慰安婦問題について、いろんな報道: 【オウム真理教】四女側「身の危険感じる」 遺骨は拘置所で保管へ。江川紹子氏、オウム事件死刑執行、その正当性と今後の課題を考える。作家・ジャーナリストの青沼陽一郎氏「神格化懸念。 どの後継団体が遺骨持つか注視すべき」。オウム事件松本死刑囚の死刑執行 上川法相が会見(全文1)7名の死刑を執行。地下鉄サリン遺族「色々話してほしかった 心残り」。オウム・7人死刑執行 上祐氏が会見。オウム関連施設に一斉立ち入り検査 公安調査庁。中川智正・早川紀代秀・井上嘉浩・松本智津夫死刑囚らの死刑を執行。山口敏太郎日記 オウム真理教と雑誌ムー。オウムと阿含宗。そして思い出。オウム真理教と阿含宗 単行本 – 1995/7 桐山 靖雄 (著)。

Translate

2018年7月9日月曜日

【オウム真理教】四女側「身の危険感じる」 遺骨は拘置所で保管へ。江川紹子氏、オウム事件死刑執行、その正当性と今後の課題を考える。作家・ジャーナリストの青沼陽一郎氏「神格化懸念。 どの後継団体が遺骨持つか注視すべき」。オウム事件松本死刑囚の死刑執行 上川法相が会見(全文1)7名の死刑を執行。地下鉄サリン遺族「色々話してほしかった 心残り」。オウム・7人死刑執行 上祐氏が会見。オウム関連施設に一斉立ち入り検査 公安調査庁。中川智正・早川紀代秀・井上嘉浩・松本智津夫死刑囚らの死刑を執行。山口敏太郎日記 オウム真理教と雑誌ムー。オウムと阿含宗。そして思い出。オウム真理教と阿含宗 単行本 – 1995/7 桐山 靖雄 (著)。

街頭のモニターでは麻原死刑囚らオウム真理教関係者の
=6日午後、東京・秋葉原(三尾郁恵撮影)

オウム真理教 おうむしんりきょう 宗教組織
オウム真理教は、かつて存在した麻原彰晃を開祖とする新興宗教。
日本で初めて化学兵器のサリンを使用し、
無差別殺人を行ったテロ組織でもある。ウィキペディア
設立者: 麻原彰晃 設立: 1984年 主要人物: 麻原彰晃
オウム真理教事件 - Wikipedia
四女「身の危険感じる」松本元死刑囚遺骨は拘置所に
死刑が執行されたオウム真理教の教祖・麻原彰晃こと
松本智津夫元死刑囚らの遺体が
9日、東京都内の葬祭場で火葬されました。

 関係者によりますと、松本元死刑囚の
遺体の引き渡し先が正式に決まっていないため、
法務省は遺体が傷む前に火葬しました。
遺骨の引き渡しについて、法務省は松本元死刑囚の
四女の代理人と話し合いを進めていますが、
四女側が、いま引き渡された場合
「身の危険を感じる」などという意向を示したため、
遺骨は東京拘置所でしばらく保管されることになりました。
一方、三女らは松本元死刑囚の妻に引き渡すよう求めています。

オウム事件死刑執行、その正当性と今後の課題を考える
今国会後にはあるかもしれない。
そうは思っていたが、存外早く、その日が突然やってきた。
しかも、オウム真理教教祖である麻原彰晃こと
松本智津夫のみならず、教団組織の各部署のトップであり、
6人の元弟子たちもほぼ同時に執行された。

 麻原の判決が確定してすでに12年。
オウム裁判最後の被告人である高橋克也
(地下鉄サリン事件運転役、無期懲役が確定)の裁判が
1月に確定しているので、
そこから6か月以内に執行するのが法律の建前である。
当局には、共犯者の裁判など平成の大事件である本件は、
平成のうちに区切りをつけようという意識もあっただろう。
様々な皇室行事を避け、政治的思惑や憶測を回避しようとして、
今の時期となった事情は理解できる。
凶悪事件の首謀者であり、
多くの信者に犯罪を実行させた麻原が、
最初に執行されるのは当然だ。

 ただし、元弟子6人を教祖と同時に執行したのは、
極めて遺憾であった。

教祖は、心の病のせいで事実を語れなかったのか???
「真相は闇の中」か?

 麻原が執行されたことについて、マスメディアでは、
まるで決まり文句のように「真相は闇の中」という
フレーズが使われる。
彼は裁判中に精神を病み、心神喪失状態になって、
何も語れなかったのだとして、
執行は不当と訴える人たちもいる。

 そういう人たちは、裁判をちゃんと見ていないし、
裁判に関する記録や報道も丹念に読んでいないのだろう。
裁判は、判決公判だけ見ればすべてが分かる、
というものではなく、また、裁かれたのは、麻原だけでもない。
彼を含めて192人のオウム関係者が起訴された。
その裁判を通し、事件の動機も含め、
刑事事件としての真相は概ね明らかになっていると言える。

 確かに、麻原自身の口から事件の真相めいた事柄が
語られたことはない。
そのことに、納得できない人がいるのは当然である。
ただ、残念ながらそれは彼自身が選択した結果だ。
その無責任さを責めることはあっても、
それを心の病のせいにするのは違うだろう。


自身の法廷では意味不明、他の法廷では…
 麻原は、自身の法廷で、
1996年10月の井上嘉浩(地下鉄サリン事件等で死刑、
今回執行)に対する弁護側反対尋問、
同年11月の広瀬健一(地下鉄サリン事件実行犯、死刑)
への反対尋問の時に、激しい介入を行ったが、
2人の証言態度は変わらず、
審理妨害のもくろみは功を奏さなかった。
それ以降、不規則発言で退廷させられたり、
次第に意味不明のことをつぶやいたり、
法廷で居眠りをするなどの、一見すると異常な状況が続き、
被告人質問でも何も語らなかった。

 ところがその一方で、彼は弟子の法廷に呼ばれた時には、
結構饒舌に語っていた。
心神喪失どころか、自らを防御するための
実に合理的な対応もとっていた。

批判した元幹部を恫喝
 たとえば、1997年6月には林郁夫
(地下鉄サリン事件実行犯、無期懲役が確定)の法廷に
証人として呼ばれたが、宣誓を拒否。その態度に、
林が他の信者の名前を挙げ、
「あなたは彼女にも及ばない」と批判すると、麻原は激高。

「クリシュナナンダ(林の宗教名)、いい加減にしろ。
お前のエネルギーが足から出ているのが分からないのか、まだ」
などと恫喝した。

合理的な防御行動
 1999年9月、豊田享(地下鉄サリン事件実行犯、死刑囚)と
杉本繁郎(同事件運転役、無期懲役が確定)の法廷でも、
麻原は宣誓を拒否しようとした。
裁判所は、目が見えない彼のために、書記官が代読し、
麻原には署名指印のみを求めたが、
「危険だ」などと嫌がった。
読まれた通りの文章が
紙に書かれているのか確認できないため、
警戒したらしい。ところが、杉本の弁護人が、
教義を話題に水を向けると
麻原はやおら饒舌にしゃべり始めた。
弁護人は機転を利かせ、
自分で宣誓文を書けばいいのではないか、と提案。
白紙に麻原は自筆で宣誓文を書いて署名した。
余計なことを書き込まれないようにだろう、
余白部分は手で切り取る周到さだった。
こうした行動は、警戒心の強い彼が、
自分を守るためにとった合理的な行動と言えるだろう。
とても心神喪失状態にある人の行動ではない。

都合が悪くなると英語まじり、意味不明に
 ただ、宣誓をしたことで、
この後彼は、弁護人から事件について
厳しく追及されることになった。
麻原は、教義についてはよく語ったが、
事件については自己の関与を否定し、
途中で英単語まじりの意味不明の発言になった。

 豊田の弁護人から「あなた、都合が悪くなると、
英語をしゃべっているように見えるんだけど、
そうじゃないんですか」と喝破された時には、
意味不明の答えを返すしかできなかった。

 さらに麻原は、かつての弟子である豊田や
杉本からも追及を受けた。
杉本から、「もういい加減に目を覚まして、
現実というものを認識したらどうですか。
いつまでも最終解脱者だとか、教祖とかいう
幻影に溺れていてもしょうがないでしょう。
今のまんまじゃ何の問題も解決しない。
分からないですか」とたたみかけられると、
麻原は不機嫌そうに
「お前、黙っていた方がいいと思うけどな、そろそろ」
などと言い返すのが精一杯だった。

裁判長に「失礼だね」と反論
 これに懲りたのか、
その後は、弟子たちの法廷に呼ばれても、
宣誓を拒否して証言拒絶を続けた。
2002年2月に中川智正
(坂本弁護士一家殺害などで死刑、今回執行)の法廷では、
書記官が代読した宣誓書に署名指印を求められると、

「他人の代読に対し、署名指印することはできません」
と拒否。自分で宣誓するとして、
「真実に従って、何事も隠さず、
偽りを述べない証言をすることをここに誓います」
と述べたが、わざと読めないような
ぐちゃぐちゃの字で署名した。
裁判長から
「これでは署名とはとても言えない」と言われると、
「失礼だね」などと応答し、
再度の署名を求められても「もう、署名書いたよね」
と言って拒否した。あとは「仏陀のお父さんは私だよ」
など、関係ないことを好き勝手に喋って終わった。

 このように法廷であった事実をないがしろにして、
心神喪失を言い募る議論は、人々を惑わすだけで、
有害無益だと思う。

弁護人を拒絶するワケ
 ちなみに、控訴棄却を決めた東京高裁は、
麻原自身の一審公判廷での言動、精神鑑定に加え、
10回以上の及ぶ弟子たちの公判出廷での対応も
詳しく検討したうえで、
「被告人の訴訟能力は保たれている」と判断した。
一審の途中から弁護人との意思疎通を拒んだのも、
麻原からしてみれば、自分を黙らせておく一方で、
次々に証人から不利な証言を引き出して
検察官の立証に手を貸しているとしか言いようのない
弁護人と決別し、自分自身で窮地を脱する道を
拓こうとする意図の現れ、と分析。
さらに控訴審でも、弁護人や
三女が連携協力していることに不信感を抱くようになって、
面会を拒否する行動に出ているとも理解できる、としている。

 この控訴審にも、拘置所は麻原の状態を観察した
記録を提出しているが、判決が確定した後も
それは続いていただろう。
執行すれば、三女らが国を相手に
裁判を起こすことも十分予想される中、
精神状態のチェックと記録はなされていたはずである。
実際に裁判となれば、国はそれを根拠に、
死刑の正当性を主張することになるのではないか。

異例ずくめの執行
1日に7人も、国会会期中に
 ただ、いずれにしても
異例ずくめの死刑執行であったことは、
誰も否定できないだろう。

 1日に7人の執行は、法務省が死刑執行の事実と
人数の公表を始めた1998年11月以降、最多。
それ以前も含めても、戦後、これだけの死刑が
1日で執行されたのは、東京裁判で死刑となった
A級戦犯7人が1日で処刑された時以来ではないか。

 死刑執行は国会閉会中に行われるのが通常。
ただ、今国会が閉じれば、自民党総裁選に向けた動きが
活発化することが予想される。
そうした政治イベントとはできるだけ
距離を置くため、できるだけ早く執行したいのが
法務省の本音だったろう。
その結果として、会期中の執行となり、
国会内での議論も可能になったのは、
悪い判断ではなかった。

従来のルールより教団の序列優先?
 同じ事件の共犯者の死刑は同時執行されるという
暗黙の原則も、今回は適用されなかった。
今回執行された早川紀代秀は、教団外の人を殺害した5事件
(地下鉄サリン、松本サリン、坂本弁護士一家殺害、
公証役場事務長監禁致死、VX襲撃)のうち、
関わったのは坂本事件のみだが、
同じ立場の岡崎一明は今回は執行されていない。
坂本事件に加え、松本サリン事件でも
有罪となった端本悟も同様だ。

 地下鉄サリン事件を起こした頃のオウムは、
組織を国家の省庁制に模して、そのトップを
「大臣」「長官」などと呼んでいた。
今回、執行の対象に選定された6人は、
いずれも「大臣」「長官」の立場にいた者だった。
死刑囚のうち、麻原に引き立てられ、
最も近い存在だった6人をまとめて執行した、
ということのように見える。

 裁判の執行の順番が、国のルールではなく、
このような教団の立場や序列によって決められる、
ということには強い違和感を覚える。

刑事司法とは異なるアプローチの必要性
 しかも、教祖と最もつながりのあった6人を
同時に執行することで、現在の教団が
「尊師と一緒に転生した高弟たち」の
ストーリーをでっち上げ、同時に執行された
元弟子たちを理想化、神格化し、
教祖への忠誠心を煽るのに利用されかねない。

 私はかねてより、教祖と弟子を分けて扱い、
死刑の執行はまず麻原のみ行うように提言してきた。
それは、第1に教団にこのような
”尊師と高弟の神話”を作る事態を防ぐため、
第2に、弟子たちは執行を急ぐよりも、
今後のカルト問題やテロ対策のための
研究対象として活用すべきと考えてきたからだ。

 彼らがいかにしてオウムに引き寄せられ、
心を絡めとられ、従来の価値観を放棄し、
柔軟な思考を止め、挙げ句に殺人の指示まで
唯々諾々と受け入れていったのかなどを、
心理学や精神医学、あるいはテロに関する専門家が、
刑事司法とは異なるアプローチで調べ尽くせば、
今後のカルト・テロ対策に有益だったろう。

 アメリカのテロ対策の専門家が来日し、
死刑囚のインタビューを行った、という話も聞いた。
ところが当該の日本では、オウム問題は
もっぱら刑事事件として処理されて終わった。
それだけでよかったのか、大いに疑問である。

初めての再審請求をしたばかりの死刑囚も
 また、今回の執行対象者には、井上嘉浩のように、
初めての再審を請求したばかりの死刑囚もいた。
井上の場合、無実の人が事件に巻き込まれた冤罪事件ではない。
ただ、地下鉄サリン事件での役割について、
一審は「連絡・調整的な役割にとどまっている」として
無期懲役判決にとどめたが、控訴審では
「総合調整ともいうべき重要な役割」と評価が変わり、
死刑判決となった経緯がある。

 法務省は、かつては再審請求中には
死刑を回避する傾向があった。
だが、そうなると深く反省して死刑を受け入れた人が執行され、
そうでない者が長く執行されずにいる不公平が生じる。
それを避けるために、最近は複数回にわたって
再審請求を起こしている死刑囚の執行が相次いでいる。
とはいえ、井上のように、
初めての再審請求を起こしたばかりの時に
執行というのは、例がないのではないか。

 なぜ、そこまで急いで、かつての幹部を
まとめて処刑する必要があったのか、はなはだ疑問だ。
法務省は、麻原と共に執行した6人を選んだ基準について、
きちんと説明する必要があると思う。
 
今後どうするべきか
オウム事件の教訓とは

 これで、オウム事件の死刑囚は6人となった。
報道によれば、法務省は今後、順次執行していく、という。
しかし、彼らはカルトによる未曾有のテロ事件の生き証人である。
その彼らを何ら調査研究に
活用する機会を永遠に失ってよいのだろうか。

 死刑囚の多くは、オウムに入る以前は、
ごく普通の、あるいはとてもまじめな若者たちだった。
その一人、広瀬健一は獄中で詳細な手記を書いている。
(「彼はどのようにして地下鉄サリンの実行犯になったか」)
 オウム事件の最大の教訓は、人の心は案外脆い、ということだ。
どんな人であっても、タイミングや条件が合ってしまうと、
思いの外簡単にカルトに引き込まれてしまう。

 だからこそ、その心の支配の仕組みは
もっと研究されるべきだし、カルトの怖さや
その手口を若い人たちに教えていく必要がある。
そのためにも、オウム事件では何があったのか、
事実をしっかり伝えていかなければならない。

裁判記録の確実な保存を
 そこでも、本来は生き証人が活用できればよいが、
執行によってそれができなくなるとすれば、
あとは裁判記録である。
死刑囚となった者はもちろん、それ以外の被告人や証人らが、
法廷で多くの証言を残している。
法に基づいた手続きによって集められた証拠と、
公開法廷の証言・供述によって構成される裁判の記録は、
事実を知るための第一級の資料である。
すべてのオウム事件の記録を、きちんと保存し、
できれば早めに国立公文書館に移管して、
必要に応じて閲覧ができるようにすべきだ。

普遍的な悩みが利用される
 オウム真理教に人々が集まったのには、
『ノストラダムスの大予言』以来のオカルトブームや、
まもなく20世紀が終わるという世紀末の漠然とした不安があり、
バブル景気の中、日本中に札束が飛び交い、
人々の価値観も異様な時代背景があった。

 それに加え、オウムは、
生きがいややりたいことを見つけあぐね、
自分の居場所探しに悩む若者たちを巧妙に絡めとっていった。
どのようにしたら、自分らしく、意味のある人生を歩めるか
模索する若者や、家族や友人との関係に悩む人たちに、
「解脱悟り」「人類救済」などといった、
一見高尚でやりがいのある目的と、
「グルと弟子」という強い結びつきを与えた。

 こうした人生の悩みは、普遍的である。
昭和の末期から平成の始め頃の若者たちだけではなく、
今でも、そうした悩みを抱えている人はたくさんいるだろう。
 カルトの怖いところは、そこに絡めとられ、
最初は被害者だった人たちが、そのうちに勧誘や
集金活動で人を騙すなどの加害者になっていくことだ。
個々に悩みを抱える人たちが、カルトの被害者にも
加害者にもならないように、オウム事件から
もっと教訓を学び、
事実を次の世代に伝えていく必要があると思う。

 地下鉄サリン事件が起きた1995年以来、
繰り返しお願いしてきたことだが、
高校のカリキュラムの中で、カルトの怖さ、
問題点、そこから身を守るための注意事項など、
オウム事件を知らない若い世代に
情報として伝えるようにして欲しいと思う。
(敬称略)
どの後継団体が遺骨持つか注視すべき」
オウム裁判を傍聴してきた作家・ジャーナリストの
青沼陽一郎氏の話「国会会期中の執行はないと考えており、
唐突で驚いた。公判などを通し、遺族や関係者の中でも
麻原彰晃死刑囚らの死刑を強く望む考えと、
否定する考えが別れていた。
実際に執行され、複雑な思いを抱く人は多いだろう。
オウムの後継団体には今も麻原死刑囚の影響は大きい。
絶対的存在だった教祖の遺体は象徴的な意味を持つ。
執行後の神格化も懸念されていたが、
どの後継団体が遺骨を持つか注視すべきだ。
事件に対する司直の役割は区切りがつきつつある。
一方、国や国民はこれらかも
『オウム』に対峙しなければならない。
後継団体は巨額の資産を持ち、再びテロを起こす下地はある。
オウムによる数々の凶悪事件の多くは平成元年以降に発生した。
また、地下鉄サリン事件が起き、麻原死刑囚が逮捕された
平成7年は戦後50年の節目でもあった。
教団はバブル経済とともに巨大化した。
日本が大きな転換期を迎え、価値観が揺らぎ、
日本人がどこに向えば良いか、
行く末が見えなくなっていた中で、
オウムは平成を象徴した存在だったと言えるのかもしれない」

“抗う教祖”法廷で見た「麻原彰晃 死刑判決」の瞬間
青沼 陽一郎 文春オンライン
2018.7.6 13:24 2 3 4

松本・地下鉄両サリン事件など
一連のオウム真理教事件で死刑が確定していた
元代表の松本智津夫(麻原彰晃)
死刑囚ら複数の教団元幹部らの刑が執行されたことを受け、
法務省は6日午後0時45分から記者会見を開く。
上川陽子法務相が説明した。

 ※【**** 00:35:30】などと記した部分は、
判別できなかった箇所ですので、ご了承ください。
タイムレコードは
「【中継録画】オウム松本死刑囚らの刑執行
 上川法務相が記者会見 」に対応しております。
【中継録画】オウム松本死刑囚らの刑執行
 上川法務相が記者会見
オウム事件の7人の死刑を執行


司会:それではこれから臨時会見を始めます。
大臣、お願いします。

上川:本日、7名の死刑を執行しました。
裁判の確定順で名前を申し上げますと
麻原彰晃こと松本智津夫、早川紀代秀、井上嘉浩、
新実智光、土谷正実、中川智正、遠藤誠一の7名です。
犯罪事実の概要等については
別途お配りをいたしました資料のとおりです。
関わった事件はそれぞれ異なりますが、
これらの事件はオウム真理教の教祖であった
松本、そして教団の幹部であった早川、井上、新実、
土谷、中川、遠藤が他の教団幹部らとも
共謀するなどして犯行に及んだものです。
中心的な存在である松本に関する資料を踏まえつつ
事件の概要について申し上げます。

事件の概要
 平成元年2月上旬ごろ教団からの
脱会の意思を表明していた信者を、
頸部にロープを巻いて絞め付けるなどして殺害した事件。

 2、平成元年11月、教団の被害者の会を支援する
弁護士のほか、その弁護士の妻や1歳2カ月の子供までをも
頸部を絞め付けるなどして殺害した事件。
弁護士一家殺害事件。

 3、平成元年11月ごろから平成6年12月下旬ごろまでの間に
化学兵器であるサリンを生成し、これを発散させて
不特定多数の者を殺害する目的で教団施設において
サリンプラントをほぼ完成させ、
作動させるなどしてサリンの生成を企てた事件。

 4、平成6年5月、対策弁護団の一員として
教団からの脱会活動等に取り組んでいた弁護士に
サリンを吸入させて殺害しようとし、
その自動車にサリンを掛けるなどしたが
サリン中毒症の障害を負わせるにとどまった事件。

 5、平成6年6月、敵対視していた裁判官の宿舎を
標的としてサリンを発散させ、付近の住民である7名を殺害し、
また4名にサリン中毒症の障害を負わせた事件、松本サリン事件。

 6、平成6年6月下旬ごろから平成7年3月ごろまでの間に
ロシア製自動小銃を模倣した自動小銃、約1000丁を
製造しようと企て、部品多数を製作するなどしたほか、
平成6年12月下旬ごろから平成7年1月までの間に
小銃1丁を製造した事件。

 7、平成6年1月、教団から脱走した上、
他の信者を教団施設から連れ出そうとした信者を、
ロープで頸部を絞めるなどして殺害し、
その遺体を焼却して損壊した事件。

 8、平成6年7月、信者らの危機意識や
国家権力等に対する敵愾心をあおるため、
ある信者をそのスパイであるとして拷問を加えた上、
頸部をロープで絞め付けるなどして殺害し、
その遺体を焼却して損壊した事件。

 9、平成6年12月、教団から脱会しようとしていた信者の
支援をしていた男性を殺害しようとし、その後頭部付近に
化学兵器である【VX 00:05:57】を掛けたが、
【VX】中毒症の障害を負わせるにとどまった事件。

 10、平成6年12月、警察のスパイであると
一方的に疑った男性に対し、その後頸部付近にVXを掛けて
殺害した事件。

 11、平成7年1月、教団からの脱会活動等に
取り組んでいた被害者の会の代表者を殺害しようとし、
その後頸部付近にVXを掛けたが
VX中毒症の障害を負わせるにとどまった事件。

 12、平成7年2月から同年3月までの間に
資産家である信者から多額のお布施を引き出そうとし、
その所在を聞き出すため、その信者の兄を拉致、監禁した上で、
自白を強要するため全身麻酔薬を注射するなどして
死亡するに至らせ、その遺体を焼却して損壊した事件。

 そして13、平成7年3月、間近に迫った教団に対する
強制捜査を阻止するため東京都心部を大混乱に陥れようと企て、
地下鉄電車内等にサリンを発散させ、12名の乗客や駅員を殺害し、
また14名にサリン中毒症の障害を負わせた事件。
地下鉄サリン事件です。

 これらのほか、松本が直接関与していない事件としても、
例えば井上と中川が犯行に及んだ事件として
平成7年5月、警察の捜査を撹乱し、
松本の逮捕を阻止するため東京都知事等を殺害しようとして
手製爆発物1個を製造し、これを都知事宛てに送付して爆発させ、
都知事宛ての郵便物の仕分け担当者に傷害を負わせた事件。
新実が犯行に及んだ事件として平成7年3月から4月までの間、
逮捕・監禁事件で指名手配されていた
信者の逮捕を免れる目的で
その信者をかくまうなどした事件などがあります。

殺人、殺人未遂等、化学兵器・サリンや

VX製造で無差別テロは組織的、計画的犯行
 判決などでも指摘されているところですが、
これらの犯行は松本がオウム真理教を設立して、
その勢力を拡大し、さらには救済の名の下に日本を支配して、
自らその王となることまでをも空想して
小銃の製造、サリン、VXの製造といった武装化を進め、
その中でその妨げとなると見なしたものは教団の内外を問わず、
これを敵対視し、その悪行をこれ以上、積ませないようにポアする、
すなわち殺害するという身勝手な教義の解釈の下に、
その命を奪ってまでも排斥しようとして
殺人、殺人未遂等に及び、一部の者に対しては
教団で製造した化学兵器であるサリンやVXを用いるまでし、
さらにサリンを用いて二度にわたり
不特定多数の者に対する無差別テロにまで及んだものでした。

 これらの長期間にわたる一連の犯行は
組織的、計画的に敢行されたものであるとともに、
過去に例を見ない、そして今後、二度と起きてはならない
極めて凶悪・重大なものであり、わが国のみならず
諸外国の人々をも極度の恐怖に陥れ、
社会を震撼させたものでした。
特にこれらの犯行にサリン、VXといった
化学兵器までもが用いられたこと、
また一般市民を対象とした
無差別テロが行われたことは世界にも衝撃を与えました。

 松本は長期間にわたって多数の犯罪を繰り返し、
ついには無差別大量殺人に至るまで、
止めどなく暴走を続け、多数の配下の者を統制して
組織的、計画的に犯行に及んだものであり、
また、宗教団体の装いを隠れみのとして、
宗教の解釈を都合のいいようにねじ曲げ、
短絡化させて犯行を正当化しつつ、
犯行を凶悪化させていきました。

松本の指示を受け、他6人が
さまざまな事件で重要な役割を担う
 また、先ほどの資料にもありますが、
早川、井上、新実、土谷、中川、遠藤についても
それぞれ、松本の指示を受けるなどして、
さまざまな事件で重要な役割を果たしました。

 早川については昭和62年に教団に出家して、
教団の幹部として全国各地の支部開設などに
従事するなどしていたところ、
脱会の意思を表明していた信者の殺害行為に及び、
弁護士一家殺害事件でも、一家の殺害行為に及んだほか、
不特定多数の者を殺害するための
サリンプラントを稼働させて、
サリンの生成を企てるなどしました。

 井上については高校を卒業して間もなくの
昭和63年に教団に出家して、教団の幹部として
諜報活動等を担当していたところ、
VXを使用した殺害事件などにも関与したほか、
地下鉄サリン事件では総合調整ともいうべき
重要な役割を果たすなどしました。

 新実については昭和61年に教団に出家し、
教団の幹部として教団の警備関係等の責任者として
活動していたところ、脱会の意思を表明していた
信者の殺害行為に及び、弁護士一家殺害事件でも
一家の殺害行為に及んだほか、
松本サリン事件、VXを使用した殺害事件、
地下鉄サリン事件などにも関与しました。

 土谷については平成3年に教団に出家し、
化学合成の実験等に従事するようになり、
化学兵器であるサリン、VX等の製造に成功するなどし、
その後VXを使用した殺害事件や
地下鉄サリン事件などに用いられたVXや
サリンを生成するなどしました。

 中川については平成元年に教団に出家し、
松本の主治医的な役割を務めるなどしていたところ、
弁護士一家殺害事件では一家の殺害行為に及んだほか、
松本サリン事件、VXを使用した殺害事件、
地下鉄サリン事件などにも関与しました。

 遠藤については昭和63年に教団に出家し、
炭疽菌の培養等や薬物の製造等にも携わっていたところ、
松本サリン事件などに関与したほか、
地下鉄サリン事件に用いられた
サリンを生成するなどしました。

 これらの一連の犯行では27名もの方の尊い命が奪われ、
また一命はとりとめたものの、多くの方々が障害を負わされ、
中には重篤な障害を負われた方々もおられました。
一連の犯行によって命を奪われた被害者の方々、
そのご遺族、また一名はとりとめたものの
障害を負わされた被害者の方々、
そのご家族が受けられました恐怖、苦しみ、悲しみは
想像を絶するものがあります。
そしていずれの者についても裁判所における
十分な審理を経た上で、最終的に死刑が確定したものです。
本日の死刑執行につきましては以上のような事実を踏まえ、
慎重にも慎重な検討を重ねた上で
執行を命令した次第であります。

 先ほど、冒頭のさまざまな事件の紹介の3の事実につきまして、
平成元年と申し上げましたけれども、
正しくは平成5年11月ごろから
平成6年12月下旬ごろまでの間ということでございますので、
訂正しておわびを申し上げます。

男性:少し、マイクのほうを整理させていただきたいと思います。

【連載】オウム事件7人の死刑執行
 上川法相が会見 全文2へ続く

オウム真理教のかつての教祖・麻原彰晃こと
松本智津夫死刑囚らの死刑執行について、
海外メディアも速報で伝えています。

 AP通信などが日本の報道を引用する形で速報を打つと、
イギリス、アメリカ、中国などのメディアも
一斉にこのニュースを伝えました。
イギリスの国営放送「BBC」は、地下鉄サリン事件について
「日本で起こった最悪のテロ事件」としたうえで、
「日本でカルト教団のリーダーの死刑が執行された」
と報じました。
アメリカのCNNもホームページなどで
「終末論を唱えるカルト教団」と指摘し、
当時の犯行について詳しく触れています。
また、中国メディアも地下鉄サリン事件の詳細を交えて

地下鉄サリン事件で夫を亡くし、被害者の会で
代表世話人を務める高橋シズヱさんが
松本智津夫死刑囚の死刑執行について語りました。

 高橋シズヱさん:
「突然だったので、ちょっとびっくりしました。
もっと彼らには色々なことを話してほしかった。
もうそれができなくなってしまったなと、
そういう心残りがあります。亡くなった人のことを考えると、
もうすでに亡くなっているので、
この執行のニュースを聞くことができなかったのは
残念だったろうなと思っています」
 高橋さんはこれまで、遺族らが
死刑囚と面会する機会を得ることや
刑の執行の際に立ち会うことなどを
法務省に求めていました。

オウム 松本智津夫死刑囚ら7人の死刑を執行
チャンネル: ANNnewsCH 再生リスト

2018.7.6 10:31 産経ニュース
麻原彰晃死刑囚ら7人死刑執行
松本・地下鉄両サリン事件などで計29人の犠牲者を出した
一連のオウム真理教事件をめぐり、死刑が確定していた
教祖の麻原彰晃(しょうこう)死刑囚(63)
=本名・松本智津夫(ちづお)=ら7人の死刑が
6日午前に東京拘置所などで執行されたことが、
関係者への取材で分かった。
教団が起こした事件の死刑囚は計13人おり、執行は初めて。
上川陽子法相が命令した。
平成7年5月の麻原死刑囚の逮捕から23年。
犯罪史上類を見ない一連の事件は大きな節目を迎えた。

 ほかの6人は、早川紀代秀(68)=福岡拘置所
▽井上嘉浩(48)=大阪拘置所▽新実智光(54)=同
▽土谷正実(53)=東京拘置所▽遠藤誠一(58)=同
▽中川智正(55)=広島拘置所-の各死刑囚。

 法務省は今年3月、死刑囚13人のうち7人を
それまで収容していた東京拘置所から、
執行施設のある5拘置所に移送していた。

 確定判決によると、麻原死刑囚は
(1)平成元年11月、教団に反対の立場を取っていた
坂本堤弁護士=当時(33)=ら家族3人を
横浜市の自宅で殺害(坂本弁護士一家殺害事件)
(2)6年6月、長野県松本市でサリンを散布し7人を殺害
(松本サリン事件)
(3)7年3月、東京都心を走る3路線5方面の地下鉄で
サリンをまき12人を殺害(地下鉄サリン事件)
-などの凶悪事件を次々に起こした。

 麻原死刑囚はこの3事件を首謀。
このほかの事件を含め13の事件で計26人を殺害、
1人を死亡させた。松本サリン事件と地下鉄サリン事件では、
後に被害者が1人ずつ死亡。
一連の事件での死者は29人に上っている。

 確定判決では、一連の動機を
「(麻原死刑囚が)救済の名の下に日本国を支配して
自らその王になることを空想。
その妨げになる者をポア(殺害)しようとした」
と認定している。

 麻原死刑囚は7年に逮捕され、裁判は8年から始まった。
しかし、1審の途中から意味不明なことを話すようになり、
最後は何も語らなくなった。16年の1審の死刑判決後、
弁護側は即時に控訴したが、
「麻原被告は裁判を受ける能力がない」などとして
控訴趣意書を提出せず、控訴審は
一度も開かれないまま死刑判決が確定した。
一連のオウム真理教事件をめぐり、死刑が確定していた
教祖の麻原彰晃(しょうこう)死刑囚(63)
=本名・松本智津夫(ちづお)=らの死刑が
6日に執行されたことが、関係者への取材で分かった。
教団が起こした事件の死刑囚は計13人おり、
執行は初めて。同日中にほかの6人も執行される。
上川陽子法相が命令した。平成7年5月の逮捕から23年。
犯罪史上類を見ない一連の事件は大きな節目を迎えた。

オウム真理教20年目の真実
Mark Shikauchi 2015/06/21

山口敏太郎日記 オウム真理教と雑誌ムー
敏太郎山口 2015/05/14 に公開
【お知らせ】*チャンネル登録、SUB4SUB チャンネル
相互登録歓迎* ㈱山口敏太郎タートルカンパニーの
公式チャンネルです。ぜひ、チャンネル登録してください。
登録したとコメントくだされば、登録を返させて頂きます。
http://www.youtube.com/user/tortoisec... 
山口敏太郎が日本の闇を暴露する渾身のメルマガ
【サイバーアトランティア】を、もし宜しければ
購読してくださいませんか。
 いろんな業界の人から聞いた裏話、怖い話、
やばい話を毎週お届け購読申込は以下まで、
フーミー版 サイバーアトランティア
まぐまぐ版 サイバーアトランティア

山口 敏太郎は、日本の作家、ライター、オカルト研究家、
超常現象研究家、漫画原作者。
出版・映像制作・芸能マネジメント企業経営者。
「都市伝説マスター」を自称する。 
株式会社山口敏太郎タートルカンパニー代表取締役。
徳島県立城南高等学校、神奈川大学経済学部卒業、
放送大学大学院修了。 ウィキペディア
生年月日: 1966年7月20日 (年齢 51歳)
生まれ: 徳島県 徳島市
山口敏太郎の妖怪・都市伝説・UMAワールド
「ブログ妖怪王」

ムー (雑誌) 
ムー』 (MU) は、学研プラスが発行する
日本の月刊オカルト情報誌である。
1979年(昭和54年)に学習研究社
(現・学研ホールディングス)より創刊。
またオウム真理教麻原彰晃が空中浮揚の写真を掲載したり
ヒヒイロカネについての記事を執筆した事があり、
オウム幹部には上祐史浩をはじめ『ムー』や
『トワイライトゾーン』経由で麻原を知った人物も多かった[3]
継続して広告を掲載するクライアントだったので
好意的な取材記事も数回掲載され「提灯記事」と
揶揄された事もある[4]
長期広告掲載と好意的な記事に拠り
信者を増やした事は間違い無いが、
その功罪については社会及び読者に対して
説明や謝罪等はしないまま現在に至っている。 
雑誌に連動したウェブサイトもできている。

歴代編集長
初代 森田静二[5] 2代目 大森崇[5] 3代目 太田雅男[5] 
4代目 土屋俊介[5] 5代目 三上丈晴[6]
三上 丈晴は、日本の編集者。
学習研究社の雑誌『ムー』の第5代目編集長。
青森県弘前市出身。 筑波大学自然学類卒業。
1991年、学習研究社入社。
『歴史群像』編集部3か月を経て、
入社1年目から『ムー』編集部。
2005年に5代目編集長就任。
生年月日: 1968年9月9日 (年齢 49歳)
生まれ: 青森県 弘前市

オウム真理教に入信した女性の末路
Yoshi Ashi 2016/08/23 に公開
オウム真理教 元女性幹部のドキュメンタリー 
麻原に捧げた人生 「オウムは今も生きている」より
1995年 オウム真理教
S A 2017/04/15 に公開

月刊ムー アーカイブ | ムー PLUS
ムー  7月号
特別定価(税込)820円 
発売日2018年06月09日(毎月9日発売)
発行学研プラス 公式サイトMU

オウム事件15年目、日本テレビがゴールデンタイムで
麻原彰晃掲載雑誌・学研「ムー」を紹介!!
2010年3月20日、オウム真理教の引きこした
地下鉄サリン事件から15年目を迎えた。
今もサリンの後遺症に悩む人々が多い中、
事件そのものが風化しつつある。
だが、この許しがたいテロ行為を我々は、
決して忘れてはならない。
だが、オウムの残存勢力はいまだに命脈を保っている。

 オウム真理教の全盛期、
教祖・麻原彰晃を持ち上げたメディアが幾つかある。
その代表的な存在が学研のオカルト雑誌「ムー」であった。
 学研「ムー」は、麻原彰晃による
空中ジャンプの連続写真を掲載、
これを奇跡の空中浮遊と信じた読者が、
オウム真理教に入信する事態を招いた。
この不祥事に関して、ムー編集部はオウム事件当時、
他誌に比べいち早く霊感商法の広告を排除したと述べているが、
これは論旨のすり替えである。
 麻原彰晃の空中ジャンプをトリックとして
否定することなく掲載し、結果として読者に対し
麻原彰晃を最終解脱者として勘違いさせる誌面づくりを
してしまったマスコミとしての責任が問われているのだ。
 このオウム真理教事件以来、
良心的な大型書店チェーンやコンビニチェーンは
学研「ムー」の取り扱いを取りやめ、
テレビの地上波においても、学研「ムー」の
取り扱いに関しては慎重になった。
消費者を相手にする企業としての
コンプライアンスがそのようにさたのだ。
 だが昨夜、日本テレビにてゴールデンタイムで
学研「ムー」が堂々と流されるという珍事が起こった。
19時から放送された「浜田探検部」にて、
学研「ムー」三上編集長のコメントが流され、
「ムー」の表紙がでかでかと映し出されたのだ。
日本テレビでは『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』の中で
「麻原彰晃の青春人生相談」を実施、
視聴していた多くの若者を
麻原ファンにしてしまった前科があるが、
今回も多くのオウム真理教信者を生み出した
麻原彰晃掲載誌「ムー」を
ゴールデンタイムで全国中継してしまったのだ。

 「信じられないですね。弊社では学研「ムー」を
画面に映すことはありえません。
一般の方のインタビューで本棚のムーが入るだけで
(モザイクで)消したことがありますし、
オウム事件の直前、麻原がムー編集部に出入りしていたのは
マスコミ関係者なら知っているはずですよね。
放送倫理を考えれば、ムー編集長など使わなくても、
もっとまとな専門家がいるはずです」(他局プロデューサー)

 「数年前にオカルト番組をやる時に、
学研「ムー」や三上編集長を
ブッキングしようとした事がありますが、
麻原の空中ジャンプ問題をスポンサーが問題視して結局、
ムー編集部の取材は取りやめにしました」
(テレビ業界リサーチ会社職員)

 「オカルト=ムーという発想が安易です。
年配の人は頭が固いんです。
いまやオカルトは家族で安心してみれる
エンターテイメントの分野であったり、
討論番組のテーマであったりするわけです。
恐怖を売り物にするムー的なオカルト観は
昭和のノストラダムス騒動で懲りているはずです。
サブカルチャーとして
新しいオカルトの作り方があるはずです」
(制作会社ディレクター)

 オウム事件の後遺症が癒えていない現状で、
麻原彰晃のインチキ写真を掲載した雑誌「ムー」を
ゴールデンタイムで流すなど、
日本テレビの脇の甘さは猛省すべきではないだろうか。

阿含宗 - Wikipedia
阿含宗(あごんしゅう)は、桐山靖雄(きりやませいゆう、
本名:堤 眞壽雄(つつみ ますお、真寿雄)により
1978年(昭和53年)4月8日に創設された根本仏教 
.... 1995年(平成7年)、オウム真理教事件が発生。
教祖の麻原彰晃(松本智津夫)は元阿含宗信者であった .

桐山 靖雄(きりやま せいゆう、
「靖」は正しくは旧体字の(靖)、
本名:堤 眞壽雄(つつみ ますお、真寿雄)、
1921年1月5日 - 2016年8月29日)は、
日本の宗教家。神奈川県横浜市出身。
仏教系の新宗教である「阿含宗
阿含宗公式サイト
桐山 靖雄 (著) Amazon
内容(「BOOK」データベースより)
オウム真理教の麻原彰晃代表は阿含宗の修行者だったという、
事件発生以来、沈黙を守ってきた著者がいまここに、
阿含宗とオウム真理教とのいっさいのかかわりを語り、
あわせて、阿含宗の理念を吐露する。
21世紀の宗教をめざして出発した新・新宗教は、
挫折と回帰の道をたどったのか。

内容(「MARC」データベースより)
阿含宗とオウム真理教とのいっさいのかかわりを語り、
あわせて阿含宗の理念を吐露する。
オウム真理教は、阿含宗のパクリだったのか? 
麻原代表は阿含宗の修行者だったのか? その実情に迫る。

0 件のコメント:

コメントを投稿