慰安婦問題について、いろんな報道: 戦艦「武蔵」発見受け現地で洋上慰霊祭。26日、比で戦艦武蔵の洋上慰霊祭  出発前に氷川神社で安全祈願 埼玉。海底で発見された戦艦「武蔵」、 3月13日にネット生中継が決定 配信開始は3月13日午前10時から。「戦艦武蔵」で発見された謎の文書 解読に成功か(画像。戦艦武蔵をフィリピン中部海底で「発見」  米MS共同創業者が潜水調査  「菊の紋章、巨大な錨」。ポール・アレン氏の船がすごい件

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2015年4月26日日曜日

戦艦「武蔵」発見受け現地で洋上慰霊祭。26日、比で戦艦武蔵の洋上慰霊祭  出発前に氷川神社で安全祈願 埼玉。海底で発見された戦艦「武蔵」、 3月13日にネット生中継が決定 配信開始は3月13日午前10時から。「戦艦武蔵」で発見された謎の文書 解読に成功か(画像。戦艦武蔵をフィリピン中部海底で「発見」  米MS共同創業者が潜水調査  「菊の紋章、巨大な錨」。ポール・アレン氏の船がすごい件

NHKニュース戦艦「武蔵」発見受け現地で洋上慰霊祭
4月26日 17時08分
ことし3月、
旧日本海軍の戦艦「武蔵」とみられる船が
フィリピンのシブヤン海で見つかったことを受けて、
「武蔵」の元乗組員や遺族らが現地の海を訪れて
洋上の慰霊祭を行い亡くなった人たちに祈りをささげました。

戦艦「武蔵」は太平洋戦争末期の昭和19年10月、
フィリピンのシブヤン海でアメリカ軍によって撃沈され、
長く行方が分からないままとなっていましたが、
ことし3月、アメリカの資産家が「武蔵」とみられる船を発見し
映像を公開しました。
これを受けて「武蔵」の元乗組員や遺族らが亡くなった人たちに
改めて祈りをささげたいとしてフィリピンを訪れ、
26日、現地の海で洋上の慰霊祭を行いました。
慰霊祭では元乗組員で90歳の種村二良さんが、
旧日本海軍で演奏されていた戦死者を追悼する曲を
トランペットで奏でたあと、
全員で当時仲間で歌っていた鎮魂歌を合唱しました。
「武蔵」が沈むときに乗り組んでいた87歳の早川孝二さんは、
戦後はじめて現地の海を訪れたということで「ようやくここまで来れた。
70年前、この海で多くの仲間が死んでいきました」と話していました。
また、撃沈の1か月前まで乗り組んでいた90歳の大場貢さんは
「死んでいった仲間たちはみな若い青年でした。
ここで慰霊ができてようやく胸のつかえが下りたような思いです」
と話していました。
トランペットを手にしながら「再び演奏して、戦友たちを安心させたい」と
洋上慰霊祭に参加する種村二良さん=鳩山町
終戦後、当時20歳の種村二良さん(1945年11月下旬撮影、種村さん提供)

2015.4.24 07:05更新
【戦後70年】産経ニュース
26日、比で戦艦武蔵の洋上慰霊祭 
先の大戦で米軍機の攻撃を受け、
フィリピン中部シブヤン海に沈んだ
旧日本海軍の戦艦「武蔵」の洋上慰霊祭が26日、同海域で営まれる。
分祀(ぶんし)された武蔵神社があり、慰霊祭の参加者らは23日、
氷川神社を参拝し、出発を前に安全を祈願した。  
慰霊祭は元乗員や遺族らでつくる「戦艦武蔵会」(事務局・同市)が主催。
元乗員だった鳩山町の種村二良(じろう)さん(90)、
山形県鶴岡市の大場貢さん(90)、
千葉県南房総市の早川孝二さん(87)の3人のほか、
戦死した乗員の遺族ら約40人が現地入りする。
慰霊祭では安倍晋三首相の追悼の言葉も読み上げられるという。
 武蔵は昭和17年8月に竣工(しゅんこう)し、19年10月24日に撃沈された。
乗員約2400人のうち1000人余りが戦死したとされる。
船体や沈んだ正確な位置は約70年間確認されていなかったが、
米国の資産家、ポール・アレン氏らの調査チームが、武蔵とみられる船体を発見。
3月にインターネット上で映像を公開したことを受け、
同会が前回の54年以来、5回目となる現地慰霊祭を計画した。
 23日の安全祈願祭では、武蔵が沈没前に掲げていたとされる
軍艦旗を神前にささげたほか、巫女(みこ)舞が奉納された。
神社参拝などで欠かさず吹いた『国の鎮め』で英霊に感謝の気持ちを伝えたい。
近くでラッパを吹けば、きっと届くと思う。
これは最後の機会かもしれない。体の動くうちに慰めてあげたい」 
フィリピンでの戦艦「武蔵」洋上慰霊祭に
団長として参加する元乗員、種村二良さんは、旧日本海軍の軍楽隊員。
当時はアルトホルンの担当だったが、生計を立てるため、
退役後に腕を磨いたトランペットを現地に持参する。
 初めて武蔵に乗り込んだのは、連合艦隊の旗艦が戦艦「大和」から
武蔵に変更された昭和18年2月。
旗艦が軽巡洋艦「大淀」に移される翌19年5月までの1年余、
武蔵は寝泊まりする“自宅”でもあった。
 上陸したミクロネシアのトラック島から戻る際に真正面から見た武蔵は、
どっしりと構えた姿が「ガマガエルのよう」だった。
居住区は右舷の兵員室で、すぐ隣の冷蔵庫には製氷機もあった。
「生鮮食品もよく出し入れしていて、
世界一の技術が詰め込まれていた」と振り返る。
 軍楽隊員として艦隊全体の公式行事で奏楽した。
武蔵の甲板では昼食時、連合艦隊司令長官がスプーンを持った瞬間に
演奏を開始するという決まりがあった。
戦死した山本五十六長官を本土に運ぶ際には、幕僚室の前の通路に
線香の香りが漂っていたことも覚えている。
 今年3月、ネットで公開された武蔵とみられる船体の映像を自宅で見た。
船体には海藻がつき、船首にあった菊の御紋は外れてしまっていた。
「懐かしいというよりも静かに眠っているようで悲しかった」。
70年の時を経て、さまざまな思い出がよみがえる。
 「日本がここまで栄え、平和なのは仲間の犠牲があったからこそ。
おかげで長生きさせてもらった。
久しぶりに旧友に会いに行くような感じ」と気持ちは高揚している。
 慰霊祭では「国の鎮め」のほかにもう1曲吹くつもりだ。
「みんなが知っている童謡がいい。
『夕焼け小焼け』であれば故郷を思い出してもらえるかな」(川畑仁志)

2015年4月24日(金) 埼玉新聞
元軍楽隊員・鳩山の種村さん、
「長い間ご苦労さま」
「今の平和な日本があるのは、
お前たちのおかげだ」―。  
太平洋戦争中、フィリピンのレイテ沖海戦で沈没した
旧日本海軍の戦艦「武蔵」とみられる船体が3月に発見された。
洋上慰霊祭が26日に現地で行われ、参加する元乗組員や
遺族が亡くなった戦友や平和への思いを語った。
 武蔵の元乗組員種村二良さん(90)=鳩山町=は、
式典や行事などで演奏する軍楽隊に所属していた。
ホルンで軍歌を奏で、乗組員の士気を鼓舞した。
しかし、戦況が悪化すると暗号電報を取り次ぐ任務を担う。
一早く電報を届けるため、艦内を駆け巡った。
 1944年3月下旬、米海軍がパラオに航空攻撃を開始するという電報を受け、
種村さんはパラオのコロール島への上陸を命じられて、武蔵から下船。
 上陸の翌日から米軍の爆撃が始まり、宿舎へ駆け込んだ。
「ドスン、ドスン」という音が聞こえ、「いつ爆弾が落とされるか分からない。
死を覚悟した」と振り返る。
米軍の攻撃後、治療も受けられずに戦死した日本兵が
一列に並べられていたという。
 約1カ月間、パラオに滞在した後、
横須賀海兵団として再びホルンを手にした。
武蔵の沈没を知ったのはそれから約3カ月後。
 「まさか、あんなに立派な軍艦が沈没するとは思わなかった」。
戦友の顔が次々に浮かんだという。
「演奏を拍手喝采で喜んでくれた戦友たち。
もう一度、思いっきり演奏したいと思った」
 戦後70年の節目に、武蔵が米国の資産家によって発見された。
「ぴかぴか光っている武蔵は
『見つけてくれてありがとう』と言っているようだった。
かつて敵だった米国に見つけてもらった。
今となっては互いに戦争の悲惨さを分かっている者同士」と話す。
 種村さんは洋上慰霊祭で、海軍軍歌「国の鎮め」を演奏するつもりだ。
「『俺たちは元気に生きているぞ。
貴様と俺はいつまでも同志だ。お前たちのおかげで、
今の平和な日本がある』と伝えたい」
 洋上慰霊祭を企画した「戦艦武蔵会」。
同会は10月24日の武蔵沈没の日に合わせ、
武蔵の守護神である大宮氷川神社に慰霊碑を建立する予定だという。
 同会事務局で遺族の一人の坂本好司さん(66)=さいたま市南区=は
「二度と戦争を繰り返してはいけない。
このことを後世に引き継いでいきたい」と慰霊碑建立の意義を語る。
 坂本さんの祖父は武蔵の元乗組員で帰国中に戦死した。
父親も戦争の後遺症で亡くなっており、
坂本さん自身、戦争の不条理を感じたという。
 「悲惨な戦争を戦い続けた乗組員の犠牲の下で現在の日本がある。
慰霊祭では、乗組員に感謝の気持ちを込めて、『ご苦労さま』と言いたい」

ねとらぼ2015年03月11日 20時15分 更新
海底で発見された戦艦「武蔵」、
3月13日にネット生中継が決定 配信開始は3月13日午前10時から
資産家のポール・アレン氏は3月11日、
フィリピン・シブヤン海の海底で発見した戦艦「武蔵」の様子を、
13日にインターネットで生配信すると発表しました
Musashi (武蔵) Expedition  ←配信サイト
配信は3月13日の午前10時から、アレン氏のサイトで行われる予定。
時間は1時間半~2時間を予定しており、無人の遠隔操作式車両を使って
船体の全容を中継します。ただし天候しだいで延期される可能性もあるとのこと。
 アレン氏はこれまで、自身のTwitterや公式サイトで、海底に沈んだ武蔵の写真や
動画を公開してきました。
今回の生配信についても
「今回の発見を世界のみなさんや、亡くなった武蔵の乗組員、
そしてその家族の方々が共有する橋渡しができたことを誇りに思います」
とコメントしています。
Paul G. Allen to Offer Live Underwater Tour of the Musashi Battleship Wreckage
3/11/2015
「戦艦武蔵」で発見された謎の文書 解読に成功か(画像)
 |  執筆者: 安藤健二
投稿日: 更新:
旧日本海軍の戦艦「武蔵」とみられる船体から発見された謎の文書を、
アメリカの資産家ポール・アレンさんが3月6日にTwitterに掲載した。
一部は汚れで不鮮明だが「手入後ハ必ズ射出状態ニ復ス」などと、
漢字とカタカナで何かが書かれている。
「武蔵についての新しい発見は今日は少なかったが、
日本語の文書がいくつか見つかった。
どんな翻訳の手助けも感謝する」一体、何について書かれているのか。
このアレンさんの呼びかけに、多くの日本人が飛びついた。
どうやら、戦艦武蔵の後尾にあった水上偵察機を発進させるための
カタパルトの説明文書だったようだ。
これは旧日本海軍で広く使われていた「呉式二号五型」という形式。
発射のタイミングに合わせて射手が引き金をまわすと、
爆発筒内の火薬が炸裂してピストンが動き、
艦載機が乗せられた滑走車に繋がる作動索が引っ張られ、
秒速30メートルもの速さで艦載機が撃ち出されるというものだったという。
広島県呉市の大和ミュージアムに展示してある
「戦艦大和」の10分の1模型だと、この部分になる。
default
Musashi Expedition 03/06/15 Vulcan Inc.
2015/03/06 に公開
New video from Paul Allen's M/Y Octopus shows the Musashi's propeller, main rudder,
15.5cm guns and combat bridge among many others.
The team led by Allen found the battleship on March 2nd, 2015
 Musashi Expedition One English Vulcan Inc.
戦艦武藏
産経ニュース2015.3.3 19:51更新
戦艦武蔵をフィリピン中部海底で「発見」 
米MS共同創業者が潜水調査 
「菊の紋章、巨大な錨」
【シンガポール=吉村英輝】米マイクロソフトの共同創業者で
資産家のポール・アレン氏は3日までに、
太平洋戦争で撃沈された戦艦武蔵の船体をフィリピン中部シブヤン海の海底で
発見したと、短文投稿サイトのツイッターで明らかにした。

水深約1000メートルの海底で同氏の潜水調査機が見つけたという。
 掲載された船首とみられる写真には、
「菊(の紋章)と巨大な錨(いかり)」と説明がついているほか、
バルブの写真では「開」「主」などの文字が確認できる。
艦載機射出機などの映像も公表するとしている。
  海洋安全保障の研究などを行う公益財団法人「水交会」(東京都)は、
武蔵の船体発見は「聞いたことがない」とし、関係者による映像の確認が必要とした。
武蔵は昭和19年10月24日、シブヤン海で米軍機の攻撃を受け沈没。
乗員約2400人中、猪口敏平艦長以下約1000人が死亡した。
戦艦武蔵の最期 kyouzyu

戦艦「武蔵」を発見 マイクロソフト創業者がツイッターで発表

戦艦武蔵の船体発見か ネットに投稿NHKニュース               
3月3日 19時00分
フィリピンのレイテ島近くのシブヤン海で、
昭和19年10月に撃沈された
戦艦「武蔵」の船体の一部とされる写真がインターネット上に投稿され、
専門家らの関心を集めています。

写真を公表したのは、アメリカのIT企業マイクロソフトの共同創業者で
資産家のポール・アレン氏で、自身のツイッターに
「1944年に太平洋戦争で沈んだ戦艦『武蔵』が
シブヤン海の深海1キロのところで見つかった」と投稿しました。
シブヤン海はフィリピン諸島のほぼ中央に位置していて、ツイッターに投稿された
2枚の写真のうち1枚目の写真には、軍艦の船首部分が写っていて、
「菊の紋章が入った船首と巨大ないかり」とコメントされています。
また、2枚目の写真にはバルブのようなものが写っており
「日本のものであることを示す最初の証拠だ」とコメントがつけられ、
バルブの中心部には、「開」や「弁」などという漢字が確認できます。
海上自衛隊のOBなどで作る公益財団法人「水交会」によりますと、
「レイテ島に向かう途中に撃沈された『武蔵』の船体が確認されたという話は
聞いたことがない」ということで、専門家らの関心を集めています。
ポール・アレン氏は世界有数の資産家として幅広い分野で慈善活動を行うとともに、
大型ヨットを所有して、海底調査などをしているということです。 

「大和」と共に世界最大級の軍艦
旧日本海軍の戦艦「武蔵」は、全長が263メートルと、同型艦の「大和」と共に
当時としては世界最大級の軍艦でした。
戦後、当時の防衛庁の研究機関が編さんした「戦史叢書」などによりますと、
武蔵は、昭和19年10月、フィリピンのレイテ島に上陸を始めた
アメリカ軍に反撃するため、連合艦隊の主力としてブルネイから
レイテ湾に向かいました。
しかし、レイテ湾の北西にあるシブヤン海で魚雷などを受けて沈没し、
およそ2400人の乗員のうち、1000人余りが死亡しました。
レイテ沖の海戦で、日本海軍の連合艦隊は多くの戦艦や空母を失い、
壊滅的な打撃を受けました。

「武蔵でほぼ間違いない」

広島県呉市にある「大和ミュージアム」の館長で、旧日本海軍の歴史を研究している
戸高一成さんは「写真の中央に写っているのは、菊の紋章の台座とみられ、
その下にある船を係留するための鎖やロープを通す穴の形状などから、
大和型の戦艦である武蔵の艦首と考えてほぼ間違いないと思う。
武蔵の探索 は、戦後、何度も試みられてきたが、1000メートルの深さに
沈んだとみられることから、見つけるのは難しいと考えていたので、
知らせを聞いて非常に驚いた。
船体の引き上げは難しいと思うが、発見が事実とするなら、戦後70年の節目に、
私たちが戦争を振り返るまたとないきっかけとなるのではないか」と話しています。
戦艦武蔵を発見したポール・アレン氏のヨットが想像のレベルをはるかに超えてた!
全然ヨットじゃねぇ!   まぁ、「娯楽用の船」なんでしょうけど!けど!
SWBF @swep36 2015-03-03 14:42:27
武蔵を発見したポール・アレン氏がヨットを持ってるって聞いたから調べたんだけど 
金持ちってこれがヨットなの pic.twitter.com/MxgYGSOVBC
秋坂アツノ @Atsu_Akisaka 2015-03-03 09:42:25
ポールアレンさん所有の船「オクトパス」
・全長126.18 m
・元Navy SEALsを含む60人のクルー
・8人が2週間も水中で暮せる潜水艇
・ヘリ2機
・7艇のスピードボート搭載
・無人潜水艇搭載
・維持費年間2000万ドル

金持ちはやることが違う


戦艦「武蔵」の最期、そして「大和」謎のUターンを語る
史上最大の戦艦「大和」の副砲長としてレイテ沖海戦に参戦した元海軍少佐、
深井俊之助さんが目の当たりにした僚艦「武蔵」の最期、そして大和率いる
栗田艦隊が米艦船の集結するレイテを前に反転した謎を語った。
レイテ謎のUターン「栗田中将の名誉回復を」 証言集出版
戦後65年にあたる平成22年4月、レイテ沖海戦“謎のUターン”で勝機を逸したと
批評された栗田中将の名誉回復を図ろうと、栗田氏が校長を務めた
海軍兵学校最後の生徒だった戦史研究家が証言集を出版した。

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