慰安婦問題について、いろんな報道: 岩田温、安倍談話に「侵略」、「お詫び」の文言を 挿入せよと主張する共同声明について。侵略の定義を国連で決議したのは1974年。70年談話で学者ら74人が声明を発表、一九三一年の満州事変から四五年までの太平洋戦争を日本の侵略戦争と明記するよう主張。

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2015年7月18日土曜日

岩田温、安倍談話に「侵略」、「お詫び」の文言を 挿入せよと主張する共同声明について。侵略の定義を国連で決議したのは1974年。70年談話で学者ら74人が声明を発表、一九三一年の満州事変から四五年までの太平洋戦争を日本の侵略戦争と明記するよう主張。

戦後70年の首相談話について共同声明を出し会見する
大沼保昭・明治大特任教授(中央)ら学者たち
=17日午前、東京都千代田区、越田省吾撮影
岩田温
「戦後70年総理談話に関する歴史家、国際法学者、国際政治学者の声明」
会見 2015.7.17 jnpc 2015/07/16 に公開
歴史、国際法、国際政治の学者・識者74人が、政治的信条の違いを超え
「安倍談話」に­ついての声明を発表した。
呼びかけ人代表の三谷太一郎氏(東京大学名誉教授 日本政治外交史)、
大沼保昭氏(明治大学特任教授 国際法)らが会見し、記者の質問に答えた。
壇上は左から波多野澄雄氏(筑波大学名誉教授 日本政治外交史)、
毛利和子氏(早稲田大学名誉教授 中国政治)、三谷太一郎氏、
大沼保昭氏、小此木政夫氏(慶応大学名誉教授 韓国・朝鮮政治)、
石田淳氏(東京大学教授 国際政治)
声明文pdfはこちら http://www.jnpc.or.jp/files/2015/07/1...
司会 橋本五郎 日本記者クラブ企画委員(読売新聞)
http://www.jnpc.or.jp/activities/news...

岩田温 2015年07月18日 12:23
意見をつなぐ、日本が変わる。BLOGOS
国際法学、歴史学、国際政治学者74名が、
戦後70年の節目に発表される予定の
「安倍談話」について、共同声明を発表した。
近頃、憲法学者ばかりが注目されていたが、
今度は自分たちの出番だ!ということだろうか。
私は学者が声明を出すこと自体は悪いことではない。
現実に対する呼びかけなのだから、それは結構なことだと思う。
しかし、発表するならば、個人ですればいい。
「共同声明」と銘打って、これが学者の最低限の共通認識であり、
この共通認識を共有できない人間は許さないと言わんばかりの態度が嫌いなのだ。
徒党を組んで、数に物を言わせて、批判者の口を封じようとする連中が、
与党が民主主義のルールに則って採決をした際には、「強行採決だ!」、
「民主主義を冒涜している!」と声を荒げるのだから、まことに滑稽である。

全文に目を通してみたが、要するに一言でいえば、
「村山談話」で示された「侵略」や「植民地支配」への「痛切な反省」、
「心からのお詫び」といった文言を入れよ!ということに尽きている。
その他の言葉は、これらの主張を補強するための道具に過ぎない。

幾つか気になる点があったので、引用してみよう。

「私共は下記の点において考えを同じくするものであり、
それを日本国民の皆様と国政を司る方々伝え、
また関係する諸外国の方々にも知って頂くことは、
専門家の社会的責任であると考えるに至りました」

典型的な恫喝だろう。
以下に示した見解は「専門家」が「社会的責任」を果たすべく
発表しているものなのだから、国民も政治家も、
これくらいのことは認識しておく必要があり、
我々の「共通認識」を否定する人間は、
非知性的な「ならず者」であるというレッテル貼りのための布石だ。

「戦後の復興と繁栄をもたらした日本国民の一貫した努力は、
台湾、朝鮮の植民地化に加えて、1931-45年の戦争が大きな誤りであり、
この戦争によって三百万人以上の日本国民とそれに数倍する中国
その他の諸外国民の犠牲を出したことへの痛切な反省に基づき、
そうした過ちを二度と犯さないという決意に基づくものでありました。」

これは寡聞にして耳にしたことのない主張だ。
戦後復興への努力が
「中国その他の諸外国民の犠牲を出したことへの痛切な反省に基づき、
そうした過ちを二度と犯さないという決意に基づく」ものだったとは知らなかった。
少なくとも、そういう主張をしている方々とお会いしたことがない。
私が聞いたのは、生き残ったことに対する「疾しさ」だ
自分と同じ年齢の若い人々が、大切な生命を亡くした。
本当に自分だけが生き残ってしまっていいのか
・・・そういう方々の「疾しさ」は、勿論、本人に責任があるわけではない。
しかし、彼らの中には、痛切な「疾しさ」が残っていた
その「疾しさ」こそが、戦後復興の原動力であった。
巨万の富を築いた方が、慰霊の旅を欠かさなかった話や、
靖国神社に参拝し続けているという話を何度もうかがった。

「言葉の問題を含めて、「村山談話」や「小泉談話」を「安倍談話」が
いかに継承するかは、これまでの総理自身の言動も原因となって、
内外で広く論ぜられ、政治争点化しております。
このことは、国内もさることながら、中国、韓国、米国などを含む、
日本と密接な関係をもつ国々で広く観察される現象です。
こうした状況の下では「安倍談話」において
「村山談話」や「小泉談話」を構成する重要な言葉が採用されなかった場合、
その点にもっぱら国際的な注目が集まり、総理の談話それ自体が
否定的な評価を受ける可能性が高いだけでなく、
これまで首相や官房長官が談話を通じて強調してきた
過去への反省についてまで
関係諸国に誤解と不信が生まれるのではないかと危惧いたします。」

日本と密接な関係をもつ国々の代表が「中国、韓国、米国」という順番なのだから、
彼らがどこを意識しているのかが明らかだろう。
それにしても興味深いのが、「「村山談話」や「小泉談話」を構成する
重要な言葉が採用されなかった場合、その点にもっぱら国際的な注目が集まり、
総理の談話それ自体が否定的な評価を受ける可能性が高いだけでなく、
これまで首相や官房長官が談話を通じて
強調してきた過去への反省についてまで関係諸国に
誤解と不信が生まれるのではないかと危惧」しているという指摘だ。
仮に安倍談話で「村山談話」にあったような文言、
要するに「侵略」や「お詫び」が存在しなかった場合、
大騒ぎするのはこの声明を出している面々なのに、
まるで自分たちとは関わり合いのない第三者が大騒ぎするから
止めておいた方がいいよ、
といった具合に老婆心を装っているところが、嫌らしい
こういうのを世間では、マッチ・ポンプというのだ。

「日本が侵略されたわけではなく、日本が中国や東南アジア、
真珠湾を攻撃し、三百万余の国民を犠牲とし、
その数倍に及ぶ諸国の国民を死に至らしめた戦争が
この上ない過誤であったことは、残念ながら否定しようがありません。
そしてまた、日本が台湾や朝鮮を植民地として統治したことは、
紛れもない事実です。
歴史においてどの国も過ちを犯すものであり、
日本もまたこの時期過ちを犯したことは潔く認めるべきであります。
そうした潔さこそ、国際社会において日本が道義的に評価され、
わたしたち日本国民がむしろ誇りとすべき態度であると考えます。」

つくづく疑問に思うのは、何故、日本が戦争をしたのかを一切問うことなく、
とにかく侵略であったと断定する態度だ
帝国主義時代、植民地支配は強国の当然の権利と考えられており、
ヨーロッパでは人種的に優れた「白人の責務」だなどとすら考えられていた。
世界中の各国が、痛切なお詫びをしているのならば結構だが、
日本だけが、特殊な侵略主義国家であったと認めるような
馬鹿な真似はしない方が賢明だろう
日本はナチスとは異なる
いわば、一般的な帝国主義国家であった。
強者が帝国主義国家となり、弱者が植民地となった時代に、日本は強者となった。
それは事実だ。
だが、日本が弱者であったならば、それは植民地になるだけではなかったか?
他にどのような選択があったというのだろう?

「現在と将来の日本国民が世界のどこでもそして誰に対しても
胸を張って「これが日本の総理大臣の談話である」と引用することができる、
そうした談話を発して下さることを願ってやみません。」

誰もが共通の歴史認識を持つべきだと考えるその姿勢が嫌いだ。
各人の自由でいいではないか。
少なくとも、あなた方がそういう考えを持つことを否定するつもりは毛頭ないから、
少なくとも、こちらにも解釈の自由を残しておいてほしい。

こうした声明をみて思うのは、
総理大臣が歴史認識を談話として発表すること自体への違和感だ。
どんな歴史認識を抱いていようが、それはその人個人の認識であって、
日本国民の共通の認識ではない。
日本国民すべてが、共通の歴史認識を持つべきだという発想そのものが、
全体主義的で、自由を侵害する発想だと言わ ざるを得ない。
それぞれの自由に委ねるのが賢明な態度だと思う。 

※侵略(しんりゃく、aggression)とは、国際法上、ある国家・武装勢力が
別の国家・武装勢力に対して、自衛ではなく、一方的にその主権・領土や
独立を侵すことを意味する。
軍事学概念としての侵攻(invasion)が目的を問わず
相手方勢力・領域を攻撃する行動を指すのとは異なり、
相手の主権・政治的独立を奪う目的の有無に注目した用語である。
また、侵略のために武力を行使して戦争を起こすことを侵略戦争と言う。

国際連合による侵略の定義の決議
国際連合発足後、朝鮮戦争に関する討議が行われている最中の1950年11月3日、
ソビエト連邦代表は侵略の用件を列挙する形で侵略の定義の決議案を提出した。
しかし列挙方式か、一般的抽象表現で行うかについて争いがあり、
いずれの提案も成立しなかった[8]
その後たびたび侵略の定義に関する特別委員会が設置されて討議が行われたが、
結論が出たのは24年後の1974年になってからであり、
12月14日に国際連合総会決議3314が成立した[8]
しかしこの総会決議による定義は各国に対する拘束力はなく、
現在もある国家実行を侵略と認定するのは国際連合安全保障理事会に委ねられている。
国連総会で侵略の定義についての一応の合意があったことは事実ではあるが、
依然としてその解釈や有効性については争いがある。
2010年6月11日、カンパラで開かれた国際刑事裁判所ローマ規程再検討会議において、
国連総会決議3314を下地に
規程独自の定義を盛り込んだ同規程の改正決議が採択された。
同規程の改正は2012年5月現在発効していないが、
ローマ規程の締約国(現在121カ国)に憲法上の手続きに則った批准を求める点で、
これまでの国際条約の中で最も拘束力を持つ定義となる可能性がある。(→侵略犯罪
批判
長谷川三千子は、侵略という語はヴェルサイユ条約以来
「戦争の勝者が敗者に対して自らの要求を正当化するために負わせる罪」の
レッテルとして登場した経緯があり、
国際社会において法の支配ではなく力の支配を肯定し、
国家の敵対関係をいつまでも継続させる概念であると指摘する[9]

侵略の定義に関する決議
 (しんりゃくのていぎにかんするけつぎ、国連総会決議3314、 英語
:United Nations General Assembly Resolution 3314 on the Definition of Aggression)は、
1974年12月14日に国際連合総会の第29回総会で採択された
侵略の定義に関する決議。略称は、UNGA Res.3314

侵略の定義に関する決議はその第1条で侵略を
「国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、
又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使であって、
この定義に述べられているものをいう」と定義している[1]
この定義について、最も掘り下げた議論を行った
国際刑事裁判所締約国会議侵略犯罪に関する特別作業部会では、
侵略の定義に関する決議の第1条及び第3条(侵略行為の定義)を参照して
適用する案についてその運用段階の議論が行われた。
しかし、侵略の定義に関する決議は国際連合安全保障理事会
侵略の事実の有無を認定する際の指針という性質を持つため、
公開協議の場では侵略の定義に関する決議を
直接参照することについては慎重論が根強く、
日本政府も同様の懸念を表明した(→日本の見解)。

「侵略戦争」という言葉は歴史を見る目を歪める 
『産経新聞』   iRONNA
戦争の原因をもっぱら敗戦国だけに負わせる概念として
登場したのがこの「侵略」という言葉だったのです―。
埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏が北岡氏「侵略戦争」発言の問題点を提示する。
 
「私は安倍さんに『日本は侵略した』と言ってほし い」―3月9日、
或(あ)るシンポジウムの席上で北岡伸一氏が述べたと伝えられるこの発言は、
大変な問題発言と言うべきものです。
「安倍談話」について検 討する懇談会の座長代理を務める方が、
いわば場外である公の場で自らの私見を述べる、
というマナー違反もさることながら、一番の問題は発言の内容です。

  日本が侵略戦争をしたのか否かという話を
政治の場に持ち込んではならない―これは単に、そういう問題は
歴史学者にまかせておけばよいから、というだけのこ とではありません。
もしも本当に学問的良心のある歴史学者ならば、
そんな問いには答えることができない、と突っぱねるはずです。

 なぜなら「侵略戦争」という概念そのものが
極めていい加減に成り立ったものであって、
今に至るまできちんとした定義づけがなされたためしはないからなのです

 ここで簡単に
「侵略(アグレッション)」という言葉が国際法の舞台に
登場してきた経緯を振り返ってみましょう。
今われわれが使っているような意味での「侵略(アグレッション)」という言葉が
最初に登場するのは、第一次大戦後のベルサイユ条約においてです。

  いわゆる「戦争責任(ウォー・ギルト)」条項として知られる231条には
「連合国政府はドイツおよびその同盟国の侵略により強いられた戦争の結果、
連合国政府および国民が被ったあらゆる損失と損害を生ぜしめたことに対する
ドイツおよびその同盟国の責任を確認し、ドイツはこれを認める」とあります。

 そして、このような罪状によって、ドイツには連合国の戦費すべてを負担する
全額賠償という巨額の賠償が負わされたのでした。
敗戦国だけに責任負わせる概念
  では、そのような重大な罪であるドイツの「侵略」はどんな根拠に基づいて
認定されたのかといえば、ほとんどいかなる客観的検証もなされなかった。
むしろ逆 に、前例のない巨額の賠償を根拠づけるために、降伏文書では
単なる普通の武力攻撃を意味していた「アグレッション」という語を、
重大な罪を意味する言葉 「侵略」へと読みかえてしまったのです。

 現在のわれわれは、第一次大戦がいわば誰のせいでもなく起こってしまった
戦争-各国のナショナリズムの高揚の中であれよあれよという間に
拡大してしまった大戦争だったことを知っています。

 その戦争の原因をもっぱら敗戦国だけに負わせる概念として登場したのが
この「侵略」という言葉だったのです。
こんな言葉を使ったら、歴史認識などというものが正しく語れるはずはありません。

  でも、それからすでに100年近くたっているではないか。
こんなひどい概念がそのままということはあり得ない、と言う方もあるでしょう。
確かに、第一次大戦と第二次大戦の間には不戦条約というものが成立して、
それに違反した戦争は違法な侵略戦争である、
という言い方ができるようになってはいました。

  ところが不戦条約には米国の政府公文の形で、
この条約は自衛権を制限するものではなく、各国とも
「事態が自衛のための戦争に訴えることを必要とするか否かを
独自に決定する権限をもつ」旨が記されています。
現実に個々の戦争がこれに違反するか否かを
判断するのは至難の業なのです。

  第二次大戦後のロンドン会議において、
米国代表のジャクソン判事はなんとか「侵略」を客観的に定義づけようとして、
枢軸国のみを断罪しようとするソ連と激 しく対立しますが、
最終的にはその定義づけは断念され、侵略戦争の開始、遂行を
犯罪行為とする、ということのみが定められました。
しかも、それは枢軸国の 側のみに適用されるということになったのです。
そしてその後も、この定義を明確化する国際的合意は成り立っていません。

  つまり、「侵略」という言葉は、戦争の勝者が敗者に対して
自らの要求を正当化するために負わせる罪のレッテルとして登場し、
今もその本質は変わっていないというわけなのです。
この概念が今のまま通用しているかぎり、国際社会では、
どんな無法な行為をしても、
その戦争に勝って相手に「侵略」のレッテルを
貼ってしまえばこちらのものだ、
という思想が許容されることになるといえるでしょう

  こんな言葉を、安倍晋三首相の談話のうちに

持ち込んだら大変なことになります。
首相がしきりに強調する「未来志向」ということは、
もちろん当然正しい歴史認識の上に立って、平和な未来を築いてゆくのに
役立つ談話を出したい、ということに違いない。
だとすれば、歴史を見る目を著しく歪(ゆが)めてしまうような言葉や、
国際社会において、「法の支配」ではなく「力の支配」を肯定し、
国家の敵対関係をいつまでも継続させるような概念は、
決して使ってはならないのです
国際政治がご専門の北岡さんには改めて、本来の学識者としての
良識を発揮していただきたいものです。

日本は侵略国家か iRONNA
 「朝鮮を植民地化した」と気やすく表記しますが、本当でしょうか。
正しくは合邦で、日本本国と同等としたのですが…。
 日韓関係   韓国   立林昭彦編集長
合邦を英国はどうみたか。
ちゃんと「アネクセイション」(annexation)と表記し
「植民地化」(colonization)と区別しています。
華夷秩序から朝鮮を解放し、独立させたのに「侵略」とはこれいかに?
 「日中戦争」においても日本の「侵略」などと言いますが、実際はどうだったのか。
学問こそ定義を重んずべきなのに、こと中韓相手の歴史となると「植民地」や
「侵略」の定義すら甘くなってしまう。
 学者もジャーナリズムも「歴史を鑑とせよ」などという相手国のペースに巻き込まれて、
自身の歴史認識が液状化してしまっているのです。
それとも自国の歴史的営為を宇宙人の目で見ようとしているのでしょうか。
誰かさんみたいに。

合邦と植民地は大ちがい! 大人の国・英国の歴史認識 
英語の文献では日韓合邦のことを「アネクセイション」と表現しており、
「植民地化」を意味する「コロナイゼーション」とはイメージがまったく違う。
韓国が主張する「日帝36年の植民地支配」に対し、
上智大学名誉教授、渡部昇一氏が世界史的視野から反論する。

歴史を幅広く見る目の大切さ
日本は、昭和20(1945)年8月15日、ポツダム宣言を受諾し、
連合国に降伏をしています。また、この日は「終戦の日」になっています。
 現在使われている小中学校や高校の教科書を確認してみましたが、
降伏して終戦を迎えたことが共通して記述されていました。
8月15日を「敗戦記念日」と書いている教科書はありませんでした。
  先の大戦で、日本軍の兵士や将校として戦ってきた方々や、
一国民として戦争を体験された方々から、
私はこれまでに数多くの体験談などを伺ってきました。
戦争体験者は高齢で聞き取りに猶予がないことや、社会科教師の端くれとして
歴史上の事実を知る責務があると思ったからです。
 数多くの方々から伺った限り、多くの国民は勝つことを確信し、
徹底抗戦を覚悟していたことが分かりました。
安易に勝つことよりも戦争が終わることを願っていたと断言してよいの かどうか。
当時の世論調査などの資料もないなか、「多くの国民」が願っていたと
判断してよいのかどうか。さらに疑問は深まりました。
 そのほか、「植民地支配と侵略」を反省、謝罪した「村山談話」を紹介しながら、
侵略という表現も「侵略戦争」か「侵略的行為」かなどの
議論があったことなどを指摘しています。
 「終戦」か「敗戦」か、「侵略戦争」なのか「侵略的行為」なのか。
これらの言葉や表現については、歴史的な事実とよく照合させながら
議論することは大切です。
しかし、歴史の見方や考え方は、これらを尽くすだけでよいのでしょうか。
 歴史を動かすのは、人間です。
先の大戦で戦ってきた方々や戦時下で生きた国民の思いや願いにも
目を向けながら、幅広い視点から歴史を考えるべきだと私は思うのです。
(石田成人・東京未来大非常勤講師、産経ニュース2015.2.8) 

北岡君、日本を侵略国家にする気かね
『侵略』という言葉だけは絶対に言ってはいけないと釘を刺しておいたのに…。
日中歴史共同研究座長の北岡 伸一氏が某シンポジウムで
「安倍さんには『日本は侵略した』と言ってほしい」と発言したと報道された。
助言を無視し、中国に媚びた北岡氏を東京大名誉教授の伊藤隆氏が叱る。

「賠償放棄 海外に感謝を」東京新聞 TOKYO WEB
70年談話で学者ら74人
2015年7月18日 朝刊 
安倍晋三首相が今夏発表する予定の
戦後七十年談話について、歴史学者や国際法学者、国際政治学者ら七十四人が
十七日発表した声明では、戦後日本の再出発の際に賠償の放棄などをした
「海外の諸国民への深い感謝の気持ち」を示すように求めた。
 一九三一年の満州事変から四五年までの太平洋戦争を
日本の侵略戦争と明記しない場合、
「過去への反省について関係諸国に誤解と不信が生まれる」として、
首相談話に侵略戦争と明記することも要請した。
 声明をまとめた代表の大沼保昭明治大特任教授(国際法)は
東京の日本記者クラブでの会見で、
「総理は逃げるのではなく、国際社会で共有されている日本の戦争は
残念ながら違法な侵略戦争だったと明確にすべきだ」と強調した。
 声明には同じく代表の三谷太一郎東大名誉教授(日本政治外交史)のほか、
小此木政夫慶応大名誉教授(韓国・朝鮮政治)、
毛里和子早大名誉教授(中国政治)ら学者、現代史家の半藤一利氏、
保阪正康氏らも名を連ねた。

 声明は、戦後日本の復興と繁栄は日本国民の努力だけでなく、
「講和と国交正常化に際して賠償を放棄するなど、
戦後日本の再出発のために寛大な態度を示した
諸外国の日本への理解と期待、支援によるものだった」と指摘した。

 さらに、戦後五十年の村山首相談話や、
六十年の小泉首相談話で使った
「侵略」や「植民地支配」「痛切な反省」「心からのおわび」が
継承されるべきかどうかが論議される中、
「重要な言葉が採用されなかった場合、
関係諸国に誤解と不信が生まれるのではないかと危ぐしている」とした。
学者ら74人が署名し
「戦後70年総理談話について」の題で
17日に発表した共同声明は以下の通り。

 この夏、安倍晋三総理大臣が戦後70年に際して
発表すると報道されている談話について、日本国内でも
海外でも強い関心が寄せられております。

 下記に名を連ねる私共国際法学、歴史学、国際政治学の学徒は、
日本国の一員として、また世界に共通する
法と歴史と政治の問題を学問の対象とする者として、
この談話にかかわる諸問題について多年研究に携わってまいりました。

 私共の間には、学問的立場と政治的信条において、相違があります。
しかしながら、そのような相違を超えて、私共は下記の点において
考えを同じくするものであり、それを日本国民の皆様と国政を司る方々に伝え、
また関係する諸外国の方々にも知って頂くことは、
専門家の 社会的責任であると考えるに至りました。
ここに以下の所見を明らかにする次第です。

(1)戦後70年という節目に表明される総理談話は、なによりもまず、
大多数の国民が飢餓に苦しみ、多くの都市が灰燼に帰していた
1945年の日本から、今日の平和で豊かな日本を築き上げた
先人達の努力に対して深甚な感謝の意を捧げ、
そうした日本を誤りなく次の世代 に引き渡して行くという
国政の最高責任者の意志を日本国民に示すものであるべきであります。
このことは、戦後50年、60年たると70年たるとを問わな い、
先世代と将来世代の国民に対する現世代の国民の責任であり、
この点広く社会の合意があるものと考えます。

(2)また、こうした戦後日本の復興と繁栄は
日本国民の努力のみによるものでなく、講和と国交正常化に際して
賠償を放棄するなど、戦後日本の再出発のために寛大な態度を示し、
その後も日本の安全と経済的繁栄をさまざまな形で支え、
助けてくれた諸外国の日本への理解と期待、そして支援によるものでもありました。
このことは、さまざまな研究を通して今日よく知られております。
こうした海外の諸国民への深い感謝の気持ちもまた示されるべきものと考えます。

(3)さらに、戦後の復興と繁栄をもたらした日本国民の一貫した努力は、
台湾、朝鮮の植民地化に加えて、 1931-45年の戦争が大きな誤りであり、
この戦争によって三百万人以上の日本国民とそれに数倍する
中国その他の諸外国民の犠牲を出したことへの痛切な反省に基づき、
そうした過ちを二度と犯さないという決意に基づくものでありました。
戦争で犠牲となった人々への強い贖罪感と悔恨の念が、
戦後日本の平和と 経済発展を支えた原動力だったのです。
戦後70年、80年、90年と時が経てば、こうした思いが薄れていくことは
やむを得ないことかもしれません。
しかし ながら、実にこの思いこそ、戦後の日本の平和と繁栄を支えた原点、
文字どおりの初心であり、決して忘れ去られてはならないものでありましょう。

(4)このことは、戦後50年の村山談話に含まれ、
戦後60年の小泉談話でも継承された「侵略」や「植民地支配」への
「痛切な反省」、「心からのお詫び」などの言葉を継承すべきか否かという、
世上論じられている点にかかわります。
ある特定の言葉を用いるか否かで総理の談話の善し悪しを論ずべきものでなく、
ましてや「村山談話」という特定の総理談話の個々の言葉を継承するか否かが
その後の総理談話の質を決する基準でな い、というのは多くの専門家、
そしてなによりも多くの国民が同意するところかもしれません。
しかし、いかなる言葉で語られるかは、それが国際的にも大きな影響をもつ
責任ある文書を評価する上で、どの国でもどの時代でもきわめて重要な基準です。
政治を司る者は、こうした言葉の枢要性を
誰よりも深く考える責務を負っているはずです。
このことは、歴史と法と政治を研究してきた私共が、
日本の為政者に対して特に強く申し上げたいところです。

(5)言葉の問題を含めて、「村山談話」や「小泉談話」を
「安倍談話」がいかに継承するかは、これまでの総理自身の言動も原因となって、
内外で広く論ぜられ、政治争点化しております。
このことは、国内もさることながら、中国、韓国、米国などを含む、
日本と密接な関係 をもつ国々で広く観察される現象です。
こうした状況の下では「安倍談話」において「村山談話」や「小泉談話」を構成する
重要な言葉が採用されなかった場合、その点にもっぱら国際的な注目が集まり、
総理の談話それ自体が否定的な評価を受ける可能性が高いだけでなく、
これまで首相や官房長官が談話を通じて強調してきた
過去への反省についてまで関係諸国に
誤解と不信が生まれるのではないかと危惧いたします。
安倍総理がしばしば強調される「村山談話」や「小泉談話」を
「全体として継承する」ということの意味を、具体的な言語表現によって
明らかにされるよう、強く要望するものです。

(6)以上に述べたことは、戦後70年談話が閣議決定を経ない
「総理大臣の談話」であっても変わりはありません。 
日本の内外において総理大臣は国政の最高責任者として日本を代表する立場にあり、
閣議決定の有無といった問題は、一般国民にとって、ましてや海外の諸国民にとって、
ほとんど意識されることはありません。肝心なのは談話の中身です。
70年談話がその「言葉」ゆえに国際社会で否定的に受け取られ、
その結果、過去と現在と将来の日本国民全体が不名誉な立場に置かれ、
現在と将来の日本国民が大きな不利益を被ることのないよう、
安倍総理が「談話」で用いられる「言 葉」について考え抜かれた
賢明な途をとられることを切に望むものです。

(7)日本が1931年から45年までに遂行した戦争が
国際法上違法な侵略戦争であったと認めることは、
日本国民にとって辛いことであります。
その時代、先人達は、現世代を含む他のどの時代の日本国民よりも
厳しい試練に直面し、甚大な犠牲を被りました。
そうした先人の行為が誤っていたということは、後生のわたしたちが
軽々しく断ずべきことではないかもしれません。
しかしながら、日本が侵略されたわけではなく、日本が中国や東南アジア、
真珠湾を攻撃し、三百万余の国民を犠牲とし、
その数倍に及ぶ諸国の国民を死に至らしめた戦争が
この上ない過誤であったことは、残念なが ら否定しようがありません。
そしてまた、日本が台湾や朝鮮を植民地として統治したことは、紛れもない事実です。
歴史においてどの国も過ちを犯すものであり、
日本もまたこの時期過ちを犯したことは潔く認めるべきであります。
そうした潔さこそ、国際社会において日本が道義的に評価され、
わたしたち日本国民が むしろ誇りとすべき態度であると考えます。

(8)この点に関連して、安倍総理を含む歴代の総理は、
侵略の定義は定まっていないという趣旨の国会答弁などを行っておりますが、
これは学問的には必ずしも正しい解釈とは思われません。
なによりもそうした発言は、日本が1931年から遂行した戦争が
国際法上違法な侵略戦争であったという、国際社会で確立した評価を
否定しようとしているのではないかとの疑念を生じさせるものであり、
日本に大きな不利益をもたらすもの と考えます。

 20世紀前半の国際社会は、第一次大戦の甚大な惨禍を経験して、
戦争を違法化する努力を重ねて来ました。 
1928年の不戦条約はその代表であり、日本も締約国であった同条約は
自衛以外の戦争を明確に禁止しておりました。
1931年に始まる満州事変が1928年の張作霖爆殺事件以来の
関東軍の陰謀によって引き起こされたものであったことは、
歴史学上明らかにされております。
当時の日本政府はこれを自衛権の行使 と主張しましたが、
国際連盟はその主張を受け入れませんでした。
その後の日中戦争、太平洋戦争を含めた1931-45年の戦争が
名目の如何と関係なく、そ の実質において
日本による違法な侵略戦争であったことは、国際法上も
歴史学上も国際的に評価が定着しております。

 戦後国際社会は一貫してこうした認識を維持してきたのであり、
これを否定することは、中国・韓国のみならず、
米国を含む圧倒的多数の国々に共通する認識を否定することになります。
戦後70年にわたって日本国民が営々と築き上げた日本の高い国際的評価を、
日本が遂行したかつての戦争の不正かつ違法な性格を
あいまいにすることによって無にすることがあってはならない。
これが専門研究者としての私共の考えであり、同時に 多くの日本国民が
共有する考えでもあると確信しております。

 1924年、神戸で行われた有名な大アジア主義演説において、
孫文は日本が西洋覇道の鷹犬となるか東洋王道の干城となるか、
と日本の国民に問いかけました。
私共は西洋を覇道と結び付け、東洋を王道と結び付ける孫文の見解を
必ずしもそのまま受け入れるものではありませんが、
中国が欧米列強と日本によって半ば植民地の状態にされていた
当時の状況下において、
この問いかけはまことに正鵠を得たものであったと考えます。
残念ながら日本は覇道の道を歩み、
その結果ほとんど国を滅ぼすに至りました。

 戦後日本はこのことを深い教訓として胸に刻み、世界に誇りうる
平和と繁栄の道を歩んで参りました。
日本が将来にわたってこの王道を歩み続け、戦後築き上げた
平和で経済的に繁栄し安全な社会をさらに磨きあげ、他の国への
経済・技術・文化協力を通してそれを分かち合い、国民が誇り得る
世界の範たる国であり続けて欲しいと願わずにはいられません。
私共は、歴史、国際法、国際政治の研究に携わる学徒として、
いやなによりも日本国の一員として、そう考えます。

 総理が、戦前と戦後の日本の歴史に対する世界の評価に深く思いを致し、
現在と将来の日本国民が世界のどこでもそして誰に対しても胸を張って
「これが日本の総理大臣の談話である」と引用することができる、
そうした談話を発して下さることを願ってやみません。
2015年7月17日
     
     ◇
共同声明文による賛同人一覧は以下の通り。(敬称略)
大沼保昭 (明治大特任教授 国際法)
三谷太一郎(東京大名誉教授 日本政治外交史)
吾郷真一 (立命館大特別招聘教授 国際法)
浅田正彦 (京都大教授 国際法)
浅野豊美 (早稲田大教授 日本政治外交史)
阿部浩己 (神奈川大教授 国際法)
天児慧  (早稲田大教授 現代中国論)
粟屋憲太郎(立教大名誉教授 日本近現代史)
石井寛治 (東京大名誉教授 日本経済史)
石田淳  (東京大教授 国際政治)
石田憲  (千葉大教授 国際政治史)
位田隆一 (同志社大特別客員教授 国際法)
入江昭  (ハーバード大名誉教授 アメリカ外交史)
内海愛子 (恵泉女学園大名誉教授 日本・アジア関係論)
遠藤誠治 (成蹊大教授 国際政治)
緒方貞子 (元国連難民高等弁務官 国際関係史)
小此木政夫(慶応大名誉教授 韓国・朝鮮政治)
小畑郁  (名古屋大教授 国際法)
加藤陽子 (東京大教授 日本近代史)
吉川元  (広島平和研究所教授 国際政治)
木畑洋一 (成城大教授 国際関係史)
木宮正史 (東京大教授 国際政治)
倉沢愛子 (慶応大名誉教授 東南アジア史)
黒沢文貴 (東京女子大教授 日本近代史)
黒沢満  (大阪女学院大教授 国際法)
香西茂  (京都大名誉教授 国際法)
小菅信子 (山梨学院大教授 近現代史)
後藤乾一 (早稲田大名誉教授 東南アジア近現代史)
斎藤民徒 (金城学院大教授 国際法)
佐藤哲夫 (一橋大教授 国際法)
篠原初枝 (早稲田大教授 国際関係史)
申惠丰  (青山学院大教授 国際法)
杉原高嶺 (京都大名誉教授 国際法)
杉山伸也 (慶応大名誉教授 日本経済史)
添谷芳秀 (慶応大教授 国際政治)
高原明生 (東京大教授 国際政治)
田中孝彦 (早稲田大教授 国際関係史)
田中宏  (一橋大名誉教授 日本社会論)
外村大  (東京大教授 日本近現代史)
豊田哲也 (国際教養大准教授 国際法)
中北浩爾 (一橋大教授 日本政治外交史)
中島岳志 (北海道大准教授 政治学)
中谷和弘 (東京大教授 国際法)
中見立夫 (東京外語大教授 東アジア国際関係史)
中見真理 (清泉女子大教授 国際関係思想史)
納家政嗣 (上智大特任教授 国際政治)
西海真樹 (中央大教授 国際法)
西崎文子 (東京大教授 アメリカ政治外交史)
野村浩一 (立教大名誉教授 中国近現代史)
波多野澄雄(筑波大名誉教授 日本政治外交史)
初瀬龍平 (京都女子大客員教授 国際政治)
原朗   (東京大名誉教授 日本経済史)
原彬久  (東京国際大名誉教授 国際政治)
半藤一利 (現代史家)
平野健一郎(早稲田大名誉教授 東アジア国際関係史)
広瀬和子 (上智大名誉教授 国際法)
藤原帰一 (東京大教授 国際政治)
保坂正康 (現代史家)
松井芳郎 (名古屋大名誉教授 国際法)
松浦正孝 (立教大教授 日本政治外交史)
松尾文夫 (現代史家)
松本三之介(東京大名誉教授 日本政治思想史)
真山全  (大阪大教授 国際法)
三谷博  (東京大名誉教授 日本近代史)
宮野洋一 (中央大教授 国際法)
毛里和子 (早稲田大名誉教授 中国政治)
最上敏樹 (早稲田大教授 国際法)
森山茂徳 (首都大学東京名誉教授 近代日韓関係史)
山影進  (青山学院大教授 国際関係論)
山形英郎 (名古屋大教授 国際法)
山室信一 (京都大教授 近代法政思想史)
油井大三郎(東京女子大特任教授 日米関係史)
吉田裕  (一橋大教授 日本近現代史)
和田春樹 (東京大名誉教授 歴史学)

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