慰安婦問題について、いろんな報道: 琴奨菊初優勝に沸く出身地 福岡・柳川。琴奨菊が初優勝 大相撲、日本出身力士は10年ぶり快挙。#北の湖理事長急死 20日朝に入院、夕方に容体急変。「もう10歩も歩けない…」 死の3日前、初めて吐いた「弱音」。“憎らしいほど強い”横綱で670勝、在位63場所は歴代1位

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2016年1月24日日曜日

琴奨菊初優勝に沸く出身地 福岡・柳川。琴奨菊が初優勝 大相撲、日本出身力士は10年ぶり快挙。#北の湖理事長急死 20日朝に入院、夕方に容体急変。「もう10歩も歩けない…」 死の3日前、初めて吐いた「弱音」。“憎らしいほど強い”横綱で670勝、在位63場所は歴代1位

当時の琴奨菊さんとフィアンセの2ショット写真
ことしょうぎく かずひろ 1984年1月30日 - )は、
福岡県柳川市出身で佐渡ヶ嶽部屋所属の現役大相撲力士。
本名は、菊次 一弘。身長179cm、体重180kg、血液型はO型。
得意手は左四つ、がぶり寄り。
最高位は東大関。愛称はキク。好物は米、しゃぶしゃぶ。
20160124 大相撲初場所 千秋楽 琴奨菊(31歳)が初優勝
(悲願の日本人力士優勝10年振り)琴奨菊 vs 豪栄道
大相撲 1月場所 千秋楽 琴奨菊-豪栄
動画映像 スポーツナビ

琴奨菊初優勝に沸く出身地 福岡・柳川
1月24日 19時57分 NHKニュースウェブ
大相撲初場所で初優勝を果たした琴奨菊の出身地、
福岡県柳川市では、待ち望んだ優勝に大きな喜びに包まれました。
柳川市では12日目から
市内の福祉施設の大型テレビの前に市民が集まり、
千秋楽の24日は23日より100人多いおよそ250人が集まりました。
会場には、「がぶり寄り」が得意な琴奨菊にちなんで
「がぶれ、琴奨菊」などと書かれた垂れ幕が掲げられました。
また、琴奨菊に相撲を勧めた
祖父の菊次一男さんの遺影を持った祖母の粋子さんも、
両脇を琴奨菊の兄の雄一さんと晃一さんに挟まれて会場で見守りました。
24日は、琴奨菊の取組が近づくにつれ、
会場全体が徐々に緊張した雰囲気となり、琴奨菊が土俵に上がると、
集まった人たちの多くは
祈るような表情でテレビ画面をじっと見つめていました。
そして、琴奨菊が、
同じ大関の豪栄道との一番に勝って
14勝1敗で初めての優勝を果たすと、
大きな歓声とともに両手を挙げたり、抱き合ったりしていました。
このあと、用意されていた金色のくす玉が割られ、
会場は大きな喜びに包まれました。
祖母の粋子さんは「初めての優勝をしてくれて本当にうれしい。
自分の相撲を取れたのがよかったと思います。
この調子で来場所も頑張ってほしい」と話していました。
柳川市は25日、市民会館などに
琴奨菊の初優勝を祝う垂れ幕を掲げることにしています。

琴奨菊の母校でも歓声
琴奨菊の母校、高知県須崎市明徳義塾中学・高校では、
後輩の相撲部の部員などが取組を観戦し、
優勝が決まると歓声を上げて喜びました。
琴奨菊の母校、明徳義塾中学・高校では、
相撲部の部員や生徒などおよそ120人が集まり、
千秋楽の取組をテレビで観戦しました。
琴奨菊の優勝がかかった一番になると、
部員たちは盛んに声援を送って応援しました。
そして、琴奨菊が対戦相手の豪栄道を突き落としで破り、
優勝が決まった瞬間、歓声を上げて喜んでいました。
琴奨菊と同じく福岡県出身の相撲部員で、
高校1年の大塔昂貴さんは、
「とてもうれしく誇らしく思います。
将来は、力士になりたいという夢もあるので、
励みになりました」と話していました。
琴奨菊の中学、高校時代を知る現在の
相撲部顧問の亀井邦昭教諭は、
「中学・高校時代は、相撲や勉強に
真面目に取り組む手本のような生徒で、
優勝をとてもうれしく思います。
生徒たちも元気をもらうと思うので、
『おめでとう』と同時に
『ありがとう』と言いたい気分です」と話していました。

新聞の号外が配られる
東京の有楽町では、新聞の号外が配られ、
買い物客などが次々と受け取っていました。
63歳の男性は「苦労してつかんだ今回の初優勝は、
すばらしいと思います。
おめでとうと声をかけたい」と話していました。
また40代の会社員の女性は
「豪栄道のファンなので少し悔しいですが、
久しぶりに日本出身の力士が優勝したことは、
非常に喜ばしいです」と話していました。
さらに60歳の会社員の男性は
「大一番をテレビで見ていましたが、すばらしかったです。
外国出身の力士とは体格も違いますが、
今回の優勝が、日本出身の力士の励みになると思うし、
角界が盛り上がることを期待しています」と話していました。

琴奨菊が初優勝 大相撲、日本出身力士は10年ぶり快挙
2016年1月24日17時50分 朝日新聞デジタル
大相撲初場所(東京・国技館)千秋楽の24日、
大関の琴奨菊(31)=本名・菊次一弘、福岡県出身、
佐渡ケ嶽部屋=が14勝1敗で初優勝を果たした。
日本出身力士の優勝は、2006年初場所の大関栃東以来、
ちょうど10年ぶりとなった。
新入幕から66場所での優勝は、
86場所だった旭天鵬に次ぐ歴代2位の記録。
どすこいタイムズ

 初日から順調に白星を並べ、
10日目に鶴竜、11日目に白鵬、12日目には日馬富士
3横綱を倒した
大関以下の力士による3日連続の横綱戦勝利は、
1991年初場所で優勝した大関霧島以来、25年ぶり。
2002年初場所の初土俵から14年をかけて
念願の賜杯(しはい)を手にした。
3月の春場所で、初の綱とりに挑む。

 2敗で追っていた横綱白鵬は日馬富士に上手投げで敗れ、
平幕の豊ノ島栃煌山に突き出された。
新関脇の嘉風栃ノ心を寄り切って、勝ち越した。

 琴奨菊に唯一、土をつけた豊ノ島が殊勲賞を、
新入幕で2桁の10勝を挙げた正代が敢闘賞を受賞した。
技能者は該当者がいなかった。

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琴奨菊 豪栄道 豊ノ島 を調べる
大関・琴奨菊が14勝1敗で初優勝し、
日本出身力士では10年ぶりの優勝を果たしました。
初場所は、14日目を終えて
琴奨菊がただ1人1敗でトップに立ち、
2敗で横綱・白鵬と平幕の豊ノ島が追う展開となっていました。
千秋楽の24日、琴奨菊は大関・豪栄道と対戦し、
立ち合いで左四つになって前に出て、
「突き落とし」で勝って14勝1敗とし、初めての優勝を果たしました。
日本出身力士が優勝したのは、
平成18年初場所の大関・栃東以来、10年ぶりです。
琴奨菊は、平成23年の秋場所後に大関に昇進しましたが、
けがにも苦しんで、なかなか優勝争いに絡むことができず、
負け越したら大関から陥落する角番も5回経験しました。
それでも、地道な稽古を重ねた結果、
今場所は鋭い踏み込みから前に出る相撲が光って、
3人の横綱をすべてを破る活躍を見せ、
初土俵から14年、31歳で悲願の初優勝を果たしました。

琴奨菊「ことばにできないくらいうれしい」
初優勝を果たした琴奨菊は、表彰式でのインタビューで
「つらいときも成績を残せなかったときも
応援をしてもらって、ここに立つことができていることが、
ことばにできないくらいうれしいです」と笑顔で話しました。
10年ぶりとなる日本出身力士の優勝を果たしたことについては、
「自分の初優勝がたまたまそうだったということだが、
きょう優勝できて本当にうれしく思う。
自分の相撲をやりきれば『できる』という自信がついたので、
また頑張っていきます」と話していました。

琴奨菊の初優勝 歴代2位のスロー記録
琴奨菊は新入幕から66場所目での初優勝で、
これは元関脇の旭天鵬に次いで、
歴代2位のスロー記録となりました。
また、初土俵から84場所目での初優勝は、
旭天鵬や元横綱の隆の里などに続いて、
歴代6位のスロー優勝です。
さらに、31歳11か月での初優勝は、
年6場所制となった昭和33年以降では、
旭天鵬、元関脇の貴闘力に次いで、3位の高齢記録です。

大関昇進後 けがに苦しむ
琴奨菊は福岡県柳川市出身の31歳。
全国中学校相撲選手権で優勝するなどの実績をあげ、
高知の明徳義塾高校から佐渡ヶ嶽部屋に入門して、
平成14年初場所に初土俵を踏みました。
その後、平成16年の名古屋場所で十両に昇進し、
3場所で通過して、平成17年初場所に新入幕を果たしました。
力強い出足で左四つや
もろ差しからの重い腰を生かした「がぶり寄り」を得意とし、
平成23年の秋場所後に大関に昇進しました。
大関に昇進してからは、平成25年の九州場所で
取組中に右胸の筋肉を断裂するなど、けがに苦しんで、
万全の状態で臨めない場所が続き、
なかなか優勝争いにも絡めませんでした。
それでも、体と向き合いながら
地道なトレーニングを重ねたうえ、
今場所は、場所前の大関・稀勢の里との稽古で
前に出る圧力に磨きをかけ、3人の横綱を
すべて破って自己最高の12連勝を果たすなど、
持ち味の出足のよさが光っていました。

この10年 モンゴル出身力士がほとんど優勝
大相撲では、平成18年初場所で
大関・栃東が優勝したのを最後に、
日本出身力士は優勝から遠ざかっていました。
栃東のあとは、13場所、2年以上にわたって、
朝青龍と白鵬のどちらかが優勝するなど、
主にモンゴル出身の力士が賜杯を受けてきました。
特に白鵬は、栃東の最後の優勝の2場所後に
初優勝を果たすと、
7連覇と6連覇を1回ずつ成し遂げるなど、
角界の第一人者として君臨し、大鵬の記録を超えて
歴代最多の35回の優勝を積み重ねました。
日馬富士や鶴竜などを含め、
モンゴルから来た力士たちが、
去年の九州場所までのおよそ10年、58場所で
実に56回優勝し、あと2場所は、
ブルガリア出身の大関・琴欧洲と
エストニア出身の大関・把瑠都がそれぞれ優勝しています。
一方で、日本の力士が賜杯に大きく近づいたときもありました。
平成24年夏場所では栃煌山が12勝3敗の好成績を収め、
旭天鵬と史上初の平幕どうしの優勝決定戦に臨みましたが、
はたき込みで敗れて、初優勝を逃しました。
また、平成18年の夏場所では、当時関脇の雅山が、
平成22年の九州場所では平幕の豊ノ島が、
いずれも14勝1敗で優勝決定戦に進みましたが、
ともに白鵬に屈しました。
大関・稀勢の里も実力には定評があり、
優勝争いのトップに並んで千秋楽を迎えたこともありますが、
勝負どころで本来の力を発揮することができず、
この10年、日本出身力士は賜杯に手が届きませんでした。

北の湖理事長急死 
20日朝に入院、夕方に容体急変
スポニチアネックス 11月21日(土)7時1分配信
大相撲の第55代横綱で
日本相撲協会の北の湖敏満(きたのうみ・としみつ、
本名・小畑敏満=おばた・としみつ)理事長が
20日午後6時55分、直腸がんによ る多臓器不全のため、
福岡市内の病院で死去した。62歳。葬儀の日程、喪主などは未定。
福岡国際センターで開催中の大相撲九州場所で同市内に滞在しており、
20日朝、体調不良で病院に救急搬送されていた。

【写真】13年、太刀持ちの九重親方、

露払いの貴乃花親方を従え、
還暦土俵入りを披露する北の湖理事長

  角界に衝撃が走った。北の湖理事長が急死した。

20日夜、福岡市内の病院で報道陣に対応した
玉ノ井広報部副部長(元大関・栃東)によると、
死因は「直腸が ん。多臓器不全」だった。
同副部長は
「容体が急変しました。きのう(19日)も元気に公務をこなしていた。
いきなり、こういうことになって残念。
何とも 言えない」と言葉を詰まらせ、涙を浮かべて絞り出した。
 協会関係者によると、同理事長は

19日夜に持病の貧血の症状を訴え、
20日朝に救急車で福岡市内の病院に運ばれて入院。
血圧も低下したものの、点滴治療 などで容体は安定したという。
北の湖部屋の関係者は
「意識はしっかりしている。血圧が低くて病院に行った」と話し、
玉ノ井広報部副部長は
「後半戦に入って 疲れが出たのだろう」と説明。
昼すぎまでは病室で今後の業務について思案していたという。
だが、夕方になって容体が急変
病院に駆けつけた山響親方(元幕 内・巌雄)によれば、
最期に言葉を発することもなく息を引き取った。
遺体は福岡県内の葬儀場に安置された後、
21日に東京に向けて搬送される。
 北の湖理事長は13年に大腸ポリープの手術を受け、

今年7月には腎臓に尿がたまる両側水腎症で名古屋場所を途中休場。
10月は腎臓がすぐれず都内の病院に入院した。
今場所は初日のあいさつを腰痛を理由に休むなど、
体調に不安を抱えていた。
顔も含めた上半身は痩せ、立ったり座ったりなどは
常に付け人の手を借りていた。
それでも連日会場に姿を見せ、取材対応などをこなしていた。
 北の湖理事長は三保ケ関部屋に入門し、

1967年初場所に13歳で初土俵。
17歳で新十両に昇進するなど怪童と呼ばれた。
74年名古屋場所後に
史上最年 少の21歳2カ月で横綱に昇進した。
優勝24度は歴代5位。
横綱輪島と「輪湖(りんこ)時代」を築き大相撲ファンを魅了した。
右上手を引いた時の強さは
圧倒的で「憎らしいほど強い」と評された。
横綱在位は史上1位の63場所で
通算成績は951勝350敗107休。
85年初場所限りで現役を引退し、一代年寄 「北の湖」を襲名。
2002年2月に日本相撲協会理事長に就任した。
08年9月に弟子の不祥事で辞任したが、
12年2月には2度目の就任を果たし、
相撲協 会の公益財団法人移行に尽力した。
 昭和の大横綱は、今場所10日目に猫だましを繰り出した

横綱・白鵬の奇襲には
前代未聞。負けたら横綱として笑いもの」と苦言を呈した。
相撲は勝てば良いわけではない。
何より訴えたのは強さとともに備えるべき品格。
それが後進への最後のメッセージとなった。
 ◆北の湖 敏満(きたのうみ・としみつ)

本名・小畑敏満。1953年(昭28)5月16日、
北海道有珠郡壮瞥町生まれ。67年初場所で初土俵。
74年名 古屋場所後に
史上最年少の21歳2カ月で第55代横綱に昇進。
優勝24回。85年初場所で引退して一代年寄「北の湖」を襲名。
96年から理事、98年から 協会No・2の事業部長を2期4年務め、
02年2月に理事長に就任した。08年9月に辞任するも、
12年2月から再び理事長に就任。
 ▽直腸がん 大腸の最も肛門に近い部分にある

約15センチの直腸にできる悪性の腫瘍。
大腸がんの中でも日本人はS状結腸と直腸に
がんができやすいと言われている。
発見しやすいがんの一つで、
早期に発見できれば内視鏡で切除できる。

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【北の湖理事長死去】「もう10歩も歩けない…」
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“憎らしいほど強い”横綱で670勝、在位63場所は歴代1位
スポーツニッポン11月20日(金)21時28分

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