慰安婦問題について、いろんな報道: 遠藤誉、中朝首脳会談から見る非核化問題 ――機密解除された外交文書から。【Front Japan 桜】河添恵子、/ 習近平と金正恩~史上最悪の関係から脱したかった諸々の理由。日本政府はなぜ中朝首脳会談を予見できなかったのか。【チャンネルくらら・3月22日】「台湾と北朝鮮の知られざる関係~中華DNAを語る!」

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2018年3月31日土曜日

遠藤誉、中朝首脳会談から見る非核化問題 ――機密解除された外交文書から。【Front Japan 桜】河添恵子、/ 習近平と金正恩~史上最悪の関係から脱したかった諸々の理由。日本政府はなぜ中朝首脳会談を予見できなかったのか。【チャンネルくらら・3月22日】「台湾と北朝鮮の知られざる関係~中華DNAを語る!」

(写真:ロイター/アフロ)
北朝鮮の鉱物資源の潜在価格が推定される
専門家らは、北朝鮮に埋蔵されている未開発の鉱物資源の
潜在価格を2兆7900億ドルと推定した。
韓国の聯合ニュースが、
韓国鉱物資源公社の報告書を引用して報じた。
資源開発に携わっている企業は38社あり、
うち33社が中国企業で、日本、フランス、
スイスの企業とも契約が結ばれている。スプートニク日本
Front Japan 桜】河添恵子の国連スピーチ報告 
/ 習近平と金正恩~史上最悪の関係から脱したかった諸々の理由
yuma jpn
深層NEWS 2018年3月30日 180330
遠藤誉氏出演

中朝首脳会談から見る非核化問題
遠藤誉 | 東京福祉大学国際交流センター長、
筑波大学名誉教授、理学博士

中朝首脳会談の中で最も注目されるのは
北朝鮮の非核化問題だ。
習近平と金正恩の非核化に関する発言と
中朝両国における報道、および30日に機密解除された
外交文書から読み解く(李英和教授のご協力を得た)。

◆習近平と金正恩の発言と報道
 26日に北京の人民大会堂で行なわれた
習近平国家主席と金正恩委員長との間の中朝首脳会談で、
北朝鮮の非核化問題に関して、
両者がどのように発言したのかを、
断片的だが先ず拾ってみよう(敬称略)。

金正恩:
「金日成(キム・イルソン)主席と
金正日(キム・ジョンイル)総書記の遺訓に基づき、
半島の非核化の実現に尽力することは、
われわれの終始変わらぬ立場である」

「南朝鮮(韓国)とアメリカが、われわれの努力に善意で応じ、
平和的かつ安定的な雰囲気を作り、
和平実現のために歩調を合わせた措置を講じるならば、
半島の非核化の問題は解決されうる」

習近平:
 「朝鮮半島情勢に前向きな変化がある。
北朝鮮は大きな努力を払っている」

 「我々は非核化の目標と対話による解決を堅持している」

 金正恩の「南朝鮮とアメリカが、われわれの努力に善意で応じ、
平和的かつ安定的な雰囲気を作り、和平実現のために
歩調を合わせた措置を講じるならば、
半島の非核化の問題は解決されうる」という発言は、
「もしアメリカが圧力路線から転換するならば」という
条件を前提としているものと解釈することができる。
そうであるならば、朝鮮半島の非核化問題は解決できると、
金正恩は考えていることになろうか。

 中国の中央テレビCCTVは、
習近平が金正恩の「朝鮮半島の非核化に向けた努力を
表明したことを高く評価した」と述べている。
中国は早くから朝鮮半島の非核化を主張しており、
特に北朝鮮の核開発に関しては、
断固反対であることを表明してきた。
自国の利益を守りたいなら、核やミサイルを放棄して、
改革開放に着手せよというのが中国の主張だ。

 一方、報道の仕方を見るならば、
北朝鮮の朝鮮中央通信は直接非核化については
触れていないのが特徴だ。

◆3月30日に公開された機密外交文書が語るものは?
 では北朝鮮は実際問題として、
非核化に関してどうするつもりなのだろうか?

 3月30日、関西大学の李英和(リ・ヨンファ)教授から
連絡があった。韓国の聯合ニュースが、1987年の
外交文書が機密解除され、本日公開したことを伝えたとのこと。

 それによれば、北朝鮮がアメリカに
「韓国と連邦制中立国を創設したい」という
意向を示していたとのこと。
つまり北朝鮮は1987年に、
「韓国との連邦制統一を経て中立国を創設するという
提案を米ソ首脳会談に出席したソ連首脳を介して
米国に密かに伝えていた」というのだ。
30年以上たったことから、その機密文書が解除された。

 以下、李英和教授が教えてくれた
聯合ニュースに書かれている概要である。
=87年外交文書 3/30(金) 2:30配信

――韓国外交部は30日、87年12月に
ワシントンのホワイトハウスで開かれた米ソ首脳会談の際、
ソ連のゴルバチョフ書記長が北朝鮮の依頼を受けて
レーガン米大統領に渡した文書には

▼南北それぞれ10万人未満の兵力維持および
核兵器を含めたあらゆる外国軍隊の撤退
▼南北が署名する不可侵宣言
▼休戦協定を平和協定で代替
▼南北の軍を「民族軍」に統合
▼南北が第三国と締結した民族の団結に反する
あらゆる協定・条約の破棄
▼南北で構成された連邦共和国の創設および
共和国が中立国・緩衝地帯であることを宣言する憲法採択
▼連邦共和国の単一国号での国連加盟

など、北朝鮮の提案が盛り込まれていた
(以上、聯合ニュースからの引用)。

◆北朝鮮が描く朝鮮半島非核化と統一構想
 李英和教授の解説によれば、
   ●核兵器を含む全ての外国軍隊の撤廃
   ●米韓と中朝の安全保障条約の破棄
   ●中立国・緩衝地帯の宣言

などが北朝鮮の長期構想で、核武装中立にしても
非核化中立にしても、北朝鮮は
「米中両大国からの中立」を模索しているという。

 だとすれば、北朝鮮が平昌冬季五輪参加に際して宣言した
「朝鮮半島の問題は朝鮮民族によって解決する」という言葉は、
文字通り南北が「連邦制統一国家」を創立するという
巨大構想を頭に描いてのことだと解釈することが
できるということになるのだろうか。

 その上での「朝鮮半島の非核化」であるならば、
これは東北アジアに対してだけでなく、
世界全体に対して巨大な地殻変動をもたらすことになる。
 そのようなことが本当に起き得るのだろうか?
 まだ筆者には、この巨大構想を十分に
咀嚼あるいは分析するだけの情報と知識が足りない。
 反省しつつ、考察を深めたい。

日本政府はなぜ中朝首脳会談を予見できなかったのか
日本政府は訪中したのが金正恩だと予見できなかったようだ。
しかし中朝関係を中韓国交樹立時に遡れば、
予見は容易だったはずだ。
実は金正恩の訪中時期の可能性は
3月21日から末日までの10日間と、ピンポイント的だった。

◆中韓国交樹立以来の中朝関係
 1991年12月にソ連が崩壊するまで、
北朝鮮は中ソ対立の間で漁夫の利を得ていた。
ところがソ連が崩壊すると主たる後ろ盾を失ったので、
中国に経済支援を求めようとした。
 ところがその中国が92年に、北朝鮮にとっての
目の前の敵国である韓国と国交を樹立してしまったのだ。
朝鮮戦争はまだ終わっていない。休戦協定があるだけだ。
しかも休戦協定第4条第60節には
「締結後3ヵ月以内にいかなる他国の軍隊も南北朝鮮から
撤退しなければならない」と書いてあるが、
在韓米軍はいまだに撤退していない。
 だから北朝鮮としては、米韓は休戦協定に違反しただけでなく、
まだ交戦中であるという強い認識を持っていた。
 その韓国と、北朝鮮にとって唯一の軍事同盟国となった
中国が国交を樹立するというのは、最大の裏切りだ。
 当時の金日成(キム・イルソン)国家主席&総書記は激怒した。
 「それなら我々は中華民国・台湾と国交を樹立してやる」
と怒ったのだ。
特別番組「台湾と北朝鮮の知られざる関係~中華DNAを語る!」
深田萌絵 内藤陽介 倉山満【チャンネルくらら・3月22日配信

2018.2.1 20:11 産経ニュース
台湾でまた北朝鮮に石油密売の業者摘発

それに対して当時の中国の実際上の指導者、トウ小平は
「やるならやってみろ!それならこっちは、
中朝国交を断絶してやる!」とやり返した。
そのような中朝間の大ゲンカの結果、
結局は旧ソ連の肩代わりとして、
中国が北朝鮮への経済支援をするということで
両者は妥協することとなった。

◆第一次南北首脳会談前の儀式的仁義
 そんな北朝鮮が韓国と南北首脳会談を行う
ということになってしまった。
2000年、金大中(キム・デジュン)大統領の時だ。
 あれだけ中国を罵倒しておきながら、
その国の大統領と会談するというのだから、
これは何ともバツが悪い。
 そこで2000年5月に金正日(キム・ジョンイル)は
最高指導者就任後初めての外遊として、中国を訪問した。
「悪いんですが、私もあの韓国の首脳と会談を行いますので……」
という「ご挨拶」に行ったわけだ。
 唯一の軍事同盟国である中国に「仁義」を切っておかないと、
北朝鮮としては前に進めなかったのである。
 こうして2000年6月、金正日は金大中と、
歴史上初めての南北首脳会談を行なった次第なのである。

◆第二次南北首脳会談前の複雑な事情
 第二回目の南北首脳会談が2007年10月に行われようとしていた。
相手は現在の文在寅大統領が仕えていた
韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領である。
 このとき金正日は何としても事前に訪中しようと、
あらゆる努力を試みていた。
中国側は金正日のその努力を認識している。
しかし金正日はこのとき既に体調が思わしくなく、
2008年に遂に脳卒中で倒れてしまった。
2006年1月に訪中して胡錦濤元国家主席と会談したり、
経済開発地区などを視察しており、
それを以て「仁義」は果たしたと考えるので、
中国側としては無理をしないよう、最大限の配慮を示している。
 その後回復した金正日は、
まるでこの時の「仁義」を欠いたことを埋め合わせるかのように、
無理を押して2010年から二度も訪中を強行し、
死去寸前まで中朝首脳会談を行おうと努力し続けた。

◆金正日が埋め合わせをした訪中
 金正日の体調不良に配慮して、まず2008年6月に
当時の習近平国家副主席が平壌を訪問し、
胡錦濤の親書を金正日に手渡した。
続いて2009年10月に、当時の温家宝首相が平壌を訪問して、
やせ細ってしまった金正日を慰問している。
 脳卒中から何とか回復した金正日は、
2010年8月に訪中し胡錦濤と会談した。
そしてこの吉林省や黒竜江省および江蘇省揚州を視察している。
 吉林省では長春にも立ち寄っているのだが、
このとき筆者は、自分の生まれ故郷である
長春市の大学の学長から招聘を受けていて、
胡錦濤が宿泊していた同じ賓館に、
ちょうど宿泊していたというあまりに偶然の経験をしている。
したがって、この前後の金正日の動きと中国側の対応を、
目の前で見ており、印象が深い。

 最後の中国への公式訪問は2011年5月。
 逝去はその7カ月後の2011年12月だった。
死去寸前まで訪中して、2007年第2回南北会談に際しての
仁義の欠如を補おうとしていた。

◆第三次南北首脳会談前の「仁義」
 こうして、第三次南北会談が今年4月に
行われようとしているのだから、当然のことながら、
会談前の仁義を切ることは十分に予見できたはずである。
 それも、金正恩が南北首脳会談を行うと示唆したのは3月1日だ。
 3月5日からは中国では
全人代(全国人民代表大会)が始まっている。
会期は3月20日まで。
 その間に南北首脳会談は4月に行われると
南北で合意がなされていた。
 となれば、もし金正恩が訪中するとなれば、
3月21日から3月31日までの約10日間しかない。

◆ピンポイントで絞られていた金正恩の訪中時期
 つまり金正恩が仁義を切るために訪中する時期というのは、
3月21日から31日の間という、ピンポイントで絞られていたはずだ。
 だから筆者は3月27日のコラム
3月27日の早朝の時点で、
「訪中している北朝鮮要人は金正恩だ」と、
「断定形」で書いてしまったのである。
それは、以上のような1992年以来の動きを観察してきた
「直感」あるいは肌感覚のようなものが決断を促したのだったが、
それでも万一間違えたら、
これで社会生命を失うと、内心は怖かった。
コラムを発表してから、韓国および中国の公式発表があるまで、
生きた心地はしなかった。
他のメディア同様、なぜ「金正恩か」と
「か」を入れなかったのかと自責の念にさいなまれた。
それだけに、やはり金正恩だったと判明した時には、
もう他のことはどうなってもいいと思うほどに安堵したものだ。

◆日本政府に欠けていたもの
 だというのに、日本政府ともあろうものが、
27日の夜に至ってもなお、訪中した北朝鮮要人が
誰であるかを確認できずにいたというのは実に残念だ。
もしかしたら確認は出来ていたが、
発表できないでいたのかもしれないと、
善意に解釈することもできる。
 しかし、情報網と分析力に欠けていたのではないかという
印象は否めない。
 分析力が欠如したのは、北朝鮮問題を分析する際に、
目前の現象ばかりに目を奪われて、そもそもの
北朝鮮問題の根源はどこにあるのかを見ようとしない
傾向にあることが一つ指摘される。
 それは朝鮮戦争の休戦協定が、
どのように米韓によって破られてきたのかを
直視する勇気を持っていない日本全体の空気のせいでもあると
筆者の目には映る。
 この盲点を描いたのが
『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』
第3章「北朝鮮問題と中朝関係の真相」だ。
日本人全体として、この事実を認めたがらない傾向にある。
その感情は理解できる。
 しかし日本政府は、そこに「感情」を入れたはならない。
 感情を入れたが最後、偏見が生まれ、真実を見る目が濁り、
次に何が起きるかという予見もできないのである。
 予見ができなければ、日本は必ずハシゴを外される。
日本が外交的失敗に陥ることを最も懸念する。
 それがどれだけ国益を損ねるか、
今後の未来予測のためにも反省を促したい。
そして、今後そのようにならないことを心から期待したいと思う。

1月2日、米メディア
「中国が北朝鮮の核を容認し支援を増強させる約束をした」
という中共中央の機密文書を暴露した。
しかしその文書は明らかに偽造。その証拠を考察する。

2018.1.3 21:13 産経ニュース
「北の核容認」「核実験自制なら体制保証」
2016年7月4日月曜日
遠藤 誉氏。中共建党記念・習演説にVOAがぶつける 

2015年12月12日土曜日
【断舌一歩手前】漢奸はどっちだ? 

2016年1月9日土曜日
農村に巨大な毛沢東像 撤去、中国河南省、高さ36メートル。

2015年12月18日金曜日
米の対台湾武器売却に対する中国の猛抗議と強気。

健忘症の日本人と朝鮮半島~北朝鮮という国の実態を考える~
戦前、北朝鮮の工業地帯をつくり、鉱山を開発していたのも、
私たち日本人であったことも忘れてはならないことである。
なぜなら、その設備は今も生きているのだから。
今、北朝鮮の核問題で大騒ぎだが、彼の地で
理化学研究所を中心に戦前、核兵器である
原子力爆弾開発に邁進していたのも、私たち日本人なのである。

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