慰安婦問題について、いろんな報道: イスラム過激派組織「イスラム国」の謎の指導者、バグダディ容疑者は、米軍によって2度にわたって拘束されていた・・・

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2015年2月1日日曜日

イスラム過激派組織「イスラム国」の謎の指導者、バグダディ容疑者は、米軍によって2度にわたって拘束されていた・・・


NHKニュースイスラム国指導者釈放 米の誤算 
2月1日 12時30分 Ngữ Nhật
イスラム過激派組織「イスラム国」の指導者、
バグダディ容疑者がイラクに駐留していたアメリカ軍によって2度にわたって拘束されながら、
その後、イラク政府に引き渡され、釈放されていたことがアメリカ政府の元高官の話で
明らかになり、アメリカの誤算が過激派の拡大を招いた可能性が出てきています。

これは去年まで、アメリカ国防総省傘下の情報機関、DIA=国防情報局のトップを務めていた
フリン前長官がNHKとのインタビューで明らかにしたものです。
こ のなかで、フリン前長官はイラクに駐留するアメリカ軍が
2004年に「イスラム国」の指導者、バグダディ容疑者を拘束し、
10か月後に釈放したことについて、
「模範的な収容者でアメリカ軍に協力的な姿勢を見せていた。
模範的な市民になると期待して釈放した」と述べました。
そのうえで、アメリカ軍は2006年に再びバグダディ容疑者を拘束し、2009年に
イラク側に引き渡しましたが、その後、イラク政府が釈放したことを明らかにしました。
これについて、フリン前長官は、
「われわれが知らされたのは、イラク政府が釈放したあとだった。
明らかに間違った判断で、その後、バグダディ容疑者はイスラム過激派組織の指導者に
上りつめてしまった」と釈明しました。
国防総省は、アメリカ軍がバグダディ容疑者を1度拘束したことは公表していましたが、
2度にわたって拘束していたことが明らかになったのは初めてです
フリン前長官によりますと、バグダディ容疑者は当時、イラクで活動していた
テロ組織の指導者の側近でアメリカ政府は重要なテロ容疑者だと認識していたということです。
しかし、こうした機密情報がイラク側に引き継がれていなかったとみられ、
アメリカの誤算が、過激派の拡大を招いた可能性が出てきています。

NHKスペシャル
追跡 「イスラム国」
 2015年2月1日(日)
午後9時00分~9時49分欧米だけでなく、
日本も標的にした、イスラム過激派組織「イスラム国」。
組織を率いる、謎の指導者アブバクル・バグダディ容疑者とは、一体何者なのか。
イラクとシリアにまたがる地域で、どのようにして勢力を拡大し、世界中から戦闘員を
集めていったのか。NHKは、イラクと周辺諸国、アメリカとヨーロッパ、 さらにアジアで、
バグダディ容疑者を知る人物や「イスラム国」元戦闘員、アメリカ政府元高官ら100人を取材。
浮かび上がってきたのは、バグダディ容疑者がアメリカのイラク中東政策の隙をついて、
過激派のネットワークを築き、豊富な資金源を獲得していった詳細な手口と、
世界中に影響を及ぼす巧妙なメディア 戦略の舞台裏だった。
最前線の現場への取材から、国際秩序を揺るがす「イスラム国」の知られざる実態に迫る。
 
アブー・バクル・アル=バグダーディー(アラビア語: أبو بكر البغدادي‎)は、
サラフィー・ジハード主義組織イスラーム国の指導者[1]カリフ(自称)。
別名アブー・ドゥア(アラビア語: أبو دعاء‎)。
日本の公安調査庁の ホームページでは、2014年11月現在、
アブ・バクル・アル・バグダディ・アル・フッセイニ・アル・クレシ
(Abu Bakr al-Baghdadi al-Husseini al-Quraishi)と表記するとともに、
本名としてイブラヒーム・アッワード・イブラヒーム・アリー・アル・バドリー・アル・サマッライ
(Ibrahim Awwad Ibrahim Ali Al-Badri Al-Samarrai)の名を掲載している[2]

1971年、イラクのサーマッラー生まれ。
預言者ムハンマドの出身部族であるクライシュ族の血を引くブーバドリー族の出身であると
されている[3]。2013年7月にインターネット上で回覧された聖戦主義者フォーラムの
記述によれば、バグダードのイスラーム大学(現在のイラク大学英語版)で
イスラーム学の学士・修士および博士号を取得している。
2004年2月にアメリカに対する抵抗組織の設立に関与したかどで拘束され、
キャンプ・ブッカに収容される[4]
2004年12月に釈放されると、キャンプ・ブッカの仲間たちとともに
アブー・ムスアブ・アッ=ザルカーウィーらの活動に加わる[4]
その後彼らの組織は「イラク・イスラーム国」と名称を改め、アミール(指導者)であった
アブー・ウマル・アル=バグダーディーの下ではウサーマ・ビン・ラーディン
アルカーイダ幹部との連絡役を務めていたという。
アブー・ウマル・アル=バグダーディーが2010年に殺害されると、その後を受けて
アミールに就任した[4]
2014年6月29日、イスラーム国の建国とカリフへの即位を宣言した[5]
イラクとシリアにおけるアルカーイダの活動を統括しているとされる[6]が、
2014年2月にアルカーイダ側が、ISILとは無関係であると発表している[7]
アメリカ合衆国国務省は2011年10月4日、バグダーディーの拘束に繋がる
有益な情報に対して1000万ドル(約10億円)の報奨金を支払うと発表した[8][9]
2014年11月8日、アメリカ及び有志国によるイスラム国に対する空爆
生来の決意作戦)により、イラク北部のモスルにて死亡または負傷したとの報道が
なされた[10]が、11月13日にイスラム国からバグダーディー本人による音声メッセージが
公表され生存が確認された[11]。負傷後は、治療を受けるためシリアに移動したとされる[12]

2015年2月7日土曜日
▶ BSフジ・プライムニュース 150206 飯島氏がISIL指導者のバクダディはユダヤ人で、ある諜報機関でと発言・・・

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