慰安婦問題について、いろんな報道: 謹んでご冥福をお祈り申し上げます・・登山家の谷口けいさん発見 死亡を確認。登山中に不明 捜索へ。道新、斜面に滑落の跡。

Translate

2015年12月22日火曜日

謹んでご冥福をお祈り申し上げます・・登山家の谷口けいさん発見 死亡を確認。登山中に不明 捜索へ。道新、斜面に滑落の跡。

黒岳
北海道の大雪山系の黒岳で
21日から行方が分からなくなっていた
女性登山家の谷口けいさんが、22日午前発見され、
警察によりますと、病院で死亡が確認されました。

22日午前9時40分ごろ、北海道の大雪山系の黒岳で

行方が分からなくなっていた登山家の
谷口けいさん(43歳)を捜索隊が見つけました。
発見された当時、谷口さんは心肺停止の状態で、
警察によりますと、
搬送先の旭川市内の病院で死亡が確認されたということです。
警察によりますと、谷口さんは20日から仲間の男性4人と黒岳に入り、
安全のため仲間とロープで体をつないでいましたが、
21日は山頂付近で休憩していた際、ロープを外して
1人で離れた場所に行ったということです。
山頂付近の北西側の急な崖に滑落した跡があったということで、
22日朝から警察の救助隊員や登山仲間などが捜索にあたっていました。
谷口さんは世界最高峰のエベレストなどのほか、
平成20年には世界で初めてインドのカメット峰の南東壁からの登頂に成功し、
すぐれた登山家に贈られる
フランスの「ピオレドール賞」を女性として初めて受賞しています。

「明るく気さくな人柄」
谷口けいさんは、去年、東京都内から山梨県北杜市に移り住み、
海外などの山岳ツアーでガイドを行っていたほか、
大地震で被害を受けた
ネパールへの支援を呼びかける活動なども行っていました。
谷口さんと交流のあった
山梨県山岳連盟の古屋寿隆会長は
「明るく気さくな人柄が魅力的で、
谷口さんのツアーはいつも大人気でした。
北杜市の山や水、自然をとても気に入っていて、
移住後の生活も楽しんでいる様子でした。
これからさまざまな分野で活躍が期待されていたなか、
本当に残念です」と話していました。
もう僕はとても不安。
そんな僕の気持ちなど悟る様子など微塵もなく、本人はとても楽しそう。
「ハイ、健さん終わったよ。うん、大成功」と20分ほどで終了。
女性クライマー谷口けいさんの経歴や家族は?
女性初のピオレドール賞とは 2015-12-22 07:21
365日の無礼講 日々の話題やニュースを紹介するブログ
… 女性初のピオレドール賞とは?
谷口けいさんは、アルパインスタイルの
登山家です。
このアルパインスタイルとは、
少人数で、酸素ボンベや固定ロープを使用せず、
シェルパ等の支援など、他人のサポートも受けないで、
最低限の道具で登山する過酷なスタイルです。
そして、インドのカメット峰に新ルートで登頂したことで、
谷口けいさんは、
女性初となるピオレドール賞を受賞することになります。
カメットの新ルートとは、南東壁をのぼるコースで、
本来のルートより険しく、危険が伴うため、
誰も挑戦しなかったのですね。
危険ながら、最短で登れるコースに、
谷口けいさんは、アルパインスタイルで
挑戦し、見事に登頂に成功します。
それが評価されたことで、
優秀な登山家に与えられる「登山会のアカデミー賞」
ともいわれる、ピオレドール賞を受賞されることとなりました。
このことで、女子トップクライマーとして認められた瞬間でもあります。
すごい経歴ですよね。 …
インドのカメット峰(7756m)の南東壁の
未踏ルートを平出和也と登頂したことで、
2008年「第17回ピオレドール」を受賞した。
左から、ピオレドールを受賞した佐藤祐介、
平出和也、一人おいて谷口けい、天野和明

「ヒマラヤ アルパインスタイル 苦しみの芸術」3
ピオレドール受賞について
PowerNavi BCAA佐藤:彼らと一緒に
アルプスで登れたのは良かったです。

天野:ぼくらは登ったルートに
「BUSHIDO(武士道)」という名前を付けたのですが、これはなんででしょうか

一村:ぼくは山登っている上で一番大切なのは魂だと思っているので、
日本の魂を忘れるなと言う意味で付けてみました。

Kei Taniguchi 谷口けい アルパインクライマー 
“世界の山を巡る旅人”
ファウスト・アドベンチャラーズ・ギルド
Text:Takamasa Wada 
Photos:Kazuya Hiraide
2013/01/10 
谷口けい、その登山歴を見れば
彼女が日本を代表する
アルパインクライマーであることは一目瞭然である。
2008年、クライミングパートナーである平出和也とともに、
インドのカメット南東壁の未踏ルートの登頂により、
登山界の最高栄誉「第17回ピオレドール賞」を受賞している。
だが実は「登山家」と呼ばれること、
「アルパインクライマー」と決めつけられることに違和感があるという。
いわく、自分は「世界の山を巡る旅人」であり、
岩壁や氷壁を登ることに対して特別なこだわりはないというのだ。
自分の可能性、範疇を限ることなく、様々なことにチャレンジし続ける。
それが谷口けいという言わば「冒険家」のスタイルなのだ。

ロビンソン・クルーソーと植村直己、霊峰マッキンリー
谷口の身長は150cm台と小柄で、
どこにそんなエネルギーがあるのかと思うほど。
幼い頃は運動とは無縁で、小学校ではインドア派の少女だった。
図書館にある本をすべて読んでやろうというほどの本好きで、
冒険小説にはまったという。
無限の世界が広がる冒険小説に心躍らせ、
ロビンソン・クルーソーやトム・ソーヤに憧れた。
そして本を読み漁る中で、
植村直己という一人の冒険家に出会ったのである。
自分の経験したことのない、厳しい自然の中での冒険、
挑戦する姿を見せてくれたその本は、
彼女の空想の世界を大きく広げてくれた。
アラスカのマッキンリーで彼が行方不明(1984年)になってしまったとことで、
その頃から大人になったらそこに行こうと決めていたという。
そして時は流れ2001年、社会人になって所属した
山岳会でその年に計画された、彼女にとって初の海外遠征は、
奇しくも霊峰マッキンリー
植村直己氏が遭難した、憧れ続けたその山だった。
会の先輩に連れていってもらうような形ではあったが、
パートナーの体調不良などのアクシデントもあって、
2日続けて2度の登頂に成功。自
分の登山に大きな自信をつけることになった。
「冒険って、人類の根底とか、
DNAのはるか昔の記憶にあるものじゃないかな、と思うんです。
そして植村さんの本との出会いは
わたしにとってそれを思い起こさせる、
運命の出会いだったんだなと思います」

谷口けいのアルパインスタイル
再び少し遡るが、明治大学では夜間部に入ったとこともあり、
様々な事情で、植村直己も所属していた憧れの山岳部をあきらめ、
自転車のツーリングクラブに入り、
様々なアドベンチャーレースに挑戦した。
当時「女性だからできない」と言われるのが嫌で、
以来、山がフィールドになっているスポーツには何でもチャレンジしている。
登山、MTB、トレイルランニング、カヤック・・・・・・。
「誰が何といおうと、やりたければ自分が努力してやればいいと思う。
女性であることはあまり関係ありません。
それにクライマーと呼ばれるのも実はあまり好きではないんです。
クライミングそのものに特別こだわっているわけではなく、
頂上へ行くのにいろんな方法を試したい。
たとえばそこに岩壁や氷があったとしても、
その山に対して、その時に一番自分らしいアプローチがあると思っていて。
それは時代や年齢、経験によって
変わっていってもいいものだと思っています。
今は、フィックスロープを使ったり、いっぱいボルトを打って
困難なグレードに挑戦するようなスタイルにはあまり興味がなくて。
自分の持てる装備、この身ひとつで登り、
最後にクリーンアップして山に負担をかけない。
それを追求していったら、
それがたまたまアルパインスタイルだった、ということなんです。
山登りにはゴールというものがありませんしね。
だから山を征服するという言葉も好きじゃないんです」

ピオレドールは後に続く未来のクライマーたちのためにある
「2008年にピオレドールを受賞したとき、
審査員から言ってもらえたのは、
どの隊の登山が難しかったからということではなくて、
ライトであること、クリーンであること、
冒険的であること、美しいラインであること、
地球(環境)にローインパクトであること、
限界に近い力を発揮したこと、
そしてその発想と前に踏み出した行動こそが、
受賞の理由だということでした。
そう言ってもらえてすごく納得しましたね」
そして翌年、彼女はピオレドールの審査員としても招聘されている
その審査の過程で、あらたに分かったことがあった。
ピオレドールは、その本人に対する賞賛というよりも、こ
れからそれに続くクライマーたちのためにある賞なんだ、ということ
こういう登山がいいよね、こういう山登りをしましょう、
という指標になる賞なんです。
候補者を選考するときにもですが、
私は、登山のリスクがあるのがわかっていたのに、
無謀にもそれを避けないのは現代の冒険じゃあないと思うんですね。
リスクを回避しクリアする方法を見つけ、提示することこそ重要。
そうでなければ後に続くクライマーに、
さらに大きなリスクを背負わせる結果になってしまう。
冒険心は必要だけれども、命を尊重することは決して忘れてはいけない
選考した年も、たとえすごく高い山でなかったとしても、
未知の可能性を切り拓き、未踏だった山の魅力を知らしめた人に、
高い評価が与えられました。
審査員になることで、その登山隊がどういう思いをもって、
どれだけ楽しいクライミングをしたか、
を知ることができて本当に楽しかったですね」

登山家の谷口けいさん 登山中に不明 捜索へ
NHKニュース世界最高峰のエベレストにも登頂した
女性登山家の谷口けいさんが
21日、北海道の大雪山系の黒岳を登山中に
行方が分からなくなり、警察と自衛隊は
22日の日の出を待って捜索することにしています。
21日午後、

北海道の大雪山系の標高1984メートルの黒岳で、
登山家で山梨県北杜市に住む
谷口けいさん(43)の行方が分からなくなりました。

警察によりますと、谷口さんは仲間の男性4人と登山中で、
安全のため仲間とロープで体をつないで登っていましたが、
山頂付近で休憩した際、用を足すためロープを外して
1人で離れた場所に行ったということです。
黒岳の山頂付近は北西側が急な崖になっていて、
警察によりますと、この付近に滑落した跡があるということで、
日の出を待って警察の救助隊員15人に加え、
自衛隊もヘリコプターで上空から捜索を始めることにしています。
谷口さんは世界最高峰のエベレスト
北アメリカのマッキンリーに登っているほか、
平成20年には
世界で初めてインドのカメット峰の南東壁からの登頂に成功し、
優れた登山家に贈られる
フランスの「ピオレドール賞」を女性として初めて受賞しています。

北海道・黒岳で登山家不明 谷口けいさん 斜面に滑落の跡
12/22 01:35 更新 北海道新聞社
【層雲峡】21日午後2時50分ごろ、
上川管内上川町層雲峡の大雪山系黒岳(1984メートル)の
山頂付近で「女性の姿が見えなくなった」と、
一緒に登っていた男性から道警に通報があった。
旭川東署によると、
女性は山梨県北杜(ほくと)市の登山家谷口けいさん(43)。
男性は、山頂付近の岩陰に谷口さんの手袋があり、
約150メートル下の斜面の雪上に
人が滑り落ちたような跡があったと話しているという。
同署は谷口さんが滑落したとみて、22日朝から捜索する。

 同署によると、谷口さんは男性4人とともに20日に入山。
北側斜面をロッククライミングをしながら登り、
21日午後2時半ごろ山頂に到着後、
用を足すため1人で岩陰に向かったまま、戻らなかったという。
やりたければ努力してやればいい
女性アルパインクライマーとして
世界中の山を舞台に活躍する谷口ケイさん。
小柄ながらも底知れぬ体力と精神力で世界の高嶺を次々と制覇し、
栄誉ある「ピオレ・ドール(金のピッケル)賞」を日本人として、
女性として初めてノミネート・受賞した。
学生時代から何事にも全力で取り組み、
後に続く人たちへの確かな道を切り拓いてきた。

山と友達になって恐怖心を克服
 何が起こるか分からないのが自然の世界。
ルート上が氷壁かもしれないし、
クレバスが大きな口を開けているかもしれない。
そういう山に登っているから大きい人だと思われるけど、
会ってみたら「凄く小さいね」とよく言われる。
本当は小さい方が無駄なカロリーを消費しないから、
ヒマラヤみたいな高い山では
最終的には生き延びるんですけどね(笑)。
 正直、山に対してはいつも恐怖心を抱いています。
でも、登り始めると恐怖心はなくなるんです。
人間関係と似ていて、初対面の人には一歩引いて接していても、
挨拶を交わして話しをするうちに打ち解けますよね。
同じことが山と自分の間でも起こるんです。
山と対話をするとお互いの距離が縮んでいく。
こうして山と友達になると、恐怖心はなくなるんですよ。

やりたいことをやり通した学生時代
大学生の時から何事にも一生懸命取り組んできました。
自分のお金で大学に入ったという思いが強かったので、
無駄に過ごす時間がもったいないというのがあったのでしょう。
つまらない授業をする先生がいると
「金を返せ」って言いたくなるくらい、
食らいついて授業に出るような学生でした。
 私は二部の学生で、昼は働き、夜は講義という生活。
憧れていた植村直己さんと同じ山岳部は諦め、
体同連サイクリスツツーリングクラブに入部しました。
ここでは25期生として
「伝統への挑戦」をスローガンに掲げ、
伝統としきたりに縛られることなく、
自分 たちらしさを出すことを心がけてきました。
形はなくても記憶に残る取り組みが重要だと考えたのです。
 また、「女性だからできない」と言われるのがとにかく嫌い。
先輩に無理だと言われた片道300kmを走る
自転車のロードレースに女性として初めて参加もしました。
いま考えると頑張りすぎた気がしますが、
自分に続いてきた後輩たちもたくさんいましたし、
そうした 努力があって今の自分が形成されたのだと思います。
いまでも時々「女性だから」って声を耳にするけど、
他が何と言おうと自分がやりたいと思えば、
努力してやればいい。ただシンプルにそう考えています。

自分で限界を設けないで
 じつは初めての海外遠征でマッキンリーに登った際、
パートナーのトラブルなどがあり、
結局、二日続けて2回の登頂を果たしました。
その時、
「あれ?自分って思っている以上にもっとできるのでは?」
と新たな可能性が見えたんです。
山の世界は極限の状況でいつも死が隣り合わせ。
だから身の安全がもっとも大切だけど、
一歩踏み込んで挑戦するか、踏み出さないで
安全な域にずっといるかで自分のキャパシティは
どんどん変わってくるものです。
だから学生のみなさんも、自ら限界を作らないでほしい。
自分の可能性が無限であることを見つける旅、
それが人生なのだから。

Profile of Kei Taniguchi
初めての海外遠征で
北米大陸最高峰のマッキンリー峰の登頂成功に始まり、
2004年パキスタン・ゴールデンピーク(7027m)、
06年ネパール・マナスル(8163m)、
07年エベレスト(8848m)など世界中の高峰を制覇。
08年インド・カメット峰未踏の南東壁に初登攀。
これに対して、日本人として、女性としても初の
ピオレ・ドール(金のピッケル)が贈られ、
日本を代表する女性アルパインクライマーとして注目される。
1972年生まれ。和歌山県出身。

星野リゾート

谷口けい 登山家 滑落 
アドバンス山岳ガイド「剱岳八ツ峰」より
山と溪谷社 011/11/07 にアップロード
詳しい内容はこちらから(山と溪谷社HP)↓
http://www.yamakei.co.jp/products/280...
一般の登山道の中で、難易度が最も高いといわれ、
その美しさから多くのクライマーが憧­れる、岩と雪の殿堂剱岳
日本ナンバーワン女性クライマー谷口けいさんのナビゲートで­、
バリエーションルートの登竜門の八峰縦走コースを踏破します。

女性として初めて「ピオレ・ドール(金のピッケル)」賞を受賞した、
【インタビュアー/今田 恵 文・構成/髙久 裕輝】
(たにぐち けい/和歌山県和歌山市生まれ。
アルパインクライマー。野外研修ファシリテータ、
山岳ツアーリーダー、アドベンチャーレーサー、ア
ルパインクライマー、都岳連レスキューリーダー、
日山協自然保護指導員などさまざまな分野で活躍する
日本で一番ホットな女性クライマー。
2008年に実施したインド・カメット峰南東壁新ルート登頂に対して
日本人初となる『ピオレ・ドール(金のピッケル)』が贈られた。

・・・パキスタンではイスラム圏なので、現
地の男性に「女が山に登るのか!?」って驚かれたりもしました。

・・・—宗教や文化の違い、価値観の違いは大きく影響しますよね。
ウイグル自治区にある
ムスタ-グアタに登ったあと、カシュガルに行ったんですね。
そこに遊牧民族の大きな街があって。
自分のサングラス焼けした顔を見て、
街の人が「なにその顔!」って驚いているんです。
で、通訳を通して「山に登ってきたんだ」と伝えたら、
「山に登るの? なにそれ、お金もらえたりするの?」って言われたんです。
まったく逆(笑)。
彼らにも山は見えているはずなのに、
私のやっていることの意味は分からない。
「お金と時間をかけて山に登るという観念がないんだ!」
って驚かされました。
山に登るだけじゃなくて、その土地の人たちの価値観や
考え方に近づいてみるというのが面白いんだと思います。

—それは山登りに限らず、普通の旅にも言えることですよね。
そうですね。海
外で得た経験って、自分の生活にも持って帰れる財産だと思うんです。
自分の部屋を見渡してみて、「こんなの必要ないじゃん!」って
無駄なモノに気付いてみたり、いろいろ変えるきっかけになる。
週末に山に行くだけでも日常生活って客観視できるくらいだから、
外国に行くってことは、「日本の中で生活している自分」を
客観視できるようになるってことだと思うんですよ。
だから、旅というのは大事なんです。人生そのものが旅で、
さらにその旅の中でどれだけ寄り道したかで人生が豊かになったり、
貧しくなったりする。どんな寄り道でもいいんです。
野原にツクシを採りに行くだけでもいい。
でも、自分は欲張りだから、
人が行かないようなところに行くのかもしれないし、
世界を何周もグルグルしてみたいんです。

—最後に、これからの目標について聞かせてください。
「ここにいけば満足」という場所はないんですよね。
もし目標があるとしたら、夢がどんどん転がって、
次の夢から次の夢へと更新され続ける状態が目標です。
あるところに到達して、行く先が見えなくなっちゃったらつまらない。
まだまだやりたいことはいっぱいあるし、
行く先はずっと続いています。
近々の予定だと、今年の秋にチベットに行くんです。
去年も行って、いろんなトラブルや頭に来ることもたくさんあって、
「二度と行くもんか!」と思っていたんですが……(笑)。
今年はチベットで「これでどうだ!」ってくらいの冒険をして、
さらに次のステージに進もうと思っています。

2009年5月21日 06:44 スイス便り


12月12日黒岳山頂
abuabugogo 2015/12/12 に公開
強風の黒岳 ※音量に注意

0 件のコメント:

コメントを投稿