慰安婦問題について、いろんな報道: #フジテレビ 「人を撃つ気分はどうだった?」と松坂桃李が95歳の元日本兵へのインタビューで厳しい質問を連発してたそうです。「玉砕の島にいたら、自分も撃つだろうか」松坂桃李さん、朝日新聞。その兵士に実戦経験があるかないかは、目の表情でわかる。

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2015年8月16日日曜日

#フジテレビ 「人を撃つ気分はどうだった?」と松坂桃李が95歳の元日本兵へのインタビューで厳しい質問を連発してたそうです。「玉砕の島にいたら、自分も撃つだろうか」松坂桃李さん、朝日新聞。その兵士に実戦経験があるかないかは、目の表情でわかる。

http://www.fujitv.co.jp/sensou_oshiete/
松坂桃李が95歳の元日本兵へのインタビューで厳しい質問を連発


松坂桃李が95歳の元日本兵へのインタビューで厳しい質問を連発
2015年8月16日 17時10分 トピックニュース
15日放送の「終戦70年ドキュメンタリー
私たちに戦争を教えてください』※動画サイト」(フジテレビ系)で、
松坂桃李が、元日本兵の男性に厳しい質問を投げかける一幕があった。
この番組では、松坂や小栗旬、有村架純、福士蒼汰、広瀬すずら
戦争を知らない若い世代が、

戦争体験者に当時の様子をインタビューしていった。
その中で、松坂はパラオのペリリュー島でアメリカ軍と戦った
元日本海軍上等兵の土田喜代一さんとともに、現地を訪れた。
ペリリュー島での戦力差は明らかで、アメリカ軍は約4万2000人に対し、
日本軍は約1万人だったそう。
日本は持久戦を展開したものの、
戦いが始まって2ヵ月後に組織的な戦闘が終結した。
しかし、土田さんはその後、2年半に渡って
仲間と一緒に洞窟に身を潜めていたという。投降したときは、
すでに終戦後だったそうだ。
番組では松坂自身による
「あの戦いを生き残るためには、自らの銃口を相手に向けていたはず。
はっきりと聞きたかった」とのナレーションが入り、
松坂による現在95歳の土田さんへのインタビューが始まった。
松坂はさっそく
「人を撃つ瞬間というのは、いくら敵とはいえ同じ人間じゃないですか?
ためらいはありましたか?」と尋ねた。
これに土田さんは、
「とにかく、ためらいはないです。
ひとりでも敵を殺してこの島を長持ちさせるのが、我々の使命だった」と明かした。
続いて松坂は
「人の命を奪う感覚というのは、
戦っていくにつれて麻痺 していきますか?」と聞くと、
土田さんは
「どうせ自分も死ぬと思っているから」と認めていた。
松坂は、
「自分たちの命の感覚が変わってしまうような、戦争は
人の命の重さを狂わすものがあるのかと
土田さんの話を聞いて思ったんですね」と漏らした。
さらに松坂は
土田さんは戦争によって命の価値観や
重さが変わってしまうと思いますか?」と質問した。
すると土田さんはうつむいて切なそうな表情を浮かべながら、
「うーん……いろいろなことがありますから、変わることがあるでしょうね」と、
声を絞り出して述べていた。
松坂がさらに
戦争という環境の中で?」と掘り下げようとすると、
土田さんは
「全部変わるとは言いませんが、ある程度(変わってし まうの)は
仕方がないんじゃないかと思います」と応じていた。
松坂が「本当に戦争は恐ろしいですね」としみじみ語ると、
土田さんは
「『せっかく人間で生まれて、嫁さんももらわずに死んでいくのかな』と
考えたときに、寂しくなったことが1回ありますね」と明かしていた。
その後、土田さんは、自身が投降した際に銃を向けなかったという
元アメリカ軍のサルバドール・グリハルバさんと対面を果たしていた。
写真・図版
http://www.asahicom.jp/articles/images/AS20150730002028_comm.jpg
朝日新聞デジタル自分も撃つだろうか」松坂桃李さん
中田絢子  2015年7月30日15時16分
■継ぐ記憶:1
 「どこも想像以上に生々しくて。
戦争は歴史じゃないぞってことを学んだ」。
俳優の松坂桃李さん(26)はうなずきながら振り返る。
特集:戦後70年
「白旗の少女、生き延びたのが罪なんて」有村架純さん
 71年前、旧日本軍が米軍と死闘を繰り広げた南洋パラオ・ペリリュー島。
この戦いから奇跡的に生還した
福岡県筑後市の土田喜代一さん(95)とともに5月末、この島を訪れた。
 むっとした熱気や突然降り注ぐスコールの中、島を巡った。
日本兵が潜伏した洞窟には排便に使われたとみられる容器がころがり、
旧司令部の建物跡には無数の弾痕が残っていた。
 海岸で、当時、敵情視察した土田さんが水平線から押し寄せる
米国の大艦隊を目にした話を聞いた。
松坂さんがその時の心境を尋ねると、土田さんはこう答えたという。
「99・9%、勝てないと思ったねえ」

 それでも旧日本軍は戦い、玉砕した。
     ◇
 記者(30)も2月と4月、パラオを訪ね、
現地入りしていた土田さんや地元の人から悲惨な戦いについて取材した。
今やダイビングスポットとして知 られる美しい島の、悲しい一面を思い知った。
松坂さんに尋ねた。「同世代と戦争について話し合うことはありますか。
私はないです」。松坂さんも「ないですねえ」。

 これまで戦争は「教科書で習った歴史の一ページ」。
それが、かつての戦場に立ち、土田さんの体験を聞いて、
「70年前の出来事との距離がすごく縮まって、本当に怖くなった。
戦争は人の命の重さを簡単に変えてしまう。感覚を狂わせてしまうんだと」。

 今は穏やかな土田さんが当時は、
どれだけ撃ったかもわからないほど引き金を引き続けたというのだ。

 松坂さんは思い切って尋ねた。
「殺してやりたい、憎いという気持ちはあったのですか」。
土田さんの答えは、「やらなかったら、やられていた」。
     ◇
 記者は4月、土田さんから
「勝っても負けてもダメなのが戦争じゃないでしょうか」と聞き、記事に書いた。
敵を撃った時の気持ちは聞けなかった。松坂さんは一歩踏み込んだ。なぜ。
 「戦争が起きたら僕は間違いなく駆り出される年代ですから、
自分に置き換えて考えると、僕は撃てないなと疑問がわいて。
でも、土田さんと同じ環境にいたら、
自分も引き金を引いてしまうかもしれないと思ったらゾッとした」

 松坂さんはこの夏公開の映画「日本のいちばん長い日」に
本土決戦を主張する陸軍将校役で出演。
今後も戦争をテーマにした作品に関わっていきたいという。

 「戦争を知っている人から当時のことを学び、それを次の世代につなげていく」。
戦争を知らない世代だからこそ、起きた事実に「歩み寄っていきたい」。
そう繰り返す言葉が、胸に刺さった。(中田絢子
     ◇
〈パラオの戦闘〉 日本の南3千キロの太平洋に浮かぶパラオ諸島は、
第1次世界大戦後から太平洋戦争敗戦までの約30年間、日本が統治。
一時は2万人以上の日本人が暮らした。
ペリリュー島では1944年9月から約2カ月間、
旧日本軍と米軍が死闘を繰り広げ、日本側約1万人が戦死した。
                    ◇
http://www.asahi.com/sns/reporter/photo/nakada_ayako.jpg
 なかだ・あやこ 1984年生まれ。
2007年入社、松山、千葉両総局を経て12年から東京社会部。 
宮内庁担当を経て、現在は国土交通省を担当。
今年4月の天皇、皇后両陛下のパラオ訪問に同行取材。
2月にも現地でかつての激戦について取材した。
     ◇
 戦後70年。日本の人口の8割が戦後生まれとなり、
戦争体験者の肉声を聞ける時間はもう長く残されていない。
節目の今夏、戦争を知らない若い世代の俳優、松坂桃李さん、
有村架純さん、小栗旬さん、福士蒼汰さん、広瀬すずさんの5人が
それぞれ体験者に会い、戦争の記憶を継いでいくドキュメンタリー
http://www.fujitv.co.jp/sensou_oshiete/)が8月15日夜、
フジテレビ系で放送される。
「私たちに戦争を教えてください」。
彼らは何を感じ、何を学ぶのか。同じ体験者やテーマを取材した経験がある
朝日新聞の5人の記者が聞いた。次回は沖縄を訪ねた有村架純さんです。 
戦い
2011年12月21カラパイア 
戦地で実際に人と争うという「戦い」は
兵士たちに大きな変化をもたらすようだ。
その変化は彼らの表情を見てみるとわかるという
オランダのフォトグラ ファー、クレア・フェリシエは、
自らの息子がオランダ海兵隊所属していることから、
オランダ海兵隊の若い兵士たちの、
戦地に赴く前・戦地・帰任後の顔の変化がわかる写真を撮影した。
ソース:Portraits of Soldiers Before, During, and After War
 撮影時期は2009年から2010年、
アフガニスタン南部ウルズガンに赴任する前と、
戦地にて前線に立っている真っ最中と、
任務を終えた後の2年間に渡る顔の変化をとらえたもの。
人間はその生き様が顔に刻まれ歴史となると言われているが、
兵士たちも実戦を戦い抜いた前と後では
かなりその表情に変化があるようだ。

 また、クレア・フェリシエの公式サイトでは、武装した若い兵士と、

いつも肌身離さずもっている彼らのお守りの写真も見ることができる。
重厚な装備で身を 包み屈強見える彼らも、
戦地での精神状態は常にギリギリ状態で、心の拠り所となるものを
常に身に付けることで心の安定を図っているのかもしれない。  

第二次世界大戦に参加した世界の女性兵士たちの画像特集 
女性が戦場で兵士として活躍したのは第二次世界大戦頃からと言われている。
アメリカでは、1940年頃から、陸軍婦人部隊が採用されており、
イギリスは第 二次大戦当時、女性を徴兵した唯一の国であった
主に後方支援や看護の分野であったが、

ソ連では、ロシア革命当初の干渉戦から女性兵士が積極的に採用されており、
こちらは一線勤務であったそうだ。
http://media-cache-ak0.pinimg.com/736x/a7/c0/39/a7c0390b52b8300121c759642a6e46e6.jpg
特に女性狙撃手が数多く登用され、中でもリュドミラ・パヴリチェンコは、
確認戦果309名射殺という傑出した成 績を残した
史上最高の女性スナイパーだったという。 

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