慰安婦問題について、いろんな報道: 写真家・鋤田正義がデヴィッド・ボウイを語る。 1/24にTOKYO FMで特別番組放送。先見の人だったデビッド・ボウイ CD不況を予測、 音楽を証券化「ボウイ債」。親日家デビッド・ボウイさんと日本の浅からぬ関係を英BBCなどが報道。ファンらの献花が絶えず・・謹んでご冥福をお祈り申し上げます、ロックースター・デヴィッド・ボウイさん、がんで死去 69歳になったばかり

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2016年1月23日土曜日

写真家・鋤田正義がデヴィッド・ボウイを語る。 1/24にTOKYO FMで特別番組放送。先見の人だったデビッド・ボウイ CD不況を予測、 音楽を証券化「ボウイ債」。親日家デビッド・ボウイさんと日本の浅からぬ関係を英BBCなどが報道。ファンらの献花が絶えず・・謹んでご冥福をお祈り申し上げます、ロックースター・デヴィッド・ボウイさん、がんで死去 69歳になったばかり

撮影:鋤田正義
鋤田正義/David Bowie pic by Mark Higashino
写真家・鋤田正義がデヴィッド・ボウイを語る。
ヤフーニュース
1月10日に69歳で永眠したデヴィッド・ボウイ。
その音楽や人物像に迫った特別番組
『TOKYO FMサンデースペシャル 
David Bowie~宇宙(そら)に還ったロックスター』が、
1月24日(日)にTOKYO FMにて放送される。

番組では、1972年以来デヴィッド・ボウイを撮り続け、

公私にわたって彼と親交のあった
写真家鋤田正義(すきた まさよし)のインタヴューを軸に、
ニューヨークを拠点に活動する
フォトグラファーのMark Higashino
プロデューサーの立川直樹も登場。
1990年の東京ドーム公演時に
通訳として同行したRomyがナビゲーターを務め、
アルバム『ヒーローズ』のジャケットに使用されたポートレートや
京都でのプライベート・フォトセッション、
鋤田正義とデヴィッド・ボウイが肩を組んだ
2ショットにまつわるエピソードなどが明かされる。

番組の詳細は以下の通り。
●番組情報
『TOKYO FMサンデースペシャル
 David Bowie~宇宙(そら)に還ったロックスター』
放送日時: 2016年1月24日(日)19:00~19:55
放送局: TOKYO FM
出演者: Romy、 鋤田正義
コメントゲスト:Mark Higashino、 立川直樹
RO69(アールオーロック)

写真家・鋤田正義が明かす、デヴィッド・ボウイの素顔
2016-01-22 19:50:00 barks.jp
10日に69歳で死去した英ロック歌手、デビッド・ボウイさん。
時代を先取りする音楽で世界の多くのミュージシャンに
大きな影響を与えたが、金融ビジネスの分野でも
先駆的な存在だったとして、その功績が改めて注目を集めている。
1997年に、自身の楽曲の著作権が将来生み出す利益を
証券化して資金を調達する「ボウイ債」を発行。
何でもかんでも証券化してしまう
最先端の金融ビジネスの草分けとなった。
ボウイさんは、いずれ音楽業界ではCDが売れなくなり、
インターネットなどで楽曲が聴き放題になるという、
まさに現在の状況を予見し先手を打っていた。
SANKEI EXPRESS

一瞬の躊躇もなかった証券化
 あまり知られていない
金融ビジネスにおけるボウイさんの功績は、
その死後、英紙フィナンシャル・タイムズや
米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、
米経済通信社ブルームバーグなどが一斉に報じた。

ボウイ債は、69~90年に発売した
「ジギー・スターダスト」(72年)や「レッツ・ダンス」(83年)
といったアルバム25作に収録されている278曲が
再販売やテレビ、ラジオなどでの使用で
将来に生み出す利益を担保に発行された
資産担保証券(ABS)の一種
米金融機関が5500万ドル(約65億円)で購入し、
10年間で7.9%の利回りを実現した

 世界初となる楽曲の著作権の証券化を手掛けた
ニューヨークの投資銀行家、デビッド・プルマン氏はWSJに
「当初、彼は他のミュージシャンと同じように
著作権を売却しようとしたが、楽曲は自分の子供のようなものだから、
売りたくないと考えた」と当時を振り返った。
そこで証券化を勧めたところ、「最初は『証券化とは何だ?』
という反応だったが、私が説明すると
彼は一瞬たりとも躊躇(ちゅうちょ)しなかった」という。
「彼は新しいことへの挑戦が大切だということを自ら示した」と、
プルマン氏はその決断をたたえた。

名だたるアーティストも追従した新たな資金調達法
 この手法は、著作権を手放すことも、
印税が入ってくるのを長く待つこともなく
資金を調達し新たな音楽活動に充てられるというメリットがある。
このため、米黒人歌手のジェームス・ブラウンさん
(1933~2006年)や英ロック歌手のロッド・スチュワートさん(71)、
ヘビーメタルバンドのアイアン・メイデンといった
大物アーティストが次々と同様の債券を発行。
プルマン債」と呼ばれるようになり、
音楽や映画といった
エンタメ産業の新たな資金調達方法として普及した。

 さらに、「ボウイ債」は従来は考えられなかった
スポーツチームやパブ、高速道路のサービスエリアといった
あらゆる資産を証券化する手法の先駆にもなった
資産運用会社の担当者はブルームバーグに
「ボウイ債はその音楽と同じくらい画期的だった。
大勢のアーティストが追随したばかりでなく、
あらゆる資産を証券化するひな型になった」と語った。

「10年後、音楽は水道や電気のように」
 ボウイさんが新たな試みに挑んだのは、
やがて訪れる音楽不況を予見していたためのようだ。
2002年6月9日付のニューヨーク・タイムズ
(電子版)のインタビューでこう語っている。

 「音楽産業の変革は10年以内に起き、誰にも止められない。
10年後に著作権は存在せず、
音楽自体は水道や電気のような存在になっているだろう」
 その予言は的中。無料や定額で音楽が聴き放題となる
ネット配信のストリーミングサービスが急成長。
楽曲が売れない時代になった。
 ボウイ債は、その時代が到来する前に確実に利益を上げた。
プルマン氏は米CNNテレビにこう語っている。
 「彼の死後も著作権が稼ぎ続けてくれるだろう」


By TOMMY STUBBINGTON AND MIKE BIRD
英国の世界的ロック歌手で10日に死去したデビッド・ボウイさんは
音楽やファッションの新境地を開いたことで人々の記憶に残るだろう。
だがそれだけでなく、ボウイさんは金融面での先駆者でもあった。
 ボウイさんは1997年に、
作品の将来の売り上げに対する権利を売却し、
5500万ドル(約65億円)の資金を調達した。
いわゆる「ボウイ債」と呼ばれるこの債券の画期的な発行は、
ミュージシャンが作品の知的財産権の使用料(ロイヤルティー)
証券化した初めての例だった。
他の多くのアーティストと違い、
ボウイさんはロイヤルティーを完全に所有していた。

 そのタイミングは絶妙だった。
米金融業界ではちょうど、
変わった金融商品に対する人気が急騰していた。
しかも、音楽ファイル共有サービスのナップスター
などによってCD販売額が地に落ちる前だった。

 ボウイ債の発行後、
ロックのロイヤルティー証券化という
ニッチ分野を築き上げた
投資銀行家のデービッド・プルマン氏は、
「デビッド(ボウイさん)は最初、
自身の楽曲の売却を検討していた。
しかし、楽曲は自分の子供たちのようなもので、
売りたくないと悟った」と話す。

デビッド・ボウイさんの歩み
 英ロック歌手デビッド・ボウイさんが10日、69歳で死去した。
1年半にわたり勇敢にがんと闘った末、
家族に見守られて静かに息を引き取ったという。

ボウイさんがマンハッタンのミッドタウン地区にある
プルマン氏のオフィスを訪れたとき、
同氏は斬新な金融工学の一つを提案した。
ボウイさんの最初の25のアルバムからの売上高を
一つの金融ビークルとして発行する債券の担保とするやり方だ。
つまり、自身の作品に対する権利を譲り渡すが、それは一時的だ。

 プルマン氏は「彼(ボウイさん)の最初の反応は
『証券化とは何だ?』というものだった」と話す。
「しかし、私が説明すると
彼は一瞬たりとも躊躇(ちゅうちょ)しなかった。
彼は新しいことにトライすることが重要だということを
自ら具現化してみせた」と振り返る。

 米金融・保険大手のプルデンシャル・ファイナンシャル
プルマン氏の会社から直接この債券を購入した。
10年債で利回りは7.9%だった
私募だったため、金額的な条件ははっきり分かっていない。

 需要はものすごかったとプルマン氏は思い出す。
そして、同氏の会社にも同様な案件が幾つも舞い込んだ。
中には、ジェームス・ブラウンさんや
マーヴィン・ゲイさんといったアーティストもいた。

 ボウイ債の営業では、通常とは違った質問も多かった。

「投資家会議で、投資会社や保険会社、
格付け会社から決まって最初に聞かれる質問は
『デビッドに会ったのか?』というものだった」とプルマン氏は話す。
「その次には『(ボウイさんの妻でスーパーモデルの)
イマンさんに会ったのか?』と聞かれた」という。

 ボウイ債は、資産担保証券という
急成長市場の記念碑ともいうべき存在になった。
資産担保証券は石炭工場からスポーツチームに至るまで、
あらゆる主体が生み出す資産を裏付けとして発行される証券。

 資産担保証券へ投資するファンドのポートフォリオマネジャーで、
ボウイさんのファンでもあるロンドン在勤のロブ・フォード氏は
「革新的だった」とし、
「最終的には、全ての種類の資産に関連する
証券化の基本形になった」との見方を示した。

 ボウイさんは、楽曲のダウンロードが
CD販売を侵食し始めた時期に、
過去の作品を利用して利益を得た。ボウイさんは
2002年のニューヨーク・タイムズ紙とのインタビューで、
10年後に著作権が存在しているとは思わないと話していた。
音楽は「水道や電気のような」
ありきたりのものになっている可能性が高いだろうとも語っていた。
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デビッド・ボウイさんと日本の浅からぬ関係を英BBCなどが報道
世界的に著名なミュージシャンである
デビッド・ボウイさんが10日死去した。
69歳だった。氏のアーティスト活動では、
その中性的な美貌を生かしたビジュアル面での表現も
大きなウエートを占めた。
ステージでの衣装やパフォーマンスに関して、
歌舞伎などの日本文化がインスピレーションを与えていたと
英BBCなどが伝えている。
氏と日本の関係には浅からぬものがあったようだ。

◆若き日の歌舞伎や能との出会い
 BBCは
「デビッド・ボウイの日本流への熱情」と題する記事で、
氏と日本との関係を詳しく描き出している。
氏は親日家としてよく知られ、
自身のステージ・パフォーマンスに
日本文化の要素を数多く取り入れた、とBBCは伝える。
 ボウイさんが初めて日本文化を知るようになったのは、
歌舞伎や能といった伝統芸能を通してのようだ。
氏が20歳前後の頃、
イギリスの舞踏家リンゼイ・ケンプ氏の下で
ダンスとマイムを学んだが、BBCによると、
ケンプ氏は伝統的な歌舞伎の様式に大きな影響を受けていた。
誇張された身振り、手の込んだ衣装、
人目を引くメーキャップ、「女形」の存在などである。

 ボウイさんはこのケンプ氏から
日本文化について初めて紹介された。
服飾史家のヘリーン・ティアン氏は、
ボウイさんと日本のファッションについての文章の中で、
「ケンプこそが、ボウイに、日本文化、演劇、
演劇の音楽や身振り、
女形を初めて紹介した人物だ」と語っている。
米国際公共放送(PRI)が伝えている。

 アジアニュースサイトの
アジアン・コレスポンデント(AC)によると、
ケンプ氏は、能と歌舞伎についての本を用いて、
ボウイさんに日本の演劇の伝統的手法について教えたそうだ。
ボウイさん自身、1960年代に
リンゼイ・ケンプの下で学んだということが、
自身のキャリアのターニングポイントになったと
インタビューで語っていたそうだ。

◆70年代の氏のビジュアル・イメージ作りに
山本寛斎氏が大きく貢献
 デビッド・ボウイについて、
人々は彼の1970年代の著しく創作的な時期を
最も強く記憶に留めていくだろう、とACは語る。
この時期、同氏は、現代大衆文化に最も長く残るイメージの
いくつかを生み出したが、最も記憶に残る
ボウイの初期のビジュアルの多くは、
日本にルーツをたどることができる、とACは語っている。

 例えば、ボウイさんはあるアルバムのジャケットで、
顔にカラフルな稲妻を描いているが、
ティアン氏は、
ここに歌舞伎のメイクの影響を見ている(BBC)。

 この時期のボウイさんに
ビジュアル面で大きな力を与えていたのが、
日本人ファッションデザイナーの山本寛斎氏だった
両氏は1970年代に初めて知り合った。
初めての対面で「私たちは即座に親密になった」
と山本氏はファッション誌「エル」のインタビューで語った(AC)。
山本氏は、2人があれほど強い親近感を持った理由は
はっきりと分からないが、
「私たちの間で共鳴する何かがあった、
国籍や性別を超えた何かが」と語っている(BBC)。

 ボウイさんについて、山本氏は、
「音楽とファッションの両方で
自己表現するすべを知っていた人だった」
「そういう人は、最近ではそれほど珍しくないかもしれないが、
彼は両方ともやる先駆者の1人だった」と語っている(BBC)。

 山本氏はボウイさんから依頼を受け、ツアー衣装を制作した。
ティアン氏は、ボウイさんの美しい中性的な容姿が
山本氏のデザインの
ユニセックスなスタイルに合っていた、と述べている(BBC)。

 山本氏のアバンギャルドな着物と、
歌舞伎にインスパイアされた「たやすく引きはがせる」衣装が、
ボウイさんの中性的なビジュアルを確かなものとし、
ロックンロールの歴史において
最も記憶に残るイメージのいくつかを創造するのに役立った、
とACは述べる。
ティアン氏は、ボウイは歌舞伎の
「早変わり」の技術を
ステージで用いた
最初の欧米人アーティストだったと述べている(BBC)。

 BBC、ACは記事中、
写真で山本氏のデザインした衣装を紹介しているが、
それらは歌舞伎の衣装や、着物など、
日本の要素を取り込んだものだった。
ある衣装には、
ボウイさんの名前が「出火吐暴威」と当て字で書かれている。

◆男女の性差の橋渡しと同時に、
東洋と西洋の橋渡し
 PRIによると、ティアン氏は、
ボウイさんが
中性的なビジュアルを前面に押し立てていたことに注目し、
そこに「女形」の影響を見ているようである。
ティアン氏は、日本文化では、ボウイさんに
それほどの影響を与えたこの中性さというものは、
普通のことだった、と語っている。
つまり、ボウイさんのスタイルは、
日本人にとって受け入れやすいもので、
そのためもあって日本での人気が高かった、
という見立てのようだ。

 また、ボウイさんが日本的な要素を取り入れたことを、
日本人はオマージュとして受け取ったということを
ティアン氏は語っている(PRI)。
昨今、同氏のような立場を取るアーティストは、
文化盗用、すなわち異文化を自らの用途のために
盗用するものだとして非難されるかもしれないが、
日本では決してそんなふうに見られなかった、
とティアン氏はBBCで語っている
(こういった異文化の「つまみ食い」を非難する姿勢は、
日本人には縁遠いものに思われる)。

 日本でのボウイ人気は非常に高かかった。
BBCは、日本では彼は今でも崇拝の的であると語っている。
ACによると、ボウイさんは日本で初めてのツアー中に
急速に有名になったという。
その後の10年で彼は13回日本を訪れた。
日本はボウイさんの音楽が世界で2番目に売れる国となり、
母国イギリスでの売り上げをしのいだ。(1位はアメリカ)

 ビジュアル系バンドなど、
日本のミュージシャンたちにも、
ボウイさんは大きな影響を残した(AC)。
また、ティアン氏によると、ボウイさん以後、
日本の衣装やメイクを取り入れる
欧米のミュージシャンが頻出したそうである(PRI)。
「実際、ボウイが、欧米での日本文化とファッションの理解を
一新した張本人であると言っても、
多大な飛躍にはならないだろう」とティアン氏は語っている。

 このように、ボウイさんが
東洋と西洋の橋渡しを行う存在となったことについて、
ティアン氏は
「ボウイは究極の外交家兼アーティストになるべくして生まれた」
と語っている(BBC)。
Fans of David Bowie place candles and flowers 
at the foot of a mural of the pop icon in Brixton, 
London on Monday following the passing of one of the area's most famous sons.
David Bowie - Heroes

★美の殉教者のような美しき我がヒーロー!
デヴィッド・ボウイが亡くなった。
古き良き理解者の友人からの知らせで知りました。
今もなにかポカンとした気分で、
久しぶりに『ボウイ館』を更新しています。・・・

デヴィッド・ボウイさん、がんで死去 69歳になったばかり
2016/01/11 16:39 【オリコンスタイル】 47NEWS 
 英ロック歌手で俳優としても活躍した
デヴィッド・ボウイさんが10日、死去した。
8日に69歳になったばかりだった。
公式Facebookによると、18ヶ月にわたってがんと闘病し、
最期は家族に見守られて息を引き取った。
今月8日の69歳の誕生日に新作を発表したばかりだった…


 ボウイは、1967年にアルバム『デヴィッド・ボウイ』でデビュー。
『ジギー・スターダスト』(72年)、
『レッツ・ダンス』(83年)の大ヒットでポップスターに君臨し、
奇抜な衣装、メイクなどでも注目された。
 一方で俳優としても活躍。
故・大島渚監督映画『戦場のメリークリスマス』(1983年公開)にも出演し、
坂本龍一、ビートたけしらと共演した。
 ボウイは今月8日の69歳の誕生日に
ニューアルバム『★』(ブラックスター)を発売。
2013年に母国・イギリスで開催された大回顧展
[2016年01月08日]
デヴィッド・ボウイ、大回顧展『David Bowie is』が来年、遂に日本上陸!!

デヴィッド・ボウイは、イギリスのマルチ・ミュージシャンであり、
俳優としても長いキャリアを持つ。
2000年、雑誌『NME』がミュージシャンを対象に行ったアンケートでは、
「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」に選ばれた。
"BUNGEI" Extra Issue Featuring DAVID BOWIE at Full Volume
2013-06-16 Sun 耳の枠はずし
David Bowie - Blackstar
2015/11/19 に公開
"'Blackstar" off David Bowie's album
 Blackstar available now on iTunes:
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Spotify: http://smarturl.it/blackstar_spotify
Vinyl: http://smarturl.it/blackstar_vinyl
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