたい」と
改めて招待の意を示し、陛下は「心から感謝します」と応じられた。
パラオは先の大戦時、日本の委任統治領だった。
昭和19年にペリリュー島日米の壮絶な戦いの舞台となり、
日本軍の約1万人が玉砕した。
両陛下訪問時は、同島最南端にある
西太平洋戦没者の碑」で供花されるとみられる。
西太平洋戦没者の碑

 会見では、大統領から遺骨収集に協力していることも伝えられ、
陛下は謝意を示されたという。
会見後、両陛下で御所での昼餐に招かれた。
 陛下は19日、皇居・宮殿で安倍晋三首相や
閣僚らを招いた恒例の午餐を催された。
皇太子さまも陪席された。
年末恒例の午餐で、安倍晋三首相(左端)らと歓談される天皇陛下
=19日、皇居・宮殿「連翠」 

  皇太子さまは14日、
東京・目白の学習院創立百周年記念会館で学習院OB管弦楽団の
定期演奏会に出演し、ドボルザークのチェロ協奏曲でビオラを演奏された。
皇太子妃雅子さまと長女の敬宮(としのみや)愛子さまは、客席から拍手を送られた。
皇太子ご夫妻は引き続き演奏会を鑑賞されたが、愛子さまは途中で退席された。
 秋篠宮ご夫妻は17日、埼玉県越谷市の埼玉鴨場に駐日外国大使夫妻らを招き、
伝統のカモ猟でもてなされた。
英レスター大大学院に留学中の長女、眞子さまは同日、
冬季休暇を利用し、一時帰国された。
佳子さまが20歳を迎えられる29日の誕生日を祝い、
来年1月2日の新年一般参賀も 参加されるという。
 宮内庁によると、
11月下旬に宮邸で転倒し肋骨(ろっこつ)や足を負傷した常陸宮さまは、
足の痛みが残るものの、リハビリで歩き始められているという。
高円宮妃久子さまは15日、
東京都中央区の日本橋三越本店で開かれている
今年の「報道写真展」を鑑賞された。
9月の御嶽山噴火で山頂付近の生存者をとらえた写真の説明を聞き、
次女の千家典子さんの10月の結婚式の写真を懐かしそうに振り返られた。
 13日まで宮内庁で開かれていた同庁職員文化祭には、
両陛下はじめ皇族方が写真や絵画などを出品された。
 陛下は今年の歌会始の儀で、
熊本県の水俣の海を詠んだ歌を懐紙に書かれた。
皇后さまも、伊勢神宮式年遷宮の臨時祭主を務めた
長女の黒田清子さんの様子を
詠んだ歌を短冊にしたためられた。
 愛子さまは授業で描いたご自身の手のデッサンなどをご出品。
秋篠宮ご夫妻の長男、悠仁(ひさひと)さまは宮邸がある赤坂御用地で集めた
クヌギやクリなどの実を分類し、
分布地図も作成して「どんぐり探し」と題して発表された。
     ◇
  【皇室ウイークリー】は毎週土曜日、「
産経ニュース」に掲載している企画です。
紙面ではあまり触れられない各宮家のご活動や、
病気療養中の雅子さまのご様子を含め、
宮内庁担当記者が皇室の1週間を振り返ります。
紙面で掲載できなかった写真もご紹介しています。
さらに「皇室ウイークリー」だけのために撮影し た写真も、アップしています。
 また皇室のご動静は、産経新聞社が取材協力している扶桑社の季刊誌
『皇室 Our Imperial Family』でも、詳しくご紹介しています。 

日本とパラオの関係とは、日本パラオ二国間関係を指す。
日本はコロールに大使館を、パラオは東京に大使館をそれぞれ置いている。
日本とパラオは1994年11月2日に正式に国交を樹立した[1]

1 件のコメント:

  1. パラオの動画紹介ありがとうございます。ところで何故バングラデッシュの国旗が日本と色違いで同じなんでしょうか?

    返信削除