慰安婦問題について、いろんな報道: 新組織、文書で「神戸山口組」周知 「山菱」も使用 拠点は淡路市の侠友会本部か。溝口敦が斬る 山口組内乱の実相。その他、関連。

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2015年9月7日月曜日

新組織、文書で「神戸山口組」周知 「山菱」も使用 拠点は淡路市の侠友会本部か。溝口敦が斬る 山口組内乱の実相。その他、関連。

2015.9.7 21:09更新 【山口組分裂】産経ニュース
新組織、文書で「神戸山口組」周知
「山菱」も使用 拠点は淡路市の侠友会本部か
指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の分裂問題で、
離脱した組長らが設立した新組織が、
設立を周知する文書を出していたことが7日、
捜査関係者への取材で分かった。

大阪府警は同日、暴力団担当者らを集めた臨時会議を開き、
分裂を機に取り締まりを徹底するよう指示した。

なぜ淡路島に…事務所の周辺に学校なし、条例を免れる目的か
 捜査関係者によると、文書では新組織を「神戸山口組」と名乗り、
組長には山健組(神戸市中央区)の井上邦雄組長の名を記載。
山口組が使用する「山」の文字を菱(ひし)形にあしらった「山菱」もそのまま使った。
 また、神戸山口組が、拠点を
兵庫県淡路市の侠友会本部に置くとみられることも判明した。
同県暴力団排除条例では、
学校周辺などでの組事務所の新規運営を禁じているが、
侠友会の事務所周辺には学校などがなく、条例適用を免れる意図があるとみられる。
  神戸山口組は、井上組長のほか、
副組長に宅見組(大阪市中央区)の入江禎(ただし)組長、
若頭に侠友会の寺岡修会長ら山口組から絶縁・破門処分を受けた 
13団体の組長に、山健組傘下の別の幹部を加えた
計14人が中核を担うとみられる。
山健組の組長は、井上組長から傘下団体の幹部に交代した。
一方、大阪府警の臨時会議では、南野伸一刑事部長が
「分裂を好機と捉え、暴力団の弱体化と壊滅に向けた
取り締まりを徹底してほしい」と訓示。
一般人が巻き添えとなる抗争事件を未然に防ぐため、
組事務所などに対する警戒活動を強化するよう求めた。
 
山口組離脱の山健組に幹部集結、結束アピール
(04日18:09) TBS News-i
山口組が出した破門状と絶縁状に名前を書かれた組長たちが、
今回、山口組を離脱して新団体を立ち上げるとみられています。
このうち、最大組織の山健組の本部に幹部たちが集まり、
結束をアピールしました。

JNNが入手した山口組からの絶縁状と破門状のコピーには、
組へ復帰できないとされる絶縁5人、

復帰の可能性を残す破門8人の組長の名前が記されていて、
山菱の紋の下に「六代目山口組総本部」とあります。
  絶縁処分の中には地元・神戸の山健組・井上邦雄組長(67)の名前も。
これまで山口組内部の主要ポストを担ってきた山健組。
5代目、先代の山口組組長は、 
山健組から渡辺芳則組長が就任していました。
しかし、2005年、名古屋の弘道会出身の司忍こと
篠田建市組長(73)が6代目に就任して以降、
弘道会支配 が強まったことが、
今回、山健組が山口組離脱に動いた要因とされます。
 警察や関係者によりますと、山健組は午前11時から

関連施設で幹部会を開催。関係者からは、
事前にマスコミを集めたいという意向が伝えられていました。
現在の井上組長が今後、新団体のトップに就任する見込みで、
結束をアピールする狙いがあったとみられています。
 警察は引き続き、抗争や突発的な衝突を警戒しています。


溝口敦が斬る 山口組内乱の実相   WEDGE REPORT
2015年09月04日(Fri)  2 3
溝口 敦 (ノンフィクション作家、ジャーナリスト)
山口組が8月末に分裂した。
山口組としては31年前、一和会(山本広会長)が離反、分裂して以来のことである。
 山口組本家(本部・神戸市)は70人余の直系組長を擁していたが、
今回の分裂劇ではそのうち13人が叛旗を翻し、「神戸山口組」を別に立てた。
反乱軍には組内最多の組員数を誇る
山健組・井上邦雄組長(山口組の若頭補佐だった)、
長らく山口組で総本部長を務めた宅見組・入江禎組長、
かつて若頭補佐だった侠友会・寺岡修会長などの
有名ヤクザが含まれている
(山口組は8月27日、これら13人を絶縁・破門処分にした)。

「俺んとこは水屋でも雑貨屋でもない」
カネ集めの激しい六代目

 袂を分かった主な理由は
今の六代目山口組が行っているカネ集めの激しさにある。
直系組長たちは毎月約100万円を月会費名目で本部に納めている。
その他、本部によるミネラルウオーターや日用品の半強制的な押し付け販売もあり、
直系組長である以上、最低でも毎月50万円は買うことになっている。
たとえばミネラルウォーターである。
1ケース24本入りが3120円(1本が130円の計算になる)、
これを最低でも10ケースは買うという縛りを掛けていた。
つまり毎月240本以上のペットボトルが各直系組に送られてくる。
小売り店が仕入れるほどの量でありながら、
なぜか値段は自販機並みに高い。 
直系組は組事務所に積み上がる水や雑貨の段ボール箱に
「俺んとこは水屋でも雑貨屋でもない」と嘆息することになったわけだ。
 山口組本部には直系組長たちが差し出す会費だけで毎月約7000万円が集まった。
このうち約3000万円が月々、六代目司忍組長に渡っていたとさ れる。
年間にすれば3億6000万円。
その他、直系組長たちが拠出して中元や歳暮の時期、
また司組長の誕生日祝いなどで各1億円ぐらいを集めて、
司組長には年6億円ぐらいを渡していたらしい。
また司組長は友好団体のうち双愛会、共政会、福博会、東亜会を後見し、
これら団体からも中元や歳暮の時期に現金を贈られているようだ。
なんやかやで年間10億円前後を集金していると見られる。
 こうした収入は正確に税務申告され、納税されているのか。
実は神戸山口組側の奥の手として、
警察や税務署に対する証言の提供があるとされる
どれほどデータ的に裏付けできるのか疑問だが、
少なくとも司組長の収入を熟知する立場にいたのは
かつての山口組総本部長・入江禎氏だった。
入江氏は前記したよ うに神戸山口組に移っているから、
司組長に遠慮する必要はないことになる。

今年6月、福岡県警は北九州市を牛耳る工藤會・野村悟総裁を

所得税法違反容疑で逮捕した。
工藤會では月に約2000万円の会費が集められ、その4分の1、
約500万円が野村総裁側に渡されていたという(年額では6000万円)。
一昨年までの4年間に約2億2000万円が渡り、
おおよそ8800万円を 脱税したとして、野村総裁は逮捕された。
 脱税による暴力団トップの逮捕は警察にとっては大金星である。
警察庁は「福岡でやれたことがよそでやれないわけがない。
脱税でトップを挙げろ」と 全国の警察に号令を掛けた。
司組長の収入は野村悟総裁のより一ケタ違う。
兵庫県警や大阪府警、愛知県警が
神戸山口組側から提供される情報に飛びつき、
「司組長を所得税法違反で逮捕」を狙うと予測するのは
必ずしも妄想ではない。
3代連続で名古屋系の組長が続く
分裂のもう1つの理由は弘道会による長期的な人事の壟断である。
司忍組長--髙山清司若頭(東京・府中刑務所で服役中)
--竹内照明若頭補佐という世代を異にする3人の弘道会出身者が
今後3代に渡って山口組組長の椅子を独占する構えにあるらしい。
 つまり髙山若頭の服役で山口組の若頭は実質的に空席であるため、
近々竹内若頭補佐を若頭に据える動きがある。
組長への道は若頭からというコースがふつうだから、
六代目山口組組長が今の司氏、
次の七代目が4〜5年後刑務所を出所することになる髙山氏、
八代目が竹内氏というのはさほど突飛な観測ではな い。
 阪神地域の直系組長たちが、「山口組は神戸で発祥し、神戸で大を成した。
弘道会による今後3代にわたる組長独占は神戸の山口組を
名古屋の山口組に変質させてしまう」
という危機感を持ったとしても不思議ではなかろう。
 9月1日、山口組本部に直系組長たちを集めた定例会が開かれた。
出席した直系組長の中にはもともと神戸山口組への
移籍が確実視されている者も含まれ、明らかに従来の山口組が
神戸山口組の切り崩しに成功したケースと見て間違いない。
しかし、この日参加した直系組長たちが1カ月後、2カ月後、
山口組を動かないかどうかは誰にも予測できない。
総じて暴力団世界では組を割って出た側が抗争に敗れる例が多い。
山口組・一和会抗争では一和会が解散し、
山本広会長が引退することで抗争が終結した。
道仁会を出た九州誠道会も数年に渡る道仁会との激しい抗争の果て、
最後は九州誠道会が解散することで抗争は終結した
(が、その後浪川睦会という後身団体ができた)。
 今回も山口組を割って出た神戸山口組の方が不利と一応はいえそうだが、
そうとも言い切れない要素がいくつかある。
 1つは抗争すれば、民法や暴対法の「組長の使用者責任」や、
組織犯罪処罰法違反(組織的殺人など)で
実行犯の組員ばかりか組長も逮捕され、あるいは
損害賠償を求められる危険があるからだ。
そのため法がまだ整備されていなかった
山口組・一和会抗争時代とは異なり、両派の上層部は
表向き抗争をやりたがらない。
 2つ目は今回の分裂劇の特殊性である。
普通は組を割って出た側が暴力団業界で孤立を余儀なくされる。
所属していた組の親分から親子、あるいは舎弟 の盃を受けながら、
組を割って出るのはいわゆる「逆盃」であり、
親分絶対の暴力団世界では認めにくい。
しかし、他団体が見て、どちらが山口組らしい組織かといえば、
弘道会支配の山口組より神戸山口組の方だろう。

田岡一雄三代目組長時代のように戻す
 また神戸山口組も暴力団世界で孤立しないよう、
すでに他団体に対して根回しに動いている。
そうでなくても侠友会・寺岡修会長は侠道会(尾道市)池澤望と
五分の兄弟分、山健組・井上邦雄組長は
浪川睦会(福岡県)浪川政浩会長と兄弟分、
かつては住吉会・加藤英幸総本部長(幸平一家総長、
東京)と兄弟分の関係だったなど、他団体と親しい関係を続けている。
すでに神戸山口組には、所属団体を飛び出して神戸山口組に加わるとか、
今まで通りの交際を約束するとか、
他団体も比較的友好的に対応している気配がある。
神戸山口組は他団体の支援も受け、長期の抗争に耐えられるかもしれない。
 神戸山口組に移ったかつての山口組直系組長がいう。
 「今の山口組がやることは殺気立っている。
たとえば福井の川内組・根本辰男組長が辞任を申し出ると、
組事務所の所有名義を息子の名前にしているのが気に入らないと、
罪過もないのに根本組長を破門して外に放り出し、
組事務所を取り上げようとした。
 とげとげしいだけの山口組が後5年もつかどうか分からない。
われわれは山口組をなくすわけにいかないので立ち上がった。
願いは、田岡一雄三代目組長時代のように和気藹々とした組に戻すことです」
 いずれにしろここ1〜2カ月の間に両派の色分けが確定して、
角突き合いが始まる。全国の繁華街では両派がシノギをめぐってぶつかり合い、
経済戦から喧嘩出入り、抗争へと拡大しかねない。
山口組は内乱の時代に入ったといえる。
亡くなった中西一男・山口組最高顧問の通夜に訪れた山口組五代目、
渡辺芳則組長(中央)=2003年9月3日
 
2015.9.4 14:00更新  【iRONNA産経ニュース
須田慎一郎が語る山口組分裂劇
5代目体制からくすぶる利権争いの構図とは…
今回の山口組の分裂劇は、
ここにきて急に起こった話ではなく、
渡辺芳則組長の5代目体制からくすぶっていた話だ。
5代目体制は、1989年に4代目 山口組若頭から就任した渡辺組長と、
ナンバー2の宅見勝という車の両輪で組織運営が行われていた。
ただ、実際は宅見が仕切っているのが実態で、しのぎ(経 済活動)に関しては、
渡辺組長がなかなか直接的に手が出せない状況があり、
渡辺組長の出身母体である山健組も苦々しく、
というか不安に思っていた部分もあったと思う。 
結果的に、その5代目体制の時に名古屋の中部国際空港の建設があり、
本来であるならば組織を挙げて利権に食いこむということをやっていくところを
山口組の第2次団体、弘道会が宅見に要請し、
ここは弘道会に仕切らせろという動きが実はあって、
結果的に宅見若頭はそれを認めて、弘道会が前面に出る形で仕切るという
格好になってしまった。それは2000億円近いしのぎになる大型案件だった。
それでおさまればよかったのだが、弘道会が山口組のなかで、
独自にしのぎを どんどん拡大していくことに対して、
本流を意識する山健組、というよりも神戸サイドが
「勝手にやりやがって」ということで、不満を募らせていったという経緯がある。

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【山口組分裂】幹部ら神戸の総本部集結「定例会」 「絶縁」「破門」…厳戒
山口組総本部=神戸市灘区篠原本町
山口組総本部=神戸市灘区篠原本町
山口組総本部に入る組員を乗せた乗用車=27日、神戸市灘区篠原本町
口組の宅見勝若頭が射殺された現場を調べる捜査員ら
 =平成9年8月28日、神戸市中央区
2015.8.29 12:00更新 2 3 4 5 6 7産経WEST
【山口組分裂・緊急再掲】
バブルに乗じて東京進出
山口組若頭・宅見勝の生き様とは
※この記事は2014年9月6日に
「【ニッポンの分岐点】暴力団(2)経済ヤクザ 企業に寄生したバブルの寵児」
としてMSN産経ニュースに掲載されたものです。
 昭和の終わりから平成の初頭の一時期、
日本中はバブル景気に沸き返った。
この時代に「経済ヤクザ」と称された
山口組若頭の宅見勝(宅見組組長)らが暗躍した。
暴力団は裏社会から表経済に進出し、地上げや株取引などで資産を増やし
組織を拡大していった。
経済ヤクザを表経済に引き込んだのは、世間に名を知られた
銀行や不動産会社など一流企業群だった。

日経新聞でネタ探し
 「こないもらえるんか」
 段ボール10箱に入った現金を見て、宅見組組員は驚いた。

現金は1箱に1億円ずつ詰め込まれ、総額10億円の大金だったからだ。
宅見と付き合いがあった関東在住の企業経営者にとって、
今でも印象に残る出来事だ。 
 昭和の終わりごろ、ある大手銀行のトラブルに介入した宅見組が
銀行側の代理人と都内で交渉するにあたり、組員は宅見から
「強気の交渉してこいや」と指示を受けていた。
組員は交渉の場で相手に指を1本立てたが、
「せいぜい1千万か1億か」と思っていたところ、
届けられ たのが10億円だったと知り驚愕(きょうがく)した。
急遽(きゅうきょ)、レンタカーで大阪へ運んだが、
現金の重みでカーブでは車のバランスが崩れるなど運転に苦労し た。
経営者は「まだ大阪までバブルの恩恵が及んでいなかった時期。
東京の桁違いの羽振りの良さを宅見組長は実感した」と振り返る。
10億円を受け取ると、 宅見には東京進出という野望に火が付いた。
 宅見は山口組内で4代目の竹中正久や

5代目の渡辺芳則の組長就任に向け、多数派工作に動くなど
中心的な役割を果たし存在感を発揮。
5代目体制ではナンバー2の若頭に上り詰めた。

 宅見の力の源泉は豊富な資金力だった。

暴力団関係者によると、
「日経新聞を読んでシノギ(資金源)のネタを探さな あかん。
これからは税金を払うような稼業が必要や」と組員に助言していたという。
暴力団と密接な関係を持ち資金提供などを行う
フロント企業(企業舎弟)を傘下に置き、検事出身の弁護士や
仕手グループなど豊富な人脈もあり、
バブル経済で最も成功した暴力団の一人となった。 

土地と株で存在感

 日本がバブル景気に突入する前、米国は巨額の貿易赤字を抱え、
いらだちを強めていた。貿易赤字の原因となるドル高を是正しようと、
日本を含めた先進5カ国が昭和60年9月にプラザ合意を締結。
それに伴い急激に円高が進み、
日本では自動車などの輸出産業が打撃を受け、 
内需拡大に活路を見いださざるを得なくなった。
 何とか景気を刺激しようと、日銀は公定歩合を断続的に引き下げた。

銀行から融資を受けやすくなった企業の中には、
設備投資だけでなく、土地価格が急速に上がったことに目を付け、
財テク目的の土地売買にのめり込むところも現れた。 

 「コンプライアンス(法令順守)の意識が乏しかった時代。

土地をまとめるのに裁判なら時間がかかるので、
手っ取り早く地上げする裏社会に頼んだ不動産会社もあった」。
旧第一勧業銀行出身の作家、江上剛(60)はそう話す。
地価は日々刻々と上昇しており、時間をロスすれば土地購入の経費が増える。
短時間で複雑な権利関係の土地をまとめる上で暴力団の力が役立ったのだ。
暴力団は地上げなどで手にした資金を株取引で
マネーロンダリング(資金洗浄)しながら、さらに資産を増やしてい く。
平成2年には繊維製品大手「クラボウ」の株を、
宅見組系の不動産会社が買い占め、事実上の筆頭株主となった。
その後、売却益などで多額の資金が宅見側に流れたとみられている。
そのころから山口組の東京進出も本格化した。

 日弁連の元民事介入暴力(民暴)対策委員会委員長を務めた

弁護士の篠崎芳明(73)は
「暴力団側は警察に捕まる危険がある従来の違法なシノギより、
大企業に寄生し利益を横取りした方がはるかに安全だった」と振り返る。

欠如した企業モラル
 だが、地価高騰を抑えようと公定歩合引き上げや、

不動産融資の総量規制が実施されると、不動産価格と株価は急落。 
3年にバブル景気は崩壊し、金融機関は巨額の不良債権を抱えた。
同時期に野村証券、日興証券と、指定暴力団稲川会元会長、
石井進との取引が発覚。
石井らは 東急電鉄の発行済み株式数の2%強まで買い進め、
株を担保に両証券系列の金融会社から
360億円の融資を受けたことも判明した。  
戦後最大級の経済事件「イトマン事件」など
企業不祥事がその後も相次いで明るみに出た。
銀行のずさんな審査による 融資も事件の背景にあった。
「利益重視の企業は暴力団を反社会的存在と知りながら近づいた。
便利な存在で、うまく付き合えばよいといった
企業モラルの欠如が顕著だった」と篠崎は批判する。
 銀行などが不良債権の回収などを進めるなか、

5年の阪和銀行(経営破綻後に解散)副頭取射殺事件や
6年の住友銀行(現・三井住友銀行)名古屋支店長射殺事件など
企業側を震え上がらせる事件が相次いだ。
暴力団の関与も疑われたが、この2件は未解決のまま時効を迎えた。
 江上は「事件の解決が見えないなか、企業は暴力団による

『企業対象暴力』に恐れをなした」と指摘する。
当時を知る警視庁関係者は
「バブル経済の不祥事で企業経営者を逮捕などして責任追及できたが、
甘い汁を吸った暴力団の上層部まで切り込めなかった」
と後悔の思いを口にする。
 だが、バブルの寵児(ちょうじ)ともいえた宅見は警察の追及は逃れたものの、

9年8月28日に神戸市内のホテルの喫茶店で他の最高幹部らと談笑中、
61歳で射殺される。
宅見に不満を持つ同じ山口組の中野会系組員による犯行だった。
 山口組で唯一の顧問弁護士を務める山之内幸夫(68)は

「(山口組と一和会による)山一抗争で暴力性を批判されたことに加え、
バブル時代に民間の利権の中に
シノギの手を広げたことも反発を強めた」と話し、
経済ヤクザの台頭が暴力団に対する世間の意識を変えたと指摘する。
暴力団の資金源を締め上げようと、
バブル崩壊後の4年に暴力団対策法が施行され、
これによって組を離脱する組員が続出した。
それ以降、暴力団は地下に潜行して活動する傾向が強まっていく。
=敬称略(太田明広) 
【用語解説】バブル景気  昭和60年のプラザ合意で急激な円高が進み、
内需拡大のため日銀による金融緩和が進められた結果、
土地や株への投機が過熱した。
土地価格や株価が高騰し、 平成元年に日経平均株価が
3万8915円の過去最高値を記録。
しかし、不動産融資の総量規制が実施されるなどして投機熱が冷めると、
土地や株の資産価格は 急激に下落、
昭和61年から始まったバブル景気は約4年で崩壊した。 
iRONNA編集部
日本最大勢力の暴力団、山口組が事実上分裂した。
警察当局によると、
山口組傘下の有力団体「山健組」や「宅見組」など 
13団体の組長が「絶縁」や「破門」の処分を受け、
離脱が決定的となった。
山口組でいま何が起きているのか。
抗争事件への発展はあるのか。仁義なき分裂騒 動の真相に迫る。

宮崎学が解き明かす山口組分裂の全真相
山口組にとって「分裂」はイコール「抗争」である。 宮崎学
作家・評論家で暴力団事情に詳しい宮崎学が
山口組分裂の全真相を解き明かす。

「山一抗争」再び、名古屋VS大阪の代理戦争
25人の死者を出した「山一抗争」は再び起きるのか。 須田慎一郎
緊張感高まる山口組の分裂劇に
ジャーナリストの須田慎一郎が迫る。

「仁義なき戦い」広島代理戦争の真実
今年で創立百年を迎えた巨大組織「山口組」。
誕生から全国制覇への激闘の軌跡を三代目自身が語りつくした
『完本 山口組三代目 田岡一雄自伝』
「第三部 仁義篇」から広島代理戦争の項を抜粋する。
山口組3代目、田岡一雄は「ヤクザを超えた男」なのか
先見性はカミソリのように鋭く、行動力は旺盛で、
また活動範囲は一般人よりはるかに広い―。
山口組三代目組長、田岡一雄という人物をどう捉えるか。
暴力団に詳しい作家の猪野健治が分析する。 徳間書店

司忍・六代目山口組組長が語っていた「弘道会の強さの秘密」
司忍・六代目山口組組長、高山清司・若頭を輩出した組織としても
名高い名古屋の「弘道会」。
ジャーナリストの溝口敦氏は1988年に司忍組長をインタビューした際、
彼が語っていた弘道会の強さの秘密について、こう紹介している。

名古屋繁華街の飲食店をまとめあげた山口組若頭の「経営手腕」
山口組の歴史上初めて同一組織で、
「非関西」出身者がナンバー1、2に就いた出身母体、名古屋「弘道会」。
溝口敦氏の著書『抗争』には、弘道会が名古屋で力を持った背景に
高山の手腕があるとの地元組長の証言が紹介されている。 NEWSポストセブン

山口組分裂 資金源めぐる抗争危惧 切り崩し工作や情報戦を展開
産経新聞 8月29日(土)7時55分配信 Yahoo!ニュース
事実上の分裂状態となった国内最大の指定暴力団山口組(神戸市)をめぐり、
執行部と離脱グループの間で切り崩し工作や情報戦が展開されている。
離脱グルー プは新組織を結成する方針で、
今後は双方の間で資金源獲得活動(シノギ)でのトラブルから
対立抗争事件の発生も危惧される。
警察幹部は「ふたを開けてみな いと分からない。
開けても分からないかも」と話しており、
警察当局は情報収集を強化している。
 離脱グループの中核は山口組5代目の渡辺芳則組長(故人)の

出身母体の山健組(同市)で、数千人の構成員らを抱える。
6代目の篠田建市(通称・司忍)組長を出した弘道会(名古屋市)と並び、
山口組内では長年にわたり2大派閥と称されてきた。
山口組内では最近、総本部を神戸市から弘道会の本拠である
名古屋 市に移すとの話が浮上。
警察当局ではこうした動きに対する反発が分裂につながったとみている。
 ◆親分裁定なくなる
 分裂はどのような影響をもたらすのだろうか。

日本中がバブル経済を謳歌(おうか)していたころは暴力団社会も同様で、
不動産や金融など表社会のビジネスにも進出していた。
その後、バブルが崩壊し、山口組内の有力組織間で
資金源をめぐる衝突が増加していった。
  山健組は5代目組長時代、最大勢力として人事や資金源獲得活動で
優遇されてきたが、平成17年7月に6代目体制となると、
弘道会が優遇されるようになり、
山健組内には不満を募らせる幹部が多くなっていったという。
 山口組系幹部は、

「かつて山健組と弘道会の間でシノギがぶつかっても、
その時の組長の裁定で穏便に解決していた。
当然、5代目時代は山健組に有利に。
6代目になればその逆だ」と内情を明かす。
しかし、「山口組が割れれば、親分裁定がなくなる。
ぶつかったシノギをめぐり抗争になる可能性がないとはいえな い」と話す。
 ◆「主戦場は東京」
 表社会と同様に暴力団関係者の間でも、

最も大きな資金を獲得できるのは東京とされている。
捜査幹部は「バブル以降、
関西から続々と暴力団関係者が東京に向かった。
賭博や違法薬物の売買といった伝統的な資金の獲得が目的ではなく、
表経済に入り込むのが目的。
彼らはビジネスマンそのものだった。
今もそれは変 わらない。主戦場は東京だ」と指摘する。
 首都圏で活動している指定暴力団幹部は

「このご時世、譲れないシノギがあるとはいえ、警察の取り締まりは厳しく、
対立抗争事件を起こせばその代償は大き い。
山口組内では現在、ケンカでなく内部で切り崩し工作を進めることで
今回の騒動を収束させる動きがある。
山口組の騒動がどのようになっていくのか静観している」と話す。
 警察当局は、街中で拳銃が発砲されるような対立抗争事件によって

一般市民に危害が及ぶことに最も警戒を強めており、
警察庁幹部は「偶発的なものも含め、
対立抗争事件は起こさせてはならない」と緊張感を高めている。
 しかし、山口組系幹部は「組を出ていったグループがいて、

『はい、そうですか』では済まない。
見せしめのような、抗争のための抗争が起きないとは言い切れない」
と不気味な見通しを示している。 

2015.8.29 05:00更新 山口組分裂
離脱組長ら警察当局に新組織設立を伝達 組織名「神戸山口組」などを検討

山口組組長ら狙撃事件、抗争事件を封じ込めるため、警戒にあたる大阪府警の機動隊員(1985年1月)
山口組組長ら狙撃事件、抗争事件を封じ込めるため、
警戒にあたる大阪府警の機動隊員(1985年1月)

2015.8.28 12:55更新 【山口組分裂・緊急再掲】 山口組分裂
山口組4代目組長射殺事件(上)病院に組員ら300人
※この記事は、2011年10月11日に
「【関西事件史】山口組4代目組長射殺事件(上)病院に組員ら300人」
「菱(ひし)が割れるぞ。本格的に、だ」。
日本最大の暴力団・山口組の分裂が確定的となり、
大阪府警の捜査幹部は27日、険しい表情でこう語った。
「菱」とは、菱形の中に「山」を描いた山口組の代紋のことだ。
 神戸市灘区の閑静な住宅街の一角は、
27日朝から異様な緊張感が漂っていた。
高さ約5メートルの厚い鉄のシャッターが下ろされた山口組総本部前に
兵庫県警の捜査員や報道陣が詰めかけた。
 大阪、名古屋、岡山
…他府県ナンバーの高級車が次々と到着するたびに
総本部のシャッターが上がった。
 山口組の分裂情報が飛び交う中で、捜査員の一人は
「目立った動きがない。どうなっているのか」
と眉間にしわを寄せ、動向を注視していた。
 捜査関係者によると、山口組の直系組織74団体のうち、
10団体以上が離脱するとみられている。
山健組など多くが関西拠点の組織だ。
 兵庫県警の捜査幹部は
「今のヤクザの世界には仁義も何もない。
頭の中にあるのはカネだ」と語る。
内部では上納金などカネの使途が不明朗といった批判もあったとされる。
「名古屋に重きを置いた体制を敷く6代目に反発する者が、
我慢の限界を超えたということだろう」。
大阪府警の捜査幹部は分裂の背景に
「名古屋支配」への不満が鬱積(うっせき)していたとの見方を示した。

  名古屋とは、山口組2次団体・弘道会のことだ。
神戸を本拠とする山口組では代々、関西を地盤とする最高幹部が
運営の実権を握ってきた。
だが、平成17年7 月に篠田建市組長が6代目に就任し、
出身母体の弘道会から高山清司受刑者を若頭に登用。
山口組の歴史上初めて同一組織で、
さらに「非関西」の出身者がナン バー1、2に就いた。

 山口組は戦前、神戸の一暴力団組織にすぎなかったが、
終戦直後に田岡一雄組長が3代目に就任すると、
全国進出を本格化させ、勢力を拡大した経緯がある。
 「山口組は神戸発祥だが、名古屋に軸を移すという話も出ていたと聞く」。
大阪府警の捜査幹部は現状をこう分析し、
「脱退派への切り崩し攻勢は強まるだろう」と今後の展開を懸念する。
 兵庫、大阪両府県警は、
離脱組も「山口組」名乗る方針
2015年8月27日21時21分
国内最大の指定暴力団山口組(直系組長72人)が分裂することが
警察当局への取材でわかった。
篠田建市(通称・司忍)組長(73)の出身母体である 
弘道会(名古屋市)に近い組織は残り、
前の5代目組長(故人)の出身母体の山健組(神戸市)に近い組織が離脱する。
警察当局は双方が衝突する恐れがないか、動向を注視している。
山口組が分裂へ 前組長出身母体など離脱 抗争警戒
特集:山口組
 警察庁によると、
山口組の2014年末時点の組員は44都道府県に計1万300人。
準構成員らを含めると2万3400人で、
全国の暴力団関係者の43・7%を占めている。
 捜査関係者によると、離脱するのは山健組宅見組(大阪市)、
俠友会(兵庫県淡路市)など関西の組織が中心で、10団体を超える見通し。
山健組は山口組内の最大組織で、2千人の組員がいる。
離脱する組は「山口組」の名前をつけた新組織を結成する方針。
 神戸市灘区の山口組総本部では27日、緊急の執行部会が開かれ、
山健組や宅見組など複数の組が欠席。
山口組側は欠席したり、離脱の意向を示したりしている
計13団体をこの日、絶縁や破門の処分とした。
 捜査関係者によると、組長とナンバー2の若頭を
弘道会出身者が占める05年以降の現体制では、
方針に従わなかったり、会費の納入が困難になったりした
多数の直系組長が処分され、解散する組が相次いだ。
 組ごとの雑貨の購入義務や、
総本部と名古屋市の組長宅に詰める制度の負担など、
古株の直系組長らの間では現体制の組織運営に不満が募っていたという。
最近、総本部を名古屋市に移す動きがあり、
この方針への反発が分裂につながったと警察当局はみている。
 山口組をめぐっては1985~87年、跡目争いに端を発した
一和会との「山一抗争」と呼ばれる大規模な分裂騒動があった。
暴力団関係者25人が死亡し、約70人が負傷。
抗争終結から数年後まで騒動は続き、
複数の市民や警察官が巻き込まれて負傷した。

山口組が分裂へ前組長出身母体など離脱 抗争警戒
2015年8月27日15時00分
国内最大の指定暴力団山口組(直系組長72人)が
分裂することが警察当局への取材でわかった。
篠田建市(通称・司忍)組長(73)の出身母体である

弘道会(名古屋市)に近い組織は残り、
前の5代目組長(故人)の出身母体の山健組(神戸市)に近い組織が離脱する。
警察当局は双方が衝突する恐れがないか、動向を注視している。 
警察庁によると、
2014年末時点の山口組の組員は44都道府県に計1万300人。
準構成員らを含めると2万3400人で、
全国の暴力団関係者の43・7%を占めている。
 捜査関係者によると、離脱するのは山健組、宅見組(大阪市)、
俠友会(兵庫県淡路市)など関西の組織が中心で、10を超える見通し。
山健組は山口組内の最大組織で、2千人の組員がいる。
 神戸市灘区の山口組総本部で27日、緊急の執行部会が開かれ、
山健組など複数の組が欠席した。
離脱する組は新組織を結成する方針という。
 捜査関係者によると、組長とナンバー2の若頭を弘道会出身者が占める
05年以降の現体制に対し、
古株の直系組長らの間で以前から不満がくすぶっていた。
大量の直系組長が処分され、解散する組も相次いだほか、
組ごとの雑貨の購入義務や会費の支払いをめぐり、反発が強まっていたという。
 山口組をめぐっては、1985~87年に「山一抗争」と呼ばれる
大規模な分裂騒動があった。
暴力団関係者25人が死亡し、約70人が負傷した。

2015.8.27 15:41更新 2
産経WEST山口組、分裂へ
十数団体脱退し新組織か 
結成100年の節目に内部対立表面化
日本最大の指定暴力団山口組(神戸市)が
分裂する可能性が高いことが27日、捜査関係者への取材で分かった。
複数の有力直系(2次)団体が山口組から脱退し、新たな組織を立ち上げる模様だ。
兵庫県警や大阪府警など警察当局は情報収集を進めるとともに、
分裂に伴って抗争に発展する恐れもあるとみて、警戒を強めている。

過去に分裂「山一抗争」…当局も動向を注視
 山口組は今年結成から100年となるが、
節目に組織内の対立が表面化した格好。
現在の篠田建市(通称・司忍)6代目組長に反発するグループが
山口組を離脱するとみられ、捜査関係者によると、十数団体が離脱する方向という。
 27日午前には、神戸市灘区の山口組総本部で緊急の執行部会が招集されたが、
捜査関係者によると、山口組内の最大派閥である
山健組(同市)などの複数の団体が欠席した。
 捜査関係者によると、6代目就任以降、篠田組長の出身母体である
弘道会(名古屋市)を中心とした執行部体制が築かれ、
神戸や大阪など関西の直系組長らの間では不満がくすぶっていたという。
山口組をめぐっては、昭和59(1984)年から平成元(1989)年にかけて、
「山一抗争」と呼ばれる分裂抗争が起きた。
警察当局は、今回分裂すれば、
再び抗争が起きる可能性もあり、動向を注視している。
 山口組は全国最大組織の指定暴力団で、勢力は44都道府県に及び、
組員は1万人以上。全国の暴力団の43・7%を占める。  
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                                        7月に発売された『血別』(小社刊)。
今、明かされるヤクザ社会の真実 2015.08.17
山口組元直系組長の太田守正・元太田興業組長が独白!
山口組六代目継承クーデターの真実

                             インタビューに答える太田守正・元太田興業組長。
今、明かされるヤクザ社会の真実
山口組元直参組長による回顧録『血別』が小社より発売された。
一部の週刊誌では大きく取り上げられたが、同書では、
山口組五代目交代劇、中野太郎組長襲撃事件、ミナミの帝王との悪縁など、
決して表にはでない近年の裏面史が克明に描かれている。
著者・太田守正氏は、なにを思い上梓したのだろうか? その真意を聞いた。

 ここ最近、ヤクザ業界をはじめ、
アウトロー社会全体が騒がしくなっている。

 その要因のひとつが7月28日に出版された
『血別 山口組百年の孤独』(小社刊)にあるという。
著者は2008年 10月に除籍処分を受け、山口組を去った
元直系組長の太田守正・元太田興業組長。
その名を世界に轟かせる強豪揃いの山口組の中でも、
屈指の超武闘派軍団 太田興業を率いる、
有力親分のひとりであった。

「太田組長は山口組の渡辺芳則五代目組長(故人)が、
初代山健組内で興した健竜会に入門して以来、
渡辺五代目から厚 い信頼を受けたようだ。
その後、山健組では舎弟頭や相談役といった要職を歴任し、
同組の首都圏における勢力拡大に著しい貢献を果たしたこともあって、
関東 のヤクザ社会では良くも悪くも名を馳せていた。
ずいぶんと痛い目に遭った関東ヤクザは多い」
(大手在京組織の三次団体幹部)
 そうした太田元組長が著した書籍であれば、
業界で大きな反響を呼ぶのは当然、
発売からわずか数日で初版は完売となり、
急きょ増刷態勢が敷かれている。 
 今回は、著者である太田元組長にインタビューし、
『血別』を執筆した動機などについて熱く語ってもらった。

――まずは、このたび『血別』を書こうと思われた動機は何ですか?
太田守正氏(以下、太田) 
それは、盛力(09年に山口組から除籍された
元直系組長の盛力健児・元盛力会会長)が、 
2年前に出した『鎮魂 さらば、愛しの山口組』【1】(宝島社)の内容が、
まるで事実と違っていたからですよ。
ワシらみたいに長いことヤクザやってきた人間、
特に山口組にいた者 なら、何行か読んだだけで
「ああ、これはウソやな」ってわかります。
しかし、ヤクザの世界を知らん人も読むんで、
ウソが真実として世間でまかり通りつつありました。
それを止めたかったんです。

――『鎮魂』を書かれた盛力元会長とはどのようなご関係ですか?
太田 盛力のほうが歳は4つ下やが、山健組では先輩やったので
当初は(顔を)立てていました。
事実、当時はまともやったし、渡辺五代目
杉秀夫さん(初代健心会会長=05年引退)と並んで
「山健組の三羽ガラス」と呼ばれてました。

 ところが、抗争で長い懲役に行ってから人が変わってしまったんです。
おかしな人間とばかり付き合うようになり、
中でも「ミナミの帝王」のモデルだと言い触らす和田アキ子の叔父【2】
という男は最悪でした。インチキばかり言うサギ師で、
ワシも手形を勝手に回されたり、 若い衆をこき使われたことがあるから、
盛力にも何度も付き合うのをやめるように忠告したんですが、
ずっと付き合うてましたな。もしかしたら、
かなりの額を騙されてるかもしれません。

――太田元組長が除籍処分を受け、他
に10人の直系組長も処分されることになった
08年に開かれた会合は、『鎮魂』では謀議とされていますね。
太田 謀議という認識はなく、
単なる直系組長だけの話し合いと思って出席しました。
ある日、信頼していた井奥文夫・ 元井奥会会長(絶縁)から、
「これから若い衆を連れず直系組長だけで会いたい。
仲のいい直系組長がいれば連れて来て欲しい」と電話で誘われました。
そこ で、川崎昌彦・元二代目一心会会長(除籍)と、
浅井昌弘・元浅井組組長(謹慎)の2人に連絡して
一緒に神戸のある場所へ向かったんです。
その部屋には、なぜか奈須幸則・元三代目大門会会長(絶縁)ら、
十数名の直系組長がおりましたよ。

 盛力本では、その席で謀反の企てが行われて、
ワシらが「司忍六代目と高山清司若頭を殺す」と言ったと書いてありましたが、
そんなことは言っていません。
盛力はおらんかったくせに、よう書けるもんですわ。

 ただ、その場ののりで物騒な話をしたのは事実です。
あとは、その集まりが秘密のはずやったのに上層部に筒抜けで、 
出席したほとんどの直系組長が
処分を受ける事態となったことにも驚かされました。
集まっただけで謀議と受け取られたのかもしれません。
出席しなかった盛力も、信用できないと見なされたのか除籍されました。
出席したのに処分を受けなかった現役の直系組長が1人おりますが、
そいつが上層部にしゃべったんでしょ う。
処分されるのが腹立たしくて、
一度はケンカしようかとも考えましたが、
自分は当時、70歳目前で、今後、若い衆の面倒を
見切れるかどうかわからんこともあって処分を受け入れたんです。

――『鎮魂』には、五代目山口組の宅見勝若頭の暗殺を、
渡辺五代目が事前に了承しており、司六代目(当時若頭)が、
その事実を提示して
渡辺五代目に引退を迫ったとされる記述があります。
いわゆるクーデターはあったのでしょうか?
太田 これも、まったくの盛力の作り話です
盛力本によれば、神戸の山口組総本部の奥にある部屋で、
司六代目から詰められた渡辺五代目ががっくりとうなだれたそうです。
そのとき、盛力は中国の青島にいたんですよ
ここでも、現場にいないのに
まるで見てきたように書 くんですから呆れましたわ。
だいたい、渡辺五代目のことを
「渡辺、渡辺」と呼び捨てにできる神経を疑います。
亡くなったら、元の親分を慕う気持ちは消えて しまうんでしょうか。
ワシにはまったく理解できません。

――最後に、『血別』を書き上げての感想をお願いします。
太田 とにかく自分が体験した真実のみ書くことを心がけました。
例えば「ある親分」ではなく実名を書いて注釈も付けています。
伝聞や推論も避けました。
そして、渡辺五代目は先見の明があって統率力もある立派な親分でした。
ケンカの収め方のほかにも、
さまざまなヤクザとしての所作を学ばせていただきました。
そして、ワシの道連れで処分されてしまった、
いまは亡き川﨑と浅井の2人が、
義俠心にあふれた本物の男であったことは間違いありません。
亡くなった方に鞭打つようなマネだけは絶対に許されません。
死者は反論できないんですから。
今回、『血別』を書いた動機として、 真実を広めたいとともに、
渡辺五代目をはじめ
亡くなった親分らの名誉を回復させたいとの思いも強くありました。
盛力には『鎮魂』に書いた渡辺五代目ほか、
 いまは亡き親分衆について、しっかりと詫びてもらいたい。
 これまで、

『憚りながら』(山口組元舎弟の後藤忠政・元後藤組組長著/宝島社)、
『鎮魂』という山口組の元直系組長による書籍は、いずれも大ヒットを記録した。
そして、このたびの『血別』も予想通りの売れ行きを見せている。
ただ、『血別』のあとがきには、
「書いた以上は逃げも隠れもいたしません。
(中 略)説明しに来いと言われれば、
どこにでも出向く所存です」とあるように、行間から漂う本気度や
真実味は、とてつもなく大きい。
 暴力団排除の流れがますます厳しくなる昨今、
アプローチは違えど、
日本の裏面史を浮き彫りにした『血別』の凄みをぜひ体感してほしい。
(柳沢壱郎)

http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/019/777/40/N000/000/003/137852461918813120183_scan0001.jpg
【1】『鎮魂 さらば、愛しの山口組』 2013年8月30日発売。
「宅見若頭射殺事件」に渡辺五代目の介入があったと断言したほか、
司忍六代目が興した弘道会が、中部国際空港の利権で
最大派閥にのし上がったなど、現体制批判とも取れる内容となっている。
大きな話題となったが山口組は沈黙を保ったまま無反応であったという。
アマゾンより・・・
日本最大の暴力団「山口組」。
この巨大組織に約50年にわたって所属した元幹部で、
「盛力会」会長の盛力健児氏が、自らの苛烈な極道人生と、
組織の三代にわたる興亡を綴った自叙伝。
後藤忠政・元後藤組組長の自叙伝『憚りながら』、
関東連合OB・工藤明男の手記『いびつな絆 関東連合』
(いずれもベストセラー)に続く、
宝島社発「ピカレスク・ノンフィクション」の金字塔!
盛力氏は昭和50年代に勃発した

山口組と松田組の抗争「大阪戦争」最大の功労者
昭和42年に山本健一・初代山健組組長
(後の山口組三代目若頭)から盃を受けた山口組の元重鎮である。
大阪戦争の最中、田岡一雄・三代目山口組組長が
京都のクラブ「ベラミ」で銃撃された、
俗にいうベラミ事件の報復(かえし)で 先陣を切り、
その後、殺人の容疑で大阪府警に逮捕され
懲役16年の実刑判決を受け、宮城刑務所で長期服役した。
平成8(1996)年に出所するが、盛力氏の目に映ったのは、

バブル時代をくぐりぬけてカネまみれになった
「五代目山口組」の姿だった……。
本書の特異性は、

山口組・三代目~六代目を組織中枢から見続けてきた当事者が、
自身の半生と並行しながら、
この巨大組織内部で繰り広げられて来た
暗闘劇を赤裸々に語っている点だ。
従来、当事者からは決して口外されることのなかった

「宅見若頭暗殺」「六代目政権誕生」の舞台裏が、
衝撃的な証言、事実とともに明かされている。
組織中枢 の「奥の院」で繰り返されてきたのは、
まさに北野武監督の映画「アウトレイジ」を地でいく、
カネと暴力が交錯した権謀術数渦巻くダーティーな世界だっ た……。
インタビュー・構成は西岡研介(ジャーナリスト)、

企画・編集は井野良介(宝島社編集者)。
『憚りながら』と同じ制作スタッフが送る。
本年度最大の問題作・話題作と評されること必至の「本格ノンフィクション」! 

【2】和田アキ子の叔父
〈4年間付き合ったけど、
ただの1度も美味しい目に遭わせてもらえんどころか、
うちの若い衆をタダで使いよるんですわ。
(中略)東京へも四国に行くにも、
小遣い渡さんと旅費も宿泊費もわしら持ちですわ〉
『血別』第4部「斃れざる者たち」P243より
2014年 山口組 餅つき 麻薬追放国土浄化同盟
渡辺芳則 五代目山口組組長はめちゃくちゃいい人だった!?
震災時には炊き出しなんかも。。 暴力団ニュース
山口組怪文書 五代目渡辺組長 失脚の全貌を暴露 ヤクザ列伝
2015/07/16 に公開

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