慰安婦問題について、いろんな報道: クラプトン、ジミヘンになりきるなら …米フェンダー社の逆襲  コピーで育った日本、本物にはやはり勝てない!?。フェンダーはなぜ日本法人を設立したのか? 山野楽器との契約終了への懸念と期待

Translate

2015年4月5日日曜日

クラプトン、ジミヘンになりきるなら …米フェンダー社の逆襲  コピーで育った日本、本物にはやはり勝てない!?。フェンダーはなぜ日本法人を設立したのか? 山野楽器との契約終了への懸念と期待


http://www.fender.jp/
フェンダージャパン
「フェンダー」の画像検索結果

http://fender.co.jp/
フェンダー
産経WEST2015.4.5 15:00更新  
【経済裏読み】2/3ページ3/3ページ
クラプトン、ジミヘンになりきるなら
…米フェンダー社の逆襲 
コピーで育った日本、本物にはやはり勝てない!?
エリック・クラプトンや故ジミ・ヘンドリクスの使用で知られる
世界的なエレクトリック・ギターメーカー、
フェンダー・ミュージカル・インスツルメンツ(米アリゾナ州スコッツデール)が、
日本に本格進出することを決めた。
これまで日本企業へのブランド供与や代理店を通じて展開してきたが、
日本法人を設立して販売する。


日本の製造業は欧米ブランドのコピーをし、追い落としてきたが、
楽器に関しては“本物”にかなわないようだ。
 コピーとの戦い
 「フェンダージャパンが終わる?」
 音楽好きの間で噂が流れ出したのは3月21日。
「フェンダー」ブランドを冠した日本製ギターを扱う神田商会(東京)が、
ホームページで「3月31日をもちまして(中略)
販売を終了させていただくことになりました」と告知した。
 日本製のフェンダー・ギター「フェンダージャパン」の歴史は、
フェンダー社が日本の資本と合弁会社を設立した1982年に始まる。
きっかけは日本市場でのフェンダーのコピー商品の氾濫だ。
訴訟沙汰にもなっていた。
  業を煮やしたフェンダーが、それならばと日本でギターを
製造・販売することにしたとされる。
本物の「フェンダー」ロゴを付けたギターを手頃な価格で売り出せば、
コピー商品を手にする人は減るだろう、というわけだ。
その後、ブランド供与を受けた神田商会が国内企業に
製造を任せる形で「フェンダージャパン」は続いた。
神田商会が販売を終了すると表明した2日後の同月23日、
米国製の輸入代理店、山野楽器(東京)も商品紹介サイトの閉鎖を公表。
同日、フェンダーがホームページで日本法人設立に向けた求人を開始した。
米フェンダーがいよいよ日本に本格進出することが明らかになった。
 メキシコの台頭
 フェンダージャパンの価格は数万~10万円台で、
米国製の十数万~数十万円を大きく下回る。
しかし、造りは丁寧で音も悪くない。日本はもとより、米国にもファンは多い。
  一方でフェンダーは、中国製やメキシコ製も売り出した。
特に近年のメキシコ製は、日本製と同価格帯で音も良いと評判だ。
少し造りに粗いところがあるとも指 摘されるが、
かえってそれが「アメリカっぽい」との好意的な評価もある。
フェンダージャパンと違って、フェンダーが工場運営に
直接関与していることもファ ン心理をくすぐる。
 また古くからの日本のファンは中高年になり、
高い米国製でも買えるだけの財力を身につけた。
フェンダーがコピー商品駆逐に腐心していたころと
状況は大きく変化。
日本市場開拓の先兵として孤軍奮闘してきた
フェンダージャパンのビジネスは今回、
フェンダーが直接、関与するところとなった。
 いつかは本物を
日本の製造業はコピーでのし上がり、
その後徐々に技術力とブランド力を培ってきた。
 例えばカメラ。
キヤノンなどは、独ライツ社の小型カメラ「ライカ」を徹底的にまねして
そっくりのカメラを安価に作った。
「コピーライカ」の俗称で流通し、「ライカ1台、家1軒」と言われるほど
高級品だった小型カメラを、高度経済成長期に身近なものにした。
その後、キヤノンは技術を磨き続けドイツ製に遜色ない製品を作り、
世界市場で支配的な地位を築く。高級カメラの分野で、
ニコンと並んで日本勢は敵なしの「本物」になった。
 ただ、エレクトリック・ギターは、こうした道をたどらなかった
 ラジオや音響機器の修理業からスタートしたフェンダーは、
エレクトリック・ギターの開発にあたり、伝統的な楽器製造の
常識を打ち破ってネジとプラスチックを多用。
工場で均質に量産できるギターを1949年に発表した。
  製造しやすいだけにコピー商品が生まれ、低迷期もあったが、
90年前後から人気ミュージシャンに機材を提供し、共同開発。
さら職人の名前まで売り出してブ ランド力を高めた。
コピー商品を持っている人にも「いつかは本物を」と思わせ続けている。
日本製の高級ギターもあるが、多くはフェンダーの亜流の域を出ていない。
 フェンダーの日本進出の背景にあるのは、
ブランド戦略の巧みさなのか、それとも日本人の
本物を見分ける眼なのか。
あるいは日本メーカーに、米国文化を消化し
乗り越えるだけの力がなかったとみるべきか。

フェンダーはなぜ日本法人を設立したのか?
山野楽器との契約終了への懸念と期待
2015.04.03 リアルサウンド  2
米・楽器メーカーのフェンダー(Fender Musical Instruments Corporation)が、
日本での代理店業務を行っていた山野楽器との契約を終了し、
4月1日より新たに日本法人としてフェンダーミュージック株式会社を設立した。
また、フェンダーから商標のコピーライセンスの使用許諾を得て、
『フェンダー・ジャパン』を自社のプライベートブランドとして製造していた
神田商会との契約も、3月31日をもって終了した。
 フェンダーと山野楽器は、1963年から50年以上にわたって
代理店契約を続けていて、1980年代にフェンダーが廉価なコピーモデルの
横溢や業界の低迷による業績不振により弱体化した際は、
山野楽器や神田商会が出資して再興させたこともある。
「フェンダーといえば山野楽器」といわれるほど、
日本のユーザーにとっては馴染みのある関係性だったが、
ここにきて契約を終了した背景には何があるのか。
楽器店勤務経験者であり、音楽業界にも詳しいライター の冬将軍氏は、
次のように分析する。
「フェンダーは近年、木材の高騰や業界の低迷などにより
多額の負債を抱えていて、大規模な変革を求められていました。
2014年4月には、デジタル 戦略の開発を目指し、
DashboxのCEOだったボブ・ロバック氏を新社長に迎えたほか、
翌5月にはU2のボノとジ・エッジを取締役に任命しています。 
そんなフェンダーにとって、日本は世界的に見ても
魅力的なマーケットのはずです。
一時期はDJカルチャーのブームなどにより、若者のギター離れなども
指摘されましたが、最近では動画サイトにおける『弾いてみた』動画や、
アニメ『けいおん!』などのヒットにより、80~90年代バンドブームとは
違った形で楽器の需要も高まっていると思います。
加えて、島村楽器を始めとする楽器店が近年、
地方のショッピングモールなどに出店することによって、
かつての楽器店にあった閉鎖的な雰囲気を払拭することに成功し、
新たな顧客を獲得しています。
そうした楽器店では店舗に講師を在中させることによって、
好きな時間に習うこ とができるギター教室を開くなど、
仕事帰りのサラリーマンが気軽に楽器演奏を楽しめるような
アフターサービスも充実しています。
こうした状況の日本におい て、フェンダーは独自の流通を確立し、
いわば独占的に商品を販売しようとしているのではないでしょうか」

 実際、アメリカではネットを活用した直販サービスも始まっており、
冬将軍氏は「Macを販売するアップル社のような
ビジネスモデルを目指しているのでは」と見る。
一方で、その戦略にはいくつかの懸念点があるという。
「まず心配なのは、品質の管理です。
一般的にアメリカからギターを輸入する際は大型船を使用するのですが、
その航海中に、たとえば100本のギター があったら、
そのうち30本は製品として駄目になってしまうこともあります。
それをしっかりと検品して、フェンダーのブランドを守ってきたのが
山野楽器で、そこには50年を越えるノウハウがありました。
山野楽器とのパートナーシップを解消したフェンダーが、
その品質管理をそのまま引き継ぐことができるのかは未知数ですね。
また、前述した国内の楽器店との摩擦も懸念されます。
たとえばフェンダーが、特約店販売契約や
廉価なコピーモデルを販売する楽器店には製品を卸さない、
といった施策を取った場合、様々なモデルを扱い、
顧客に選択の自由を提供している楽器店などは反発するでしょう。
フェンダーのギターはもはやスタンダードともいえる形で、
似たような形の製品は巷に溢れているので、
それを一切排除するのは楽器店にとっても損失となるはずです。
実際、2006 年に山野楽器との代理店契約を終了したギブソンは、
品質管理や楽器店との摩擦などの問題もあり、
あまり見かけなくなってしまいました。
有名な楽器店でもギ ブソンを扱っていない場合が多いのも現状です。
フェンダーもまた、ギブソンと同じ轍を踏む可能性はあるでしょう」
 しかしながら、フェンダーの新たな歩みには期待も大きいという。
http://www.gakki.com/catalog87/leo_fender.jpg

「フェンダーの創設者であるレオ・フェンダーはもともと技術者で、
自らギターを弾くことができないこともあってか、
『楽器は音楽を演奏するための道 具である』という
質実剛健な思想を持っていました。
手工品の価値よりも実用性、ドライバー1本でバラバラにできるのが
フェンダーのギターです。
ネックですら、壊れたら取り換えればよい、という
極めて合理的な発想のもとにモノ作りをしていたのです。
それは一見するとドライな考え方に思えますが、だからこそ
フェンダーのギターは革新的でしたし、アメリカ工業製品の
象徴ともいえる楽器になり得たのです。
今回の施策もまたドライではありますが、そこから生まれる
革新性もあるんじゃないかと、個人的には期待していますね。
80年代の再興時にフェンダーが掲げたのは
『我々のライバルは他ギターメーカーではない、 Nintendoだ』でした。
そういった広い視野を持つ会社なんです」
 現在、フェンダーミュージック株式会社のホームページでは、
商品紹介だけではなく、LUNA SEAのINORANやOKAMOTO’Sの
ハマ・オカモトといった契約ミュージシャンのプロフィール、
音楽ニュースなども確認することができる。
フェンダーの日本法人は今後、
どんなビジネスを展開していくのだろうか。(文=松下博夫)

0 件のコメント:

コメントを投稿