慰安婦問題について、いろんな報道: 【危機管理講座】米国を凌駕した「勝者なき戦い」 ~硫黄島攻防と栗林中将[桜H27/3/25]。硫黄島で日米合同慰霊式典、およそ550人参列 閣僚も初めて出席。中山泰秀政務官、硫黄島戦没者遺骨収容帰還団遺骨引渡式に参列しました。動画追加。硫黄島で戦死 56人の遺骨が墓苑に

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2015年3月26日木曜日

【危機管理講座】米国を凌駕した「勝者なき戦い」 ~硫黄島攻防と栗林中将[桜H27/3/25]。硫黄島で日米合同慰霊式典、およそ550人参列 閣僚も初めて出席。中山泰秀政務官、硫黄島戦没者遺骨収容帰還団遺骨引渡式に参列しました。動画追加。硫黄島で戦死 56人の遺骨が墓苑に

【危機管理講座】米国を凌駕した「勝者なき戦い」
~硫黄島攻防と栗林中将[桜H27/3/25] SakuraSoTV
2015/03/26 に公開
国防、防災、領土問題など、現代日本が知るべき危機管理の在り方を
先人達に学ぶべく、­濱口和久が産経新聞で連載を手掛けている
「日本史の中の危機管理」よりお送りする「危­機管理講座」。 
今回は、70年前の2月19日に米軍が上陸開始してから約1ヶ月間、
日米両軍による壮­絶な戦いが繰り広げられた硫黄島における攻防について取り上げ、
予想外の甚大な被害に­直面することとなった、敵である米国からも一目置かれる
栗林忠道陸軍中将が執った戦術­や、灼熱の火山島で水も枯渇する中、
本土への空襲を一日でも食い止めるために死力を尽­くした
先人達の思いについて、お伝えします。
ANNnewsCH 硫黄島で日米合同慰霊式典 閣僚が初参加(15/03/21)
硫黄島で日米合同慰霊式典、およそ550人参列 閣僚も初めて出席
03/22 00:39 FNNnewsCH
日本とアメリカが激戦を繰り広げた硫黄島で、日米合同慰霊式典が行われ、
初めて閣僚も出席した。中谷防衛相は「今日の日米両国の平和と繁栄が、戦
没者の尊い犠牲の上にあることを、決して忘れることなく、
現在の平和と繁栄を後世に伝える」と述べた。
戦後70年の節目となる2015年は、例年より規模を拡大し、

閣僚ら両国の政府高官と遺族ら、およそ550人が参列した。
式典では、指揮官で戦死した栗林忠道中将の孫の新藤前総務相が、

遺族代表としてあいさつした。
新藤義孝前総務相は「遺骨収容は、いまだ5割に届かず、

1万1,000人余りの方々が眠り続けている。
全員のご遺骨がふるさとにお帰りいただくまで、
活動を続けてまいります」と述べた。
式典後には、両国の遺族が一緒に献花するなどして、

およそ2万9,000人の戦没者を追悼した。   
                       
日米硫黄島戦没者合同慰霊追悼顕彰式などに参列するため、
硫黄島に到着した遺族ら=21日、東京都小笠原村(代表撮影)

2015.3.21 18:12更新                             
硫黄島で日米合同慰霊式典 閣僚初参加

産経ニュース 先の大戦で激戦地となった
硫黄島(東京都小笠原村)で、
日米合同の慰霊式典が21日午前、開かれた。
中谷元・防衛相や塩崎恭久厚生労働相ら
両国の 政府高官、退役軍人、遺族など約550人が参列し、日米合わせて
約2万9千人に上る戦没者を追悼した。
遺族らでつくる硫黄島協会によると閣僚の出席は初めて。
 硫黄島協会の寺本鉄朗会長はあいさつで
「日米が恩讐を超え、追悼式が盛大に開催されたことに衷心より感謝する」と述べた。
島での戦闘を経験したスノードン元海兵隊中将は
「『昨日の敵が今日の友』となり名誉の再会ができた。
日米両国の結束を世界に示している」と強調した。塩崎、中谷両氏らが献花した。
 厚労省によると、日本兵約2万2千人、米兵約7千人が亡くなった。
日本兵の遺骨収容は昭和27年に始まったが、約1万2千柱が未収容となっている。
 米軍は20年2月に島に上陸した。
栗林忠道陸軍中将を最高指揮官とする日本軍守備隊は地下壕を島中に張り巡らして、
およそ1カ月の間、徹底抗戦した後、玉砕した。

            

硫黄島戦没者御遺骨引渡式(短縮版)20150312  しきしま会

NHKニュース硫黄島で戦死 56人の遺骨が墓苑に
3月12日 14時03分
70年前の太平洋戦争末期に激戦地となった硫黄島で
新たに見つかった56人の遺骨が東京の千鳥ケ淵戦没者墓苑に納められることになり、
12日、厚生労働省に遺骨が渡されました。

東京・千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑で行われた式典には硫黄島で遺骨の収集に
当たった遺族や学生ボランティアなど70人余りが出席し、去年2月以降に見つかった
56人の遺骨が厚生労働省に渡されました。
遺骨には身元の確認につながる手がかりがなく、いったん厚生労働省に安置されたあと
戦没者墓苑に納められます。
小笠原諸島の硫黄島では70年前の昭和20年2月から3月にかけて日本軍と
アメリカ軍の間で激しい戦闘が行われ、日本側でおよそ2万1900人、
アメリカ側でおよそ6800人が亡くなりました。
国による遺骨の収集は昭和27年から行われていますが、戦後70年がたった今も
日本側の犠牲者の半数以上に当たるおよそ1万1500人の遺骨は見つかっておらず、
厚生労働省は4年前から硫黄島に職員を常駐させて地域ごとに詳しい調査したうえで
収集を進めています。
硫黄島で父親を亡くし遺骨収集にも参加した松本幹雄さん(79)は
「島を訪れると今でも父の姿がよみがえるようで涙が出ます。
自分も年をとりましたが、健康が許すかぎり遺骨の収集を続けていきたい」
と話していました。 

2015-03-12 11:53:33 中山泰秀 やっちゃん
硫黄島戦没者遺骨収容帰還団遺骨引渡式に参列しました。
 戦後70年。
硫黄島戦没者遺骨収容帰還団遺骨引渡式に参列しました。
ここに慎んで英霊の御霊に対し衷心より感謝申し上げ、哀悼のまことを捧げ、
ご冥福をお祈り申し上げます。
合掌  
中山泰秀 
産経ニュース
2015.3.11 00:00更新
21日に硫黄島で日米合同慰霊式典、
厚労と防衛相が出席
超党派議員による硫黄島問題懇話会が10日、国会内で開かれ、政府側は
先の大戦の激戦地となった硫黄島(東京都小笠原村)で21日に
日米合同の慰霊式典を 開催し、塩崎恭久厚生労働相と
中谷元・防衛相が出席すると報告した。
式典に日本の閣僚が出席するのは初めて。
日本側から遺族ら約100人も参加する予定。 厚労省によると、
硫黄島では今も約1万1550柱の遺骨が眠っている。

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