慰安婦問題について、いろんな報道: 日系作家の小説を米小学校が教材採用、 在米韓国人団体が都合が悪いので抗議書簡 ・・韓国ネット「ウソを歴史と言うのは深刻な病」 「被害者面にもほどがある」 FOCUS-ASIA.COM。2014年3月14日 「竹林はるか遠く」 そして、韓国人の“反日”について

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2015年5月29日金曜日

日系作家の小説を米小学校が教材採用、 在米韓国人団体が都合が悪いので抗議書簡 ・・韓国ネット「ウソを歴史と言うのは深刻な病」 「被害者面にもほどがある」 FOCUS-ASIA.COM。2014年3月14日 「竹林はるか遠く」 そして、韓国人の“反日”について

日系作家の小説を米小学校が教材採用、
Yahoo!ニュース在米韓国人団体が抗議書簡
・・韓国ネット「ウソを歴史と言うのは深刻な病」
「被害者面にもほどがある」
FOCUS-ASIA.COM  5月29日(金)6時48分配信
28日の韓国メディア・ニューシスによると、

米国の韓国人団体が、
日系米国人作家ヨーコ・カワシマ・ワトキンズが
第2次大戦時の体験を綴った自伝的小説
竹林はるか遠く―日本人少女ヨーコの戦争体験記」の“封鎖”に乗り出した。
1986年に米国で出版された「ヨーコの戦争体験記」は、
朝鮮半島北部に住んでいた主人公一家が敗戦を受けて朝鮮半島を縦断して
日本に引き揚げる行程で、 日本人が韓国人から略奪や暴行、
強姦などを受けた描写がある。
このため、2006年にニューヨークとマサチューセッツの公立学校などで
教材として採用されると、在米韓国人団体などが
「歴史的事実と異なる歪曲」などと反発、激しい反対運動によって
一部地域で教材から除外させている。
だが、最近になってコネチカットの公立小学校が

社会科の必読本に指定、著者の講演会も開かれたことが判明した。
これを受け、「ニューヨーク韓人父兄協会」は26日に記者会見を開き、

小学校などに「ヨーコの戦争体験記」を教材リストから
すぐに削除することを要求する抗議の手紙を送ったと発表した。
同協会のチェ・ユンヒ会長は「協会が問題点を指摘した後、
ニューヨーク市教育局は不適切な書籍との結論を下し、
現場の校長に教材として使用しないよう呼びかけるなど、
ニューヨークの公立学校からは完全に除外されている」としたうえで、
「8年が過ぎてからまた教材として登場し たのは、
日本の執拗なロビーが作用したためだ」などと主張した。
チェ会長はさらに、

「2008年に日本の文部省が独島(日本名:竹島)の日本領宣言をした後、
日本は執拗に教育現場の歴史歪曲をしている。
このような試み が米国に根付かないよう、
教科書に『東海(日本海)』併記を義務化し、
『ヨーコの戦争体験記』の教材採用事例をすべて探し出し、
教育を通じた歴史歪曲を源泉封鎖する」と強調した。
記事は、「ヨーコの戦争体験記」について、

1945年7~8月に朝鮮半島北部で米軍の爆撃があったかのような記述が
歴史的事実と異なると指摘しているほか、朝鮮共産党軍の兵士に
日本人が襲われたという記述も「(当時は)
日本軍がまだ韓半島全域を掌握しており、説得力がない」としている。
このほか、著者に ついては
「シベリアで6年間服役した日本戦犯の娘」と紹介している。

この報道に対し、韓国ネットユーザーからは
様々なコメントが寄せられている。  
「日本のウソと歴史歪曲は世界に向かって進行中。
ロビーを通して教科書にまで口出ししている」
「日本人は礼儀正しさ、優しさのお面をかぶって、

平気で歴史を歪曲し、それを本当だと思わせようとしている」
「日本は歴史を自分の好きなように記憶し、好きなように歪曲して記述している。

自らを被害者と設定し、本当の被害者を加害者に変えている」
「事実の記録ではなく、ウソを歴史というのは深刻な病」

「慰安婦被害者や強制徴用被害者に証拠を出せという日本。

それなら、この本の証拠を出せ。竹のないところに住んでいたのに、
竹林があったとか背景からしてすべてウソ」
「被害者面にもほどがある」

「どうしたらここまで歪曲できるんだろう?」

「日本人が帰国する時に助けてあげた韓国人がたくさんいた。

感謝の手紙も来ている。本当の歴史とはぜんぜん違う小説本」
「日本の悪口を言う前に、ニューヨークタイムズにも報道された
ニューヨーク韓国人会の内紛を処理してほしい。
米国でも分裂しているとは恥ずかしい」
「蛮行を働いたのは日本」

「この本のどこがどのように歪曲なのかを、
証拠を持って検証しないと西洋人は納得しない。
感情を排除して、米国人が好きな論理的な主張で改善していくべき」 (編集 MJ) 

2014年3月14日 「竹林はるか遠く」 そして、韓国人の“反日”について
ノムさんの時事短評
“So Far from the Bamboo Grove”
という本の存在を、
私は随分前から知っていました。
もともと朝鮮半島に興味があったので、
その一環として知ったのでしょう。
それにしては和訳の無いのを不思議に思い、
待ち望んでいました。
今回、おそらくは最も適切な訳者を得て、
日本語版が出ました。
私が漠然と想像していた内容と異なりましたが、
十分に感動しました。
私が想像していたのは、敗残の日本人が朝鮮人に、
もっともっとひどいことをされたのであろうと言うことでした。
そのような状況が描かれていない訳ではありませんが、
筆者がそれを書くことを目的としていないことは明らかです。

ところで、原著者である ヨーコ・カワシマ・ワトキンズさんは、

「あとがき」で、次のように書いています。 

この本がアメリカで出版されて二十年経った二〇〇六年の秋、
ボストン近辺に住む在米二世韓国人たちが突如怒りを爆発させました。
本書はアメリカで中学生の教材として採用されていたのですが、

その内容について、
「日本人を被害者にし、長年の日帝侵略が朝鮮人民に対して
被害、犠牲、苦痛 を与えた歴史を正確に書いていない」
「強姦についても写実的に書いており、中学生の読むのに
ふさわしい本ではない」といった理由をつけて、
本を教材からはずす運動をあらゆる手段を使ってやり始めたのです
さらに、「著者の父親が七三一部隊に属していた悪名高い戦犯であり、

また慰安婦を満州に送った悪者である」といった
事実に反することも言い始めました。
そこにボストン駐在韓国領事も仲間に加わり、
この動きが世界中に広まったのです。

この動きの顛末がどうなったのか、記されていません。
韓国紙 『中央日報』日本語版にある次の記事を転記します。

ほぼ公平な文章であると思うのと、私がまとめる以上に的確に、
本の内容を解説して呉れているからです。 
ただ一か所、あまりにもあっさりと通り過ぎたところがあります。
その部分はこの一冊の白眉であり、希望であり、
おそらくは崇高な物語です。あとで触れます。

[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
2007年01月23日10時34分
『竹の森遠く』最後まで読んでみたら…
少女は英語が分からなかった。
日本の警察が突然入ってきて家の金目のものを

ひとつ残らず奪っていく理由を12歳の少女は知らかった。
母親のメガネまでひったくって行く警察に少女は噛み付き、
警察は軍靴で彼女を踏み付けた。
それでも少女は戦争が何だか分からなかった。

豆満江近くの村の日本人少女にとって戦争は、まともに電気を灯して

暮らすことができないようにする厄介な日々であるだけだった。
父と兄を残したまま、母、姉と一緒にソウル行きの患者護送列車に
便乗したある日の夜も、少女は戦争が何なのか分からずにいた。

満洲の日本政府で働く父のため、人民軍たちがこの母娘を

捜し回っていることを知り、自ら汽車から降りてソウルに向かうときも、
少女はお腹がすいてつらかったし、早く歩けと急き立てる姉が憎かった。

爆弾の破片を受けて胸からうみが流れ、

一方、聴力をほとんど失っても、少女はひたすら歩かされた。
やっとのことでソウル駅に到着した3人の母娘。しかし兄は現われない。

駅で雑魚寝をし、食堂のゴミ箱から食べ物を探しながら、少女は兄を待つ。
そして5週間が経ち、母娘は釜山(プサン)行きの列車に乗る。

戦争は終わった後で、朝鮮人たちが日本人たちに反撃していた。

ソウルは日本人の女性に安全な所とはいえなかった。
母は2人の娘を男の子のように扱う。
釜山生活も疲れてだるいのは同じだった。

同じ日本人も母娘には慰めになれなかった。

日本人の男は日本の女性の所持品を狙ったし、朝鮮の男は
日本の女性の体を狙った。3人の女性には世の中すべてが敵だった。

10月になって母娘は福岡行きの船に乗りこむ--。

先週、世論の袋叩きに遭った小説

『竹の森遠く(韓国題:ヨーコ物語)』(文学トンネ刊)の前半の筋書きだ。
後半部も内容は大きく違わない。母女の苦行は本土にもつながる。

親戚とは連絡が絶たれ、難民収容所に隔離された母娘はゴミ箱をあさる。

母親が亡くなり、姉妹だけぽつんと残されるが、
それでも姉妹は学校に行こうとする。翌年春、兄が帰還して小説は終わる。

1人で避難してきた兄は38線近くで金という

男性の助けでようやく生き返ることができた。

小説は言わば、12歳の少女の波乱万丈避難記だ。

日本人ヨーコ・カワシマ・ウィキンスさん(74)が

60年前にもなる12歳の記憶をもとに小説を書いたものだ。
だから事実と違うことがあるかもしれない。
記憶というのは本来、完全であるといえるかどうかわからない。
少女が住んだ豆満江 (トゥマンガン)付近は、
竹が生育できない気候であり、ソ連軍が参戦した日付や
爆撃機の種類も小説が記述したものと歴史とは違っている。
多くの脈絡から見た場合、少女の父はマルタ実験を行った
731部隊所属である可能性もある。

それにしても小説のメッセージは大きく変わらないと思う。

朝鮮人が日本人を性的暴行する場面も
小説のテーマは変えることはできないと信じる。

否定的だったが悪意的ではなかった。

小説は戦争の血生ぐささを物語っていた。
少女にとって敵は朝鮮だけではなかった。
飢えであり、貧乏であり、日本でもあった。

我々としては当然気分が悪い。

いきなりののしることから始めることではないと思う。

敢えてこの本の責任の先が誰かを言わなければならないとすれば、

判断のつかない子供たちにこの本を勧めた米国政府だろう。
大きくなった大人が読む小説と、
子供たちが声に出して読む教材とは次元が違う。

小説を読んだ2000人中の1人としてあえて言ってみた。


終戦真際の昭和20年(1945年)7月29日の真夜中、

著者の擁子さんは母、姉に連れられ、ソヴィエト連邦(ロシア)国境近くの町
「羅南」から、満州鉄道勤務の父、兵器工場に徴用された兄に
置手紙を残して、脱出します。

その道中で確かに強姦についても書かれていますが

直接的な表現でなく、また明らかに、強姦を書くことが目的でもありません。
この本を読んで、
「2006年の秋、ボストン近辺に住む在米二世韓国人たちが
突如怒りを爆発」させたそうですが、最近の執拗な反日言行といい、
日本人とは質の異なる国民性の人々と思い知ります。
むしろ最終章に置かれた「金夫婦」とその長男次男家族の物語は、

これだけで一つの舞台が 想定できます。美しく崇高な物語です。
中央日報の記者は、
「1人で避難してきた兄は38線近くで金という男性の助けで
ようやく生き返ることができた」と簡単に書いておりますが、
この末尾の物語故に、私は人間に希望を持ちます。

これは先に出発した母妹を追う、兄淑世ひでよの物語です。
多くの危機をすり抜けて38度線近くまで落ち延びた淑世を吹雪が襲います。

小さな農家、金家族は、夕食中でした。
ドシンという音を風邪かイノシシかと思っ たのですが、戸をあけてみると、
凍死寸前の日本人でした。
ほとんど気を失っている淑世の凍っているゲートル、靴、靴下を脱がし、
シャツを替え、足や体を マッサージしました。
乾燥唐辛子を靴下の中に入れ、毛皮のコートで包みました。
唐辛子の粉を胸に散らせ、マッサージを続けました。
ニンニクを粉にして湯に 入れ、むりやり飲ませました。
主人の金さんはことの意味を認識し、家族にも言い聞かせます。
「万が一、その子が死んだり、誰かに私たちが日本人の男の子を
救助していたことを知られたら、私たちは賞金のために密告され、処刑される。
いいか、みんな、その子は私の甥ということにしよう。
両親は日本人に殺され、 私たちと一緒に住むようになったのだ。
分かったか。これなら安全だからな」

金さんは、「命をかけて」、行き倒れの日本人若者を救ったのです。

春の終わりに、淑世は38度線、イムジン川を渡ります。
金さん家族のその後は、書かれる由もありませんが、38度線の北で、

平安な生涯が送れたとは思えません。
しかし淑世さんの心に、そして擁子さんの物語に、生き続けるでしょう。

私は、このような作品を排斥した在米韓国人の心根が分かりません。

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