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2015年9月1日火曜日

産経の記事に韓国政府、憂慮を表明 「日韓関係に否定的な影響」。

産経新聞のウェブサイトの記事に抗議する韓国の保守系団体メンバー
=1日、ソウル市内(名村隆寛撮影)

2015.9.1 19:23更新
産経ニュース産経の記事に韓国政府、憂慮を表明
「日韓関係に否定的な影響」
韓国政府は1日、
在日韓国大使館を通じ、
産経新聞のウェブサイト「産経ニュース」と
「SANKEI EXPRESS」紙(8月30日付)に掲載された
野口裕之・本紙政治部専門委員の
「米中二股 韓国が断ち切れぬ『民族の悪い遺産』」と題する記事について、
「日韓関係に否定的な影響があるのではないか」と憂慮を表明。
記事の削除も要望した。

 韓国大使館員がこの日、産経新聞東京本社を訪れ、
「表現の自由は尊重すべきで韓国政府も支持しているが、
韓国外交、政策全般に関して理解の不足、認識の違いがあり、
大統領と朝鮮時代の閔妃(ミンビ)を連想するのはいかがなものか」と述べた。
 産経ニュースなどに掲載された記事は、
韓国外交の特徴として事大主義を挙げ、その顕著な例として、
朴(パク)槿恵(クネ)大統領が北京で今月3日に開催される
「抗日戦勝70周年記念軍事パレード」を参観することを取り上げた。

軍部隊を訪問して訓示する韓国の朴槿恵大統領。
米中二股外交で、民族のDNAとして受け継がれた
「事大ブリ」を見事なまでに発揮している
=2015年8月21日、韓国・首都ソウル郊外(聯合=共同)

2015.8.31 06:00更新 【野口裕之の軍事情勢】2 3 4 5 6
米中二股 韓国が断ち切れぬ「民族の悪い遺産」
韓国外交を眺めていると、
中島みゆきさんの名曲《時代》が、どうしても頭に浮かぶ。
 ♪めぐるめぐるよ時代はめぐる 別れと出会いをくり返し

 時代を《事大》に置き換えると、

韓国外交哀史が鮮やかに浮かび上がる。
《事大主義》とは《小》が《大》に《事(つか)える》こと。
強国に弱国が付き従う外交形態を指す。

 「事大主義」が貫く外交
 李氏朝鮮(1392~1910年)も末期、

清→日本→清→日本→ロシア→日本→ロシア…と、
内外情勢変化の度に事大先をコロコロと変えていった。
そのDNAを色濃く継承する韓国は、
李氏朝鮮の再来を思わせる見事な「事大ブリ」を披露する。
最大の貿易相手国・中国が主導する金融秩序には
自ら身をささげ、朴槿恵(パク・クネ)・大統領(63)は
北京で催される《抗日戦争勝利70年記念》軍事パレードを参観する。
いずれも 米政府の反対をすり抜けたばかりか、
中国の「目」を気にして、
米政府の高高度防衛ミサイル配備提案も中ぶらりんにしたまま。
 ところが、だ。

北朝鮮軍の砲撃を受け、米軍には後詰めではなく、
共同対処をお願いする始末。
まさに《事大》は《め ぐる》が、朝鮮が事大先を替える度、
わが国は存亡の危機に瀕してきた。
日本が独立を促すと、
清にすり寄り日清戦争(1894~95年)の火ダネを造った。 
日本が勝ち、朝鮮を独立させるやロシアにすがり、
日露戦争(1904~05年)誘因の一つを造った。
朝鮮→韓国が《別れと出会いをくり返》すと、日本は大厄災に遭う。
 北朝鮮軍の地雷で韓国軍下士官2名が重傷を負い、

韓国軍は拡声器を使った北非難を再開した。
これに対し、北朝鮮軍 は砲撃してきたが、
韓国軍は「7倍返し」で応射。
朴氏も、北の挑発には現場指揮官の即断で
報復攻撃を実施するROE(交戦規定)を許可した。
強気の背景には北の局地的軍事挑発に単独で対抗してきた韓国軍に、
在韓米軍が初めて共同対処する方針が決断されたためでもある。

 過度な米軍依存の正否は、わが国も検証の必要がある。

ただ、日本外交のブレ幅は韓国に比べマシ。
外交路線決定は独 立国家の権利とはいえ、
韓国には米国の頭ごなしに中国と誼を通じることがはばかられる
合理・道義的理由が存在する。
朝鮮戦争(50~53年休戦)で中国軍はソウルの南まで侵攻。
主力の米軍は友軍・韓国軍の弱さも手伝い
14万以上の死傷者を出した。
韓国にとり中国は侵略者だが、
韓国は“国家”ぐるみの倒錯に痛痒を感じない。
というか、倒錯への自覚・感覚がない。
 閔妃をめぐる朝鮮倒錯史
 李氏朝鮮には、朴大統領のような女性の権力者がいた。

第26代王・高宗(1852~1919年)の妃・閔妃
(ミンピ、1851~95年)である。
以下、かなり“年季”が入っている「朝鮮半島倒錯史」の、
ほんの一部をたどってみる。

 【第一幕】閔妃は実権を義父・興宣大院君

(1820~98年)から奪うや、大院君の攘夷政策を一転、
開国路線に舵を切り、
欧露に先駆けて真っ先に日本と外交条約を締結。
日本は朝鮮を、
清の冊封より独立した国家主権を持つ独立国である旨を明記、
軍の近代化に協力した。
 【第二幕】結果、新旧2種の軍が並列。

そこに旧式軍隊の待遇・給与未払い問題が絡み、
旧式軍隊と大院君派が呼応して1882年、
大規模な反乱《壬午事変》を起こす。
閔派は無論、近代化を果たした日本に学び、
朝鮮を清から完全独立させ、立憲君主国を目指す開化派、
さら に日本人を殺害・駆逐。大院君は復権する。
 【第三幕】王宮を脱出した閔妃は、朝鮮駐屯の清軍を頼る。
清は反乱鎮圧などを口実に漢城(ソウル)に増派し、
反乱を指揮したとして大院君を清に幽閉する。
閔妃は、清に依存を深めていく。
 (-_-) 日本も日本公使館警備に向け条約を結び、

朝鮮に派兵し、日清戦争の火ダネとなる。
 【第四幕】開化派は閔妃の清服属に反発し84年、

クーデター《甲申政変》を決行する。
清や妻=閔一族に実権を握られていた王・高宗もクーデターを快諾した。
が、閔派の通報を受けた清が1500名を派兵。
高宗の求めで、王宮警護に就いていた
日本公使館警備部隊150名 との間で戦闘となる。
結局、3日で制圧される。
 日清間で85年、双方の撤兵と、やむを得ず

出兵するに当たっての事前通告義務をうたった
《天津条約》を締結する。
条約により日本は、朝鮮の独立を担保しようと考えたのだ。

 (-_-) 日清開戦は一旦は回避されたものの、第五幕以降も

止まぬ混乱の連鎖で、両国の緊張は高まるばかり。
 皮肉な北の「主体思想」
 【第五幕】清の威を借る閔派の事大政策の陰で、

高宗はロシア南下を警戒する英国などを牽制すべく、
ロシアに積極的に秋波を送る。
同時に、欧米に盛んに公使を派遣してもいる。
清は警戒を強め、日本の要請もあり、大院君を朝鮮に帰す。
 【第六幕】役人の汚職や増税に怒る農民が新宗教と結び付いて

94年《甲午農民戦争》を起こす(大院君の陰謀説アリ)。
一揆は朝鮮軍を撃破し続け、閔派はまたも清に援軍を求める。
 (-_-) もはや一刻の猶予もならなかった。

かくして、日清戦争の戦端が開かれる。
 【第七幕】戦争直前には、

日本の支援で閔派排除のクーデターを起こし
開化派+大院君派は政権を樹立。
だのに戦時中、大院君は開化派の暗殺をくり返し、
前述の新宗教・農民勢力と清軍に工作し、日本軍を挟撃せんとした。
 【第八幕】日本の日清戦争勝利で朝鮮は清の冊封体制からようやくはい出る。

大院君派が再び力を付け、逆に清という後ろ盾を失った閔派は衰退する。
 【第九幕】閔派は95年、

ロシア軍の支援で権力を奪還するも3カ月後、閔妃は暗殺される。
 

 もう、何が何だか分からない。
朴氏の父、朴正煕(パク・チョンヒ)・元大統領(1917~79年)は
暗殺される前
 《民族の悪い遺産》の筆頭に事大主義を挙げ、改革を模索した。
皮肉にも、北朝鮮は《悪い遺産》を嫌悪し自主・自立を意味する
《主体思想》を看板に、米国と 対立するのみならず、中国にも反発し始めた。

 ところで、韓国軍は抗日軍事パレード参加を見送るようだ。

豊臣秀吉(1537~98年)の朝鮮出兵時、明(中国)軍の一翼として
行軍した李氏朝鮮軍と同様の“事大絵巻”が観られないのは、
少し残念な気もする。
(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS) 
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