慰安婦問題について、いろんな報道: 毎日新聞、戦後70年・「償い」という問い:アジア女性基金を考え直す /19 行方知らずのお金。/18 事業、動かした市民団体。/17 収入9割、政府から。16 幻の政府補充。

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2015年7月17日金曜日

毎日新聞、戦後70年・「償い」という問い:アジア女性基金を考え直す /19 行方知らずのお金。/18 事業、動かした市民団体。/17 収入9割、政府から。16 幻の政府補充。

臼杵敬子さんらの一行は元慰安婦が共同生活する社会福祉法人「ナヌムの家」も訪れた=5月22日
臼杵敬子さんらの一行は元慰安婦が共同生活する社会福祉法人
「ナヌムの家」も訪れた=5月22日
市民団体「日本の戦後責任をハッキリさせる会」(ハッキリ会)代表の臼杵敬子さん
市民団体「日本の戦後責任をハッキリさせる会
(ハッキリ会)代表の臼杵敬子さん
「12年の総括 未来への提言」と題して開かれた
アジア女性基金の「国際シンポジウムFINAL」
=東京都新宿区で2006年11月

戦後70年・「償い」という問い:アジア女性基金を考え直す
/19 行方知らずのお金

毎日新聞 2015年07月17日 東京朝刊
 NPO法人「C2SEA朋」の臼杵(うすき)敬子代表理事(67)が
5月下旬に韓国入りして3日目、一行は郊外の元「慰安婦」宅に向かった。
 ソウルの気温は28度まで上昇し、

各地の道路は週末を楽しむ家族連れで混んでいる。

 フォローアップ事業の新設が示されたのは、

アジア女性基金が2年後に解散されることを明らかにした
2005年の村山富市理事長と政府の記者会見だった。
理事長がアフターケアへの対応を求め、
政府が協力を約束したのだ。
 償い事業を受けたか否かにかかわらず
被害者はフォローアップの対象になる。 
韓国では61人にお金を振り込んだのに、受領したのは60人。
1人数字が合わない。
「受け取っていない」とある被害者が訴えたことで問題が発覚した。

 1996年7月の第14回理事会の参考資料には、

償い金の基準・手続きは
首相の手紙とともに直接本人に届くことを原則とし、
遺族が複数いる場合は、その国・地域の法律及び
司法判断によることなどが事細かに定められている。

 韓国事業の担当者によると、

事故が起きたのは本人でなく委任口座に振り込んだ例だった。
内部調査の結果、日本側の手続きに問題はないと判断されたという。
基金の解散時に和田春樹専務理事(77)が再び、この例を持ち出した。
しかし、お金の追跡はプライバシー上難しい。

 オランダには事件になった例もあることを、

マルガリータ・ハマー・モノ・ド・フロワドビーユさん(73)の著書
「折られた花」を読んで知った。
償い事業のオランダ側窓口として
被害者との信頼関係に心を砕いてきた人である。

 <驚愕(きょうがく)のあまり声が出なかった>。

「慰安婦」被害者の母親から、娘が約200万円をだまし取った時のことを
ハマーさんはつづっている。 
 ここまで極端でなくても、1人暮らしが多い韓国では、
償い事業の受領者がお金を貸して、返してもらえなかった話はあるという。
元基金運営審議会委員の中嶋滋さん(70)は語る。

 「返ってこないのは分かっていた、とおばあさんは言うのです。

でも頼りにされるのがうれしい、と。そうして多くを失った人がいます」

 実は今回、臼杵さんらに同行した時も、あるおばあさんが

「地元の農協に大金が送られてきたが受け取っていない」と話すのに驚き、
スタッフ(70) と思わず顔を見合わせた。
だがこちらも真相を突き止めるのは難しいだろう。
韓国では社会的なつながりが重視されるというが、
心ない行為があるならやりきれ ない。 
 この日、元「慰安婦」宅などを約9時間半をかけて回り、
「C2SEA朋」の車がソウルに戻ったのは夜遅くなってからだった。
<文・写真 岸俊光>
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戦後70年・「償い」という問い:アジア女性基金を考え直す

/18 事業、動かした市民団体
毎日新聞 2015年07月16日 東京朝刊
「慰安婦」問題では市民団体が力を発揮してきた。

女性の人権問題と見たところもあれば、被害者支援の前線に立ったところもある。

 日本の市民団体「日本の戦後責任をハッキリさせる会」(ハッキリ会)が

フリージャーナリストの臼杵(うすき)敬子さん(67)を代表として結成さ れたのは
1990年。初めて名乗り出た金学順(キムハクスン)さんら元「慰安婦」と、
軍人・軍属の原告35人が翌91年12月、東京地裁に提訴した
韓国・ 太平洋戦争犠牲者遺族会(遺族会)の裁判支援などを通じて
戦後補償に取り組んできた。

 「戦前・戦中はともかく戦争の処理には戦後生まれも責任がある。

私たちの時代にハッキリさせようという思いを会の名前に込めました」
 ちなみに連載の初回に紹介した「C2SEA朋」は

元「慰安婦」をフォローするための組織で、
現在は臼杵さんが代表理事を務めている。

 遺族会との出合いは、日本の戦後処理問題を韓国民に訴える、

釜山からソウルまでの大行進を取材したことにさかのぼる。
戦後処理の基本となる生死確認が、
日本人には正確を期して70〜80年に
やり直されたのに、
同じ日本兵だった韓国人には行われていないことを知った。

 臼杵さんらは93年に河野洋平官房長官談話が作られた際、

遺族会の協力で日本政府が行った元「慰安婦」16人の聞き取りにも関与した。

 転機が訪れたのはアジア女性基金設立の方針が決まる95年の春である。

五十嵐広三官房長官に何度も会って被害者が満足できるものを作るよう訴えた。
当時、国民募金の話も耳にした。 
 <慰安婦問題に対する国家責任に基づいた被害当事者への政府拠出の実現。
(略)募金協力しながら「民間も出すのだから政府も出して当然」
という迫り方を展開していく> 
 臼杵さんが書いた95年9月の会報「ハッキリニュース」43号には、
女性基金に協力することになった複雑な思いがにじんでいる。

 「単に国民はお金を出すだけでなく、拠金を通じて家族で戦争の話をしたり、

親や祖父たちが当時、慰安所に行ったという告白を
聞いたりするきっかけになるかもしれない。
身近で小さな歴史でも、それを知ることで基金が生きたものになるのではないか、
と私は考えました」 
「慰安婦」問題を論じる東大ゼミで、講師を務めた臼杵さんが学生に伝えた思いである。
 元「慰安婦」の認定は加害側が行うわけにいかず、相手国・地域に委ねられた。

韓国で償い事業を受け取った人は政府認定被害者の3分の1に達していない。
それでも協力関係を作るのが難しい中で、ハッキリ会が奮闘した韓国事業を
数字だけで評価することはできないだろう。<文・写真 岸俊光> 
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戦後70年・「償い」という問い:アジア女性基金を考え直す

/17 収入9割、政府から
毎日新聞 2015年07月15日 東京朝刊
元慰安婦に「見舞金」、民間募金で基金構想−−。

朝日新聞1994年8月19日朝刊1面に大きな記事が載った。
アジア女性基金の設立を前にしたこの記事のイメージは強烈だった。

 戦後補償裁判で初めて原告一部勝訴となった山口地裁下関支部の

韓国人元「慰安婦」・女子挺身(ていしん)隊訴訟(関釜裁判)の
法廷に立つため来日していた元「慰安婦」も「同情金はいらない」と
顔を真っ赤にして怒ったという。

 女性基金は償い金を国民の寄付で集める一方で、

政府に代わって首相のおわびの手紙を手渡し、政府が支出する
医療・福祉事業に携わり、事務局経費も政府が支出した。
この組織をどう説明するかは今も定まっていない。
私も頭を悩ませ、半官半民、公的組織などと書いてきた。

 五十嵐広三官房長官は95年6月、基金の事業内容を次のように発表した。

(1)元慰安婦に償いを行う資金を民間から募金する。
(2)医療・福祉事業を行うものに政府の資金を支給する。

 元基金専務理事で朝鮮史に詳しい歴史学者の和田春樹さん(77)によると、

韓国語に「見舞金」にあたる言葉がないため「慰労金」と訳される問題があった。
法的には解決済みという解釈を取る日本政府から見れば、
民間基金という位置づけを間違いとも言えないだろう。

 だが、その実態が違うことを知ったのは

4年前に発表された和田論文を読んだ時だった。

 初めて明かされた収入の内訳は、償い金への寄付金5億6500万円

▽医療・福祉支援用政府拠出金11億2000万円
▽事務事業経費等政府補助金 35億500万円で、
総額51億9000万円(佐藤健生ほか編「過ぎ去らぬ過去との取り組み」)。
ほぼ9割が政府支出だったのである。

 この数字は昨年6月に公表された政府の河野談話検証報告でも、

おおむね裏付けられた。

 現金は出せないがサービスなら提供できるという考え方で始まった

医療・福祉支援事業も、実際には変更されていたことを今回知った。

 「韓国に説明に行くと、医療・福祉の300万円も現金でなければ受け取ってもらえない。

200万円の償い金と合わせ、現金500万円が事業を行う 条件のようになったんです。
現金では補償と同じになると外務省が難色を示し、明け方まで激論になりましてね。
結局、外務省の担当者が財務当局を説得してく れました」

 難しい韓国事業を担当した元基金運営審議会委員、中嶋滋さん(70)の証言である。

 アジア女性基金は、政府と国民が共に戦争の問題に取り組んだ戦後初の事例だった。

失敗もまた避けられなかったが、手探りで進められた全てが
貴重な経験になったのである。<文・岸俊光 写真・石井諭> 
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村山富市首相(右)からアジア女性基金への閣僚募金を受け取る
原文兵衛理事長(中央)=1995年9月撮影

戦後70年・「償い」という問い:アジア女性基金を考え直す

/16 幻の政府補充  毎日新聞 2015年07月14日 東京朝刊
最重要な議論を担ったのは運営審議会だった。

 金額の目安になったのはまたも米国だった。

米政府が、戦争中の強制収容を日系人に謝罪し
2万ドルを補償したことが評判を呼んでいた。

 元「慰安婦」が日系人より苦しい状況にあることは、

韓国での被害者聞き取りから分かっていた。
「もっと多い金額を考えていました」。
国連で人権問題に取り組んだ
国際法学者の横田洋三・元運営審議委員長(74)は
証言している(「オーラルヒストリー アジア女性基金」)。

 元委員の高崎宗司・津田塾大名誉教授(71)は、

非政府組織(NGO)の国際法律家委員会が勧告した400万円を求めた。
台湾人旧軍人らへの弔慰金200万円を想起する人もいた。

 のちに基金の専務理事を務めた和田春樹さん(77)によると、

1995年12月時点で韓国、台湾、フィリピンの被害者は330人だった。
96年4 月末の寄付金額約3億3000万円を対象者数で割ると1人100万円。
だが、それでは誠意は伝わらない。再検討することになった。

 それにしてもお金が足りない時にはどうするか。

基金内で語り継がれてきた逸話がある。

 償い金は200万円を下回らないことが報告された

96年6月の理事会に先立って、
原文兵衛理事長は橋本龍太郎首相に会った。
そして寄付が不足する場合、
政府が責任を持つことを確認したというのである。
ただこの話は「基金ニュース」に
<財源については政府が責任をもつ、との首相の約束を了承>
の一文 が残るだけだ。

 償い金が200万円に決まった時に国民からの拠金という

コンセプトは修正された、と和田さんは近著
「慰安婦問題の解決のために」に書いている。
実質的な政府補償とみるのである
ジャーナリストで元基金副理事長の有馬真喜子さん(81)は
「工夫をするという意味では」と語る。首相の胸の内はもはや分からない。
 もう一つ、最終段階で決まったのが政府予算による医療・福祉支援だった。

知恵を出したのは古川貞二郎元官房副長官(80)である。

 「償い金をなぜ政府は出せないんですか、と

五十嵐広三官房長官に迫られました。
そこで、政府が出すのは
(自民・社会・さきがけの)3党プロジェク トで合意した線と違う、
合意を取り直してくださいと言ったんです。ただ五十嵐さんの気持ちは分かる。
僕は厚生省出身だから介護や医療に人道上出すことはできるんじゃないか、と。
五十嵐さん、すごく喜ばれてね」 
 償い事業の現場を追うと関係者の苦闘が浮かび上がる。
幸か不幸か、受け取りを拒む被害者が出たため
償い金が不足することはなかった。
<文・岸俊光> ==============

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